番外編 古の暗号と秋の風③

「机かもしれない。きっとそうだ!」


 京華は名案だと言わんばかりに目を輝かせると、俺を見た。


「机? 説明してくれ」


「ほらっ、チェス盤のマスの位置ってアルファベットと数字で特定できるじゃない」


「やったことはないけど知識としてはあるな。でも、それだとマスと席が足りなくないか? うちのクラスは横に六列しか机が並んでないぞ」


「それは大丈夫、Fは六番目でしょ。教室の入り口から数えると窓側の席ね」


「いやまて、だとしたらお前の考えは間違ってる」


 否定すると、水を差されたように京華は明らかに不満な態度を見せた。


「窓側の列の四番目——、それって俺の席じゃねぇか」


「えっ? じゃあ、誠人は女子トイレに忍び込んで自分の席を書き込んだってこと? いや、マジできもいんだけど……」


 京華は軽蔑したように俺を見ると一歩距離を取る。


「どうしてそうなる。あの文字は結構昔に書かれた感じだっただろ。それに、席替えをしたのは先週だ。犯人が俺なら席替えの結果を予め知っていたことになるだろ」


「必死過ぎ、マジ受ける」


 ……こいつ。よくよく考えて、席替えが先週で京華が見つけたのが今日。アリバイは破綻している。いじらしく京華はきっちりとその点を指摘してきた。嫌な奴だ。



「えー、じゃあなんだって言うのよ」


 振り出しに戻ると、京華は窓の外に腕をだらんと降ろしてがっかりとする。


「やっぱり、意味なんてないんじゃねーの?」


 昼休みも残りわずかだ。時間内には解決できないだろう。


「あーあ。絶対面白くなると思ったのに」


「まぁ、結構面白かったぜ」


 でも解決してないじゃないと京華は不満げに外を眺めていた。


「あっ!」


「なんだよ、うるせえな」


「誠人。一階、二階ってFで表すよね」


「ああ、ここならF……4だな」


 それはあるかも知れない。彼女も目をキラキラとさせて目が合った。


「二年五組はどこだっけ」


「.....この真下だな」


 二年五組の位置と、ここ四階を重ね合わせてみるか……。ふと頭の中でピースがはまる音がした。それは京華も同じだったのだろう。同じタイミングで後ろを振り返る。


「「化学実験室」」



 そこからは要領を掴んだのか謎はすぐ解けた。化学実験室と表記された教室名札には下向きの矢印が書き込まれていた。その矢印を追うと別の名札が付けられていた。『管理責任者 後藤陽三郎』化学を受け持つ後藤先生はこの学校に長く勤めている教員の一人だ。校長先生や教頭先生と後藤先生。三人はこの学校に赴任した時期が近いらしく、中庭の花壇で仲良さげに談笑している姿は度々生徒に見られている。その後藤先生ならあの暗号が書かれた時期に在籍していてもまったく不思議ではない。


 話は逸れたが最後の鍵はそこにあった。後藤陽三郎と書かれたプレートには、後と三の文字が丸で囲われていた。もうそれを見逃す俺たちではなかった。


 教室に入り、俺と京華は後と三に関係しそうな場所を当たった。その場所はひとつしかなかった。教室後方の棚。奥から数えて三番目の棚には、引き出しがいくつもあったが、不親切にそのヒントはなかった。順に上から調べていき、最後の一番下の引き出しを開けるとぼろぼろの小さな木箱が見つかった。上蓋には『捨てるな』と書かれていた。確かに、これではごみと間違われて捨てられても文句は言えない。


 簡単に壊せてしまいそうな見た目だったが、三桁のダイアル式の錠が付いていた。木箱を持った京華に目配せをすると神妙に顔つきで頷いた。ダイアルの番号は4・2・5。


 鍵が外れると、京華は机の上に木箱と錠を置いた。何が入っているのかわからない。慎重に蓋を開けると、中にはお菓子が入っていた。知っている名前のお菓子だが、現在売られているパッケージとは随分と違っていた。賞味期限は平成十二年。俺たちがまだ小さかった頃に販売されていた物だ。


 今頃、これを隠した犯人は社会人として働いているか、結婚でもして幸せな家庭を築いているのだろうか。


 そしてその人は、今更この謎が解かれたなんて思ってもいないだろう。


「こりゃ、食べたらお腹を壊すだろうね」


 目が合うと京華は複雑な顔つきではにかんだ。


「だろうな」


「私たちも何か入れよっか」


 ポケットに手を突っ込むとピックが入っていた。俺はそれを賽銭箱に小銭を投げるように放り込んだ。京華は首元から小さなネックレスを外して入れた。


「いいのか?」


「別に、高価な物じゃないし」


 シルバーだからと言った。シルバーも貴金属なんだが……。金持ちの価値観はわからない。一方でアクセサリーに興味のない俺もシルバーアクセサリーの正しい価値なんて知りもしないので勝手なことを言えた口ではなかった。


「しめるよ」


 静かに閉じて、錠を付け直した。ダイヤルの数字は変えなかった。同じ引き出しの奥に隠すとちょうどチャイムが鳴り、京華は慌てて自分の教室に急いだ。


「誠人ー、急がないと怒られるよ。次は田辺だから遅れるとうるさいよ」


「わかってるよ」



 あなたの隠した宝物はいただきました。名前もしらない先輩さん。

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