第37話 悪者②

「誠人ー、帰ろうぜ」


 京華は上機嫌だった。この後の練習が楽しみで仕方ないと言った感じだ。


 ついこの間まで、一度家に帰ってから京華の家に再集合という形をとっていたが、学園祭が近づくにつれて一分一秒が惜しくなってきたので、ここ最近は京華の家に直接向かうようにしていた。


 成り行きで始まったバンド活動だったが、今となれば俺の生活の一部と言えるほどの時間を費やしていた。そうなってくれば、そこそこのライブでいいと思っていた事も忘れ俺自身、自然とクオリティを求めるようになっていた。


「後さ、三人で衣装合わせちゃったりする?」


「やだよ恥ずかしい。制服でいいじゃねぇか」


「りんごが可哀想じゃん」


「お前の貸してやれば?」


「それ、面白いかも」


 京華はあれをこうした方がいいだ。こんなのはどうか、と昨日を振り返りながら新しいアイデアを提案する。俺は隣で相槌する程度ではあったが、それでも京華は不満げな顔をせず話し続けた。



「なぁ、あれって――」


 俺たちのクラスの靴箱の前に、明らかに挙動のおかしい女子生徒が三人いた。二人は一人の背中を押すように何かを促すと、その一人は気が進まない様子でポケットから何かを取り出して誰かの靴箱に入れた。


 はぁ……。恐らくその靴箱は京華のものだろう。ちらりと横目に見た時には京華は動き出していた。


「あんたら、何してんの?」


 その声音はとても落ち着いていた。背中にしか見えないので京華がどんな顔をしているのかは分からない。ただ、もっと感情的になると思っていたので意外だった。


 声をかけられ女子生徒はビクッと肩を揺らして扉を閉める。京華はその仕草を一瞥し、閉じた扉が自分の靴箱と確信したのか、彼女たちとの距離をさらに縮めた。迷いのない動きにだじろいでか、彼女らは一歩引き、間合いは変わらなかった。


「もう一度聞くけど、何してんの?」


「えっと、その⋯⋯」


 京華の一歩後ろに立ち、様子を見ていた。一人づつ確認する。同じクラスの連中だった。


 京華に詰め寄られ、真ん中で震えているのは山田だ。京華が失落したあの日、実行委員を京華に押し付けられていた女子生徒だ。後ろの二人はよく分からない。クラスでもそんなに目立たない女子だった。


 怯えるように俯いている山田と比べ、京華の視線が山田に向いてるおかげか後ろの二人は悪びれる様子もなく、どこか他人行儀だった。そんな彼女らと目が合うと下を向いて、言葉を探すように閉じた唇が微かに動いた。


「聞こえてる? あんたらにも言ってんだけど」


「いや⋯⋯」


 彼女らが言い訳を探してる間も、次々と他の生徒は昇降口に流れてくる。三人に対峙する京華と俺の姿を、何事かと遠くから伺っていて完全に注目されていた。見られることに慣れている京華と、一方で注目されることに慣れていない三人は居心地悪そうに目を伏せていた。


「ごめんなさい」


「いや、謝って欲しい訳じゃないんだけどさ」


「ごめんなさい。何でもやりますから」


「なんそれ? なんか私が悪い事してるみたいじゃん」


 山田は深く頭を下げて謝罪した。続くように後ろの二人も頭を下げる。腕を組んで仁王立ちする京華は困ったように頭を掻いている。


「じゃあ、何したら許してくれるんですか?」


 今にも泣きだしそうに瞳を潤わせながら、涙声で許しを乞う。同級生なのに山田は敬語を崩さない。


 京華の言う通り、傍からみれば京華が彼女たちに意地悪してるように映りそうだ。


「あんまりとか言うもんじゃないよ。じゃあ財布置いてけって言ったらそうすんの?」


「必要であればそうします」


 山田はカバンをごそごそと漁り出す。カバンから財布を取り出すと頭を下げながら京華に差し出した。


「だから止めてくんない?」


 京華の言葉は聞こえているだろうが、山田は財布を差し出したまま動かない。


 「……はぁー。もういいや。さっさと行ってよ」


 オーディエンスがいる手前、これ以上続けても自分にメリットがないと判断したのだろう。うんざりとした様子で追い払うように手を「しっし」と払うと、山田たちは最後にもう一度謝罪してその場を去った。



「――さてと、あんだけ怯えて謝るってことは、相当に酷いことしてくれたんだろうね」


 現在も続いている嫌がらせに、不本意にも免疫がついてしまったのか、京華は自分の靴箱をまるでクリスマスプレゼントの包装を剥がすような心構えで開いた。


「……」


 京華は固まっていた。固まる京華の隣から中を覗くと、スニーカーの中には運動部が使うようなボールの形をした消臭剤が入れられていた。新品なのか清涼感のあるミント系の香りが広がる。


「お前、足臭いの?」


「ざけんな!」


 俺の尻に向けて蹴りを入れられたが、何となくそうされる気がして俺は身体を反らして避ける。


「よけんな!」


「…………」


「こんなにしょぼいのに、精神的にやられた嫌がらせは初めてだわ」


 しょぼくれる京華は新鮮で面白かったが、それを顔に出すと絶対怒るので俺は口元を隠して小さく笑った。


「お前たち、ちょっと来なさい」


 騒ぎに引き付けられるように現れたのは生徒指導の先生だった。誰だか知らないが先生の手を引くその生徒が呼びつけたようだ。



 それから俺と京華は野次馬の生徒らから、まるで警察に捕まった犯罪者を見るような目で送られながら生徒指導室に連れていかれたのだった。

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