第48話 運命のくじ引き②

 マイクが入った音が響いた。司会席にはすでに二人の生徒が座っていて、静寂が訪れるのを待っているようだった。


「お疲れさまです。本日の会議にお集まりいただき、ありがとうございます。進行を務めさせていただきます。私、生徒会役員の佐竹と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


 佐竹は落ち着いた動作で頭を下げ、ぽつぽつと拍手が起こる。こんなに多くの人を前にして、よく緊張せずに話せるものだ。やはり、生徒会に立候補するような生徒は、普通の生徒とはどこか違うのだろう。


「それでは、次第に従い進行していきます。会議の開催について、生徒会長からご挨拶をお願いいたします」


 佐竹がそう言うと、前方の席に座っていた生徒会長が立ち上がった。昨日、俺たちに冷たい視線を送っていた、あの女子生徒だ。艶やかな黒髪が揺れながら、講義台に向かって歩いていく。その堂々とした歩き方は、京華の物とはまた違い、どこか優雅で品のある佇まいだった。


「綺麗な人ですねー」


 りんごが耳打ちしてきた。大人の身体が完成しつつある彼女の、その姿に感心しているようだ。りんごとは全くタイプの違う人物だが、あの凛とした姿に少なからず憧れている部分もあるのだろう。


「憧れるのはやめましょう」


 京華がふざけたように言うと、笑いを堪えきれなかったりんごが、軽く声を漏らした。前に立つと、こちらの動きがよく見えると言っていた先生の言葉を思い出す。生徒会長はしっかりとこちらを見ていた。


「お疲れ様です。本日はお集まりいただきありがとうございます。今年の学園祭にこれだけ多くの団体がステージに参加してくださることにも重ねて御礼申し上げます。――――」


生徒会長か。俺は名簿に視線を落とし、彼女の名前を探す。白石月音。月音か、月の音なんて考えたこともない。詩的で美しい名前だと思った。


 長い挨拶になりそうだったので、俺はそのまま指をなぞるように下にスライドさせていった。生徒会長や実行委員会のメンバー、そして知らない名前が並んでいるばかりで、結局何も分からなかった。


 白石が言っていた通り、改めて周囲を見渡すと、この会議に参加している人数の多さに驚かされる。吹奏楽部のようにイメージしやすい団体だけでなく、運動部のエースたちが纏まって座っている場所もある。代表者が参加している団体もあるから、実際はこれよりもっと多くの参加者がいるのだろう。うちの学校の学園祭が地域の人々にも楽しみにされているお祭りだというのが、今ならよく分かる。


 あいつらは……。視界に入ったのは、数人の男女のグループ。クラスの連中だ。彼らはさほど遠くない位置に座っていて、楽しげに話しながら笑っているのが見えた。元々京華の取り巻きだったあいつら、今の京華にはどう映っているのだろうか。



「それでは、ゲスト団体の紹介をお願いします」


 白石の挨拶が終わり、佐竹は次の進行に移る。すると、隣に立っていた生徒がマイクを手にし、外部から参加するゲスト団体を順番に読み上げていった。名前が呼ばれると、それぞれの団体から一人が立ち上がり、軽く挨拶をしていく。


「水沢大学吹奏楽部です。私もそうですが、この学校の卒業生が多いので、なんだか懐かしい思いがします。よろしくお願いいたします」


「紹介いただきました。二十三時です。お笑い芸人をやらせてもらってます。わしら、火を使った芸もやるんですけど、大丈夫ですかね?」


「ダメに決まってるじゃないですか。注意事項をちゃんと読んでください」


 佐竹が軽くノリを見せて応じると、会場に笑いが広がり、少し堅苦しかった雰囲気が和らいだ。その後、順調に会議は進み、次の議題へと移っていった。



「それでは、皆さんが気になるステージの順番決めに進みたいと思います。まず初めに、時間の都合のあるゲスト団体様について調整を済ませました。二十三時さんはお昼前の十一時から、本日は欠席されておりますが、当校を卒業された島袋先生の特別講義は体育館ステージの十四時半から行われます。島袋先生は現在、海洋生物学の教授として世界中の海を研究し、生物の保全や環境問題に取り組んでいらっしゃいます。それでは――」


 ゲストや吹奏楽部など、毎年の目玉となる団体の時間調整の説明が続く。自分たちのように学園祭に便乗して参加する団体よりも、こうした団体を優先するのは当然だ。異議を唱える気にはならない。しかし、その業務報告のような説明は、会場の眠気を誘っているようだ。希望の時間帯を確保するために気を張っていた二人は案の定、疲れた様子で、時折うなじを見せながら首を微かに上下させている。


「毎年のことですが、すべての参加者を希望通りの時間にするのは難しいのが現実です。事前に希望の時間帯をお伺いしましたが、屋内と野外ステージの両方で午前と午後に希望団体がきれいに分かれました。そのため、時間帯が難しい場合でも、希望の時間帯から大きく外れることはないのでご安心ください。それでは、限られた時間内で進行しますので、こちらで用意したアプリを使って順番を決めていきたいと思います。正面のモニターをご注目ください」


 会議資料が映し出されていた画面が一度暗転し、佐竹の言っていた順番決定用のアプリに切り替わる。世の中には便利なアプリがあるものだと感心する。


 画面には「屋内ステージ午前の部」と書かれており、既に優先的に決められた団体のタイムスケジュールと、希望団体の名前がずらりと並んでいる。


 昔はこれを紙か何かで順番に決めていたと思うと、その手間や不満の声が想像できる。今や誰でもダウンロードできるアプリを使って一斉に決めることができ、公平性も保たれ、不満の声を上げる隙もない。俺としても、早く帰りたいのでありがたい。


 佐竹の合図があると、瞬く間に虫食い状態のタイムスケジュールが埋められた。周囲では、その結果に喜びの声や無念の声が交錯していた。


「続いて、午後の部――」


 毎年のことなのだろう、会議中に声を出すことを誰も注意しなかった。むしろ、その反応を楽しんでいるようだった。辺りが騒がしくなり、隣で半分寝ていた二人も目を覚ます。会議が順番決めまで進んでいることに焦りを見せ、俺が自分たちの順番がまだ来ていないと言うと、二人とも同じ動きでほっと胸を撫で下ろした。


「野外ステージ午後の部――」


「きたきた!」


「ついに来ましたね」


 隣り合う二人の手が絡む様子が、視界の端に映った。京華とりんごが互いに指を絡ませるように手を繋ぎ、今か今かと結果が発表されるのを待ち望んでいる。京華は小さく息を呑み、りんごの方へちらりと視線を送ると、りんごもそれに応えるように微笑んだ。どちらの表情にも不安と期待が入り混じった色が浮かんでいる。





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