番外編 古の暗号と秋の風②

 「じゃあ、まずは暗号について考えよう」


 そう言うと、京華は真っ白のページを開いて、例の暗号らしき文字を書き込んだ。


「ガニバってホントになのか?」


「うん、間違いないと思う。なんなら写真も撮ってきてるよ」


「なぜそれを先に見せない……」


 京華はスマホを操作し始めるとその写真を開いて机に置いた。


 本当に薄暗いな。文字は書かれてから時間が経っているのかかなり薄れていた。光も少ないし、手振れなのかピントもぼけていた。辛うじて読める、その程度だ。どうやら本当にビビっていたらしい。


 俺は目を凝らして何かヒントがないか探す。


「なあ、これ本当にガニバか? よく見えないけど、これじゃなくてに見えるんだけど」


「そう言われていれば」


 京華はまじまじと写真を見直すと、うんと頷いた。仮にニがンだったとしたら。それらしい単語になった。それでもはっきりと答えに近づいたわけではなかった。大阪、大冒険。どちらにせよ手がかりになる気はしなかった。


 京華はうーむと唸る。


「これはもう一度現場を見に行った方が良さげだね。いくよ誠人」


 京華は立ち上がると俺を見下ろした。はいはい、ついて来いってことね。



「なぁ、俺が入ったらまずいと思うんだが」


 化学実験室近くの女子トイレに連れ込まれそうになっていた。掴まれた腕は強い力で引かれ、俺はそれに抵抗する。いくら人気のないトイレだからと言って、女子トイレに男が入るのは問題がある。この中に誰もいない保証なんてないし、仮にいなかったとして、ここから出るところを誰かに見られたりでもしてみろ。明日から俺にどんなあだ名がつくのか考えたくもない。


「いいから一緒に来て、中は本当に怖いんだから」


「だったら諦めればいいだろ。そこに手がかりがあるとは限らないだろ」


「ダメだって、こんなところで諦めたら後味が悪いでしょ」


 抵抗も虚しく女子トイレに連れ込まれた。京華の入ったという個室は一番奥だった。強引に押し込まれ、バランスを崩した俺は便座に座ってしまった。京華はそれを気にもせず中に入ってくると、メッセージは扉の上だと言って閉めた。……閉じ込められた。そして、なぜ鍵まで閉めた。


 さっさと済ませてしまおうと見上げるとそこには言っていた通りボールペンで文字が刻まれている。初めのアルファベットと数字は合ってる。続く三文字もガンバで間違いなさそうだ。


「見て」


 京華が文字を指さした先を目で追う。ガンバの後ろに本当に薄く、何かが続いているように見えた。


「これ、もしかしてガンバレって書いてあるんじゃない?」


「だろうな。つーかよく見たら、これ普通に読めんじゃん。お前がただ話をややこしくしただけじゃねーの?」


「しっ、仕方ないでしょ。だって、あの時は怖かったからちゃんと見る余裕なんてなかったし」


 京華は情けなく言い訳をすると、小さく咳払いをして話を本題に戻す。


「てことは、後ろのガンバレに深い意味はなさそうだね。問題はF4 2-5にありそうだね」


 そう言うと京華はぶつぶつと一人考え始める。狭い個室に二人きり、距離は近く京華の香りがふわりとした。冷静になると女子トイレの個室に男と女で入っているこの状況こそ問題であると気が付いた。


「なぁ」


「なによ」


 考えを邪魔されて苛立ったのか、京華はぶっきらぼうに返事をする。


「お前がさっき使った便座に俺が座ってる訳なんだが、嫌じゃないの?」


 京華は一度固まると、きゅーっと沸騰したお湯のように顔を真っ赤にする。


「嫌に決まってるでしょ。この変態!」


 手加減なしに頬を叩かれた。その痛みより、反動でトイレのタンクにぶつけた後頭部の方がよっぽど痛かった。



「……ごめん」


「いや、普通に痛かったし」


 トイレから出ると、外の新鮮な空気が吸いたくなった。廊下の窓を開けて、その縁に腕を置くように俺と京華は並んで、秋特有のノスタルジックな外気を堪能した。顔の高さにあるイチョウの葉はすっかり黄色くなっていた。


「だってあれは誠人が変なこと言うから」


「もういいよ。さっさと続きを考えようぜ」


 『F4 2-5』後ろの文字がガンバレとわかった今、恐らく前の文字に何かしらの意味があるのだろう。


 何かを応援しているのだろうか。二年五組の事だろうか。体育祭に向けたメッセージ? だとしたら何故こんな場所の書く必要があったのだろうか。書き手に事情があったとか。いや、これを考えてもあまり意味がない気がするな。


 でも、二年五組はいい線を行っている気がする。なんかしらのメッセージが隠されているように感じる。


「……二年五組」


「それあるかも! ってそれ私たちのクラスじゃない?」


「あの教室に何か秘密があるってことか。戻る?」


「それは誠人が早く帰りたいだけでしょ。自分のクラスはどうせ最後に戻るんだから後回しでよくない? ここでもう少し考えようよ」


 ばれたか……。俺たちのクラスに何かあっただろうか。その線で考えるとして次はF4か、教室にそれらしいものは——さっぱりわからん。


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