第49話 運命のくじ引き③

 俺は席に深く座り直し、視線を前方のステージに戻す。隣でどちらともなく囁き合う声が、周囲のざわめきにかき消される。それでも、二人がどんなことを言い合っているのか、なんとなく察せられるほど、その様子には妙な一体感があった。


「よっしゃー!」


「やりましたね!」


 午後の部、十六時。フィナーレ前の一番人が集まると予想される時間帯に、自分たちの順番が決まった。京華とりんごは結果を聞いた瞬間、歓喜の声を上げて抱き合った。


「やったね、りんご!  これなら絶対盛り上がる!」


「うん!  京華のベースも絶対映えますよ!」


 彼女たちの明るい笑顔が弾ける中、俺は無表情を装いながらも心の中では安堵していた。確かに、これ以上ない時間帯だ。しかし、その陰で目を通した参加団体一覧の文字がどうしても気にかかる。


「……まあ、悪くない時間だな」


 小さく呟くと、りんごが振り向いて笑顔を向けてきた。俺の態度が冷静すぎたのか、少し不満そうに言いながら京華に同意を求める。でも、俺には喜びとは別に気になることがあった。


 二つ前の出番が運動部エースたちのダンスユニット。一つ前が、かつて京華の取り巻きだったクラスの連中で組まれたバンド。つーか、あいつらもバンドを組んでるのか。これは明らかに京華に対する挑戦状と受け取って間違いないだろう。まあ、日ごろの鬱憤を晴らすためにめためたにしてやればいいか。


 俺は手元の資料を握り直し、視線を再び彼女たちに向けた。京華はその事実に気づいていないようだ。


「先輩、もっと喜んでくださいよ!」


 言うべきか、それとも黙っておくべきか。りんごに肩を強く揺さぶられながら考える。


 一瞬の迷いが心を過ぎったが、結局、口を閉ざした。この舞台で京華が何を感じるのか、どんな顔をするのか。それは彼女自身で決めればいいことだ。俺が先に何かを言うのは、ただの余計なお世話だろう。



 無事に順番決めも終わると、会場に静けさが戻った。続いて、佐竹が進行する質疑応答の場で、京華が誠人の質問を手にして立ち上がる。


「気になっていたんですけど、サウンドチェックの時間って、具体的にはいつですか? それと、私たちが連携する相手は誰ですか?」


 京華が質問を投げかけると、進行役の佐竹が視線を向けた。


「サウンドチェックについては、前回の会議で説明したはずですが……」


 少し嫌味を含んだ口調に、どこかから乾いた笑いが漏れたが、京華はまるで気にしていないかのように微笑んで返事を待つ。


「……まあいいでしょう。時間は当日午前七時から一時間。連携は実行委員会のサウンド担当の生徒と行ってください」


 その答えを聞いて、誠人はほっと胸をなでおろすが、隣に座っていたりんごが間髪入れずに口を挟んだ。


「機材を持ち込む予定なんですけど、それならPAさんも呼んでもいいですか?」


 佐竹は少し驚いた顔をしてから、頷いた。


「問題ありません。ただし、事前にリストだけ提出してください。」


「了解です!」


 りんごは軽く手を挙げて応じた。


 ふと、佐竹の視線がりんごに向けられた。ピアスの多い耳と、髪に入った赤色のインナーカラーが目を引いたのだろう。


「ずいぶん派手ですね……。この学校にあなたのような生徒がいるとは、驚きました」


 少し感心したような口調で言うと、りんごはおどけたように舌を出した。


「私はこの学校の生徒じゃないですよ。ほら、舌にもピアスがありますよ」


 りんごが舌ピアスを見せると、近くの真面目そうな女子生徒が小さく悲鳴を上げた。


「……あくまで学校のイベントですから、当日は程々にお願いします。」


 佐竹が苦笑いしながら注意する。


「極力がんばります!」


 りんごは軽くウィンクをしながら、愛嬌たっぷりの声と仕草で答えた。その飄々とした態度に、佐竹もため息をつきながらうなずいた。


 そんなやり取りを聞きながら、質問内容がすべて片付いたことに安堵しつつ、りんごの奔放さに呆れた表情を浮かべるしかなかった。



 会議が終わり、大講義室を出ると、外はすっかり暗くなっていた。三人は足早に歩きながら、駅に向かって進んでいく。


「PAのこと、誰かあてがいるのか?」


 俺の問いかけに、りんごは軽く肩をすくめて答えた。


「お父さんに頼んでみます。うちなら、機材とかも一通り揃ってるから」


 誠人はしばらく考えた後、頷いた。りんごはにっこりと笑って、少し前に出て歩く。


「善は急げです。この後、うちに来ませんか?」


「行くのか?」


 少し迷うように聞くが、京華がにこやかに答えた。


「行こうよ。私も新しい弦を買わなきゃいけないし。詳しい人にお願いできるなら、それに越したことはないしね」


 駅に到着し、電車に乗り込むと、車内は少し人が減って静かだった。窓から流れる景色がどんどん変わり、都市の光が広がっていく。


「そういえば、最近行ってなかったな」


 誠人は窓の外に目を向けながら言った。


「そうですよ。また誠人が来なくなったって、お父さん、よく電話してますよ」


「親父たちも仲がいいな。いつも電話してんじゃん」


 りんごと笑うと、蚊帳の外に置かれた京華が「私もわかる話にして」とむくれた。

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