第47話 運命のくじ引き①

 今回の会議は大講義室で行われる。ステージの順番を決めるため、学内だけでなく外部からの参加者も集まる。普段使うような空き教室では人が入りきらないからだ。だが、俺は悪態をつきながら、代表者一名だけ出席にして人数を絞ればいいのに、と思った。すると京華は順番決めだけでなく、こうして参加者全員が集まる機会は滅多にないので、ここでステージ上での段取りや諸注意などの確認もするのだと説明してきた。


 確かに、いままで会議に出席していなかったので、配布された文章で内容は理解しているつもりでも、聞いて確認しておきたいことがいくつかある。たとえば、機材の持ち込みや楽器を置く場所、サウンドチェックや音のバランスについて誰と連携すればいいのか。考えれば気になることは尽きない。人任せにしてきた俺が偉そうに言える立場ではないと分かっているが、京華にはどうして会議に出なかったと、文句が言いたい気持ちだった。


 大講義室に近づくと、会場の前で人々が出入りしているのが見えた。入り口の手前に重い扉があり、その手前にはテーブルが置かれていて、どうやら出欠の確認をしているらしく、俺たちは列に並んだ。


「こんにちは。団体名を教えてください」


 団体名……。俺たちのバンドにいったいどんな名前をつけたのだろう?  りんごは知っているのだろうか。隣のりんごを見ると目が合った、彼女もどうやら知らないらしい。


「あの、団体名は……?」


「京華ちゃん、私たちってなんて名前なの?」


 京華は何も答えない。むしろ、彼女自身も答えられていない様子だ。


「えっと、私たちの名前って……なんだったっけ?」


 恥ずかしそうに頭を掻きながら受付の生徒に質問を投げかけると、予想外の事態に眼鏡を掛けた生徒は困惑した表情で、眼鏡を上げながら「えっと、じゃあ代表者のお名前を教えてください」と言った。京華はそれに自信満々に「藤堂です」と即答する。


「少しお待ちください」


 受付の生徒は京華の苗字を呟きながら名簿の上でペンを動かしていた。そして名前を見つけ、俺たちにも見せるように「ありました」と言って、ペンで指し示す。覗き込むと、確かに代表者の名前として京華のフルネームが書かれていた。名前の横に書かれた団体名は鍵括弧で囲まれていたが、そこには何も書かれていなかった。


「あの、これなんて読むんですか?」


 受付の生徒が興味深そうに尋ねてきた。俺が聞きたいくらいだ。どうせ京華が「いつか決めよう」と空欄にして提出しただけだろう。案の定、京華は言葉を詰まらせている。


「なんかこだわりがありそうで格好いいね。京華ちゃん、思い出せそう?」


 りんごは京華が何かを考えたに違いない、と期待の目で覗き込んだ。見栄っ張りな京華は、なにも考えてませんでしたと正直に答えることが出来ないらしく、無理に答える。


「そっ、そう、空白。何も書かなくて、空白と読むんだよね」


 瞳は完全に斜め上を向いていた。必死で思いついた答えに、それらしい言葉をつけ加えながらりんごに説明すると、りんごは感心した様子で京華に抱きついた。京華も内心、かなり苦しかっただろうが、りんごの反応にほっとした表情を浮かべる。しかし、俺と目が合うと気まずそうに視線を逸らした。


「なるほど。これで空白と読むんですね。わかりました」


 真面目そうな生徒はその空欄の上に「空白」とフリガナを振った。それをされた時点で、俺たちのバンド名は『空白』として確定したも同然だった。後で変えたくなっても、もう遅いだろう。


「それでは、こちらが本日の会議資料になります」


 それを受け取り、講義室の中に入る。渡された資料は紙の左上をホチキスで留めただけの簡素なものだが、その厚さには驚かされた。


 どうやら席は事前に決められているようで、室内にも席次表をバインダーに挟んだ係の生徒がいた。京華とりんごは、およそ三分前に決まったバンド名を、さもずっと前から使っていたかのように伝えていて、案の定その生徒を困らせていた。りんごが「鍵括弧で括って空白と読むんですよ」と言うと、係の学生は興味なさそうに愛想笑いを返した。


 指定された席に座ると、明らかに時間のかかる面倒な会議が始まる気配が漂っていた。大講義室の広さも相まって、まるで国会の一員になったかのような気分だ。京華とりんごは妙に熱が入っており、二人で次々と作戦を練り始めていた。……ステージの順番決めや諸注意が主な内容なんだよなぁ。思ってたよりも退屈で、二人が途中から眠てしまうに心の中で一票投じた。


 そんな二人をよそに、俺は資料をめくる。何がこれをこんなに分厚くしているのだろうか。ページをめくると、最初は会議の進行が大まかに書かれていた。挨拶から始まり、ゲスト団体の紹介、ステージ上での諸注意、順番決め、質疑応答と続いていた。その後に続くページには、野外ステージの注意事項やマップ、参加団体の一覧がずらりと並んでいた。


 なるほど、これが厚さの原因か。野外ステージだけでなく体育館ステージの参加者も含まれているらしい。多くの団体が載っているが、その情報量はまるで同人誌即売会のパンフレットのようで、見づらさが際立っていた。学園祭のパンフレットにもこれが載るんだろうか?  だとしたら、これを見て俺たちのバンドに興味を持ってくれる人がいるとは思えないな。こんなもの、自分たちのグループを探すのですら一苦労だ。まぁ、予想通り紹介文を入れる欄も空白だから、初めてこれを読んだ人には、どんなパフォーマンスをするのか想像すらできないだろう。酷い場合、これを「予備スペース」だと思われてもおかしくない。


 まだ、開始まで時間がありそうだ。俺は胸ポケットからペンを取り出し、質疑応答で確認しなければならないことをメモ欄に書き込んだ。俺は質問しない。その時が来たら、このメモを京華に見せて聞いてもらうつもりだ。

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