第36話 悪者①
「京華、音に乗るのはいいけど頭の動きが赤べこみたいでダサいです」
「そっ、そうかな? こんな感じ?」
「あっ、その動きはかっこいいです」
「オーケー。全身を使うイメージね」
「それから先輩!」
「なんだ?」
「なんだ? じゃないですよ。無愛想な顔で弾くのはダークな感じがして良いんですけど、動かな過ぎです。それならマネキン置いてても変わりません」
厳しいな⋯⋯。容赦なく指摘される俺がそんなに可笑しいのか、京華は手の甲で口元を隠すようにして笑いを堪えている。
「いい音を聴くだけだったらライブに行く必要なんてないんです。家でCD聴いてればいいんですから。私たちはライブして、見てくれる人に何を伝えたいのか、それを考えて下さい」
「わかったよ」
俺が伝えたいことか⋯⋯。京華をもう一度、陽向の世界に戻してやりたい。この気持ちは変わっていない。だけど、本当にこれだけなのだろうか。⋯⋯分からない。
京華が覚醒(京華の変化を俺が勝手に覚醒と呼んでいるだけなのだけど)してから、俺たち三人に不安なんてなかった。
演奏にゴールはない。俺たちはライブ本番まで、技術を高められる所まで高めるつもりだった。
そんなある日、りんごはこんなことを言った。
「二人とも、ライブは音だけじゃなくて視覚的にも上手に見えなきゃいけないんです」
りんごは棒立ちで楽器を演奏する俺たちを見て指摘する。盲点だった。俺たちは上手な演奏ばかりを意識していた。言われてみれば、心惹かれたアーティスト達のライブ映像は動きが激しくて、俺たちの音楽を聴けとばかりのパフォーマンスをしていた。
ライブ経験があるりんごの言葉は、素人の俺たちにとって必要な指摘だった。演奏中の姿勢や目線、手元ばかり見ないで弾く。あげればキリがないくらいにダメだしされた。パフォーマンスに関して、まだまだたくさんの改善点があるようだ。
重なるが、不安なんてなかった。自分たちの姿を鏡に写しながら演奏する。そしてパフォーマンスについて試行錯誤できる程、今の俺たちには精神的な余裕があった。
目が覚めると身体が震えた。今朝の気温は特別低く感じた。夢の続きが見たくてベッドから出たくない。俺は二度寝をした。
次に目が覚めた時には、急がないと遅刻するギリギリの時間になっていた。洗面台に映る自分は、運のいい事に寝癖がほとんどなかった。俺は朝食を諦めて家を出る。
変な夢を見た。俺たちがライブをしている夢だ。大きな会場のステージに立つ俺たちは色鮮やかなスポットライトに照らされていた。どこまで続いているのかわからないほど沢山の観客の前に立っている。目の前にはその観客を前に堂々と立つ京華の背中が見えた。俺は肩で息をしていて、鳴り止まない歓声が皮膚をびりびりと刺激した。それから——。
思い出すと恥ずかしくなってきた。
さて、皆さんはレム睡眠とノンレム睡眠についてどれくらいご存知だろうか。
レム睡眠とノンレム睡眠。これは睡眠の二つの状態の事だ。レム睡眠は、浅い睡眠で、脳が活発に動いている時間だ。目覚める直前に多くなり、すっきり起きやすいのが特徴だ。一方でノンレム睡眠は、体と脳を休める深い睡眠で、特に最初の方に多く現れ、体の疲れを回復し、成長ホルモンの分泌を助ける重要な時間とされている。この二つは九十分ごと交互に繰り返され、一晩を通して心と身体を整えているのだ。
⋯⋯迷惑な話だ。
夢を見るのは嫌いじゃないが、朝方に多くなるのはやめて欲しい。人が創造された時から、そう思うのは俺だけじゃなかったはずだ。
進化の過程で二度寝したくならないようになぜならなかったのか、不思議でたまらない。
歴史を百年遡らずとも、人の生活は今よりもずっと危険に満ちていたはずだ。それなのに、二度寝する怠け者が淘汰されなかったのは、それはもはや奇跡的な話なのかもしれない。そう考えれば、今朝の二度寝が前向きなことのように思えた。
昼休みに京華に聞かせてやろう。そんな事を考えていると学校の姿が見えてきた。生徒の波に紛れながら歩いていると少し前に京華を見つけた。
俺は駆け寄り、隣に並んで歩く。京華もまた眠気の取れていない顔をしていた。
「誠人か——、おはよう」
「なんだか眠そうだな」
「そう、なんか変な夢見ちゃってさ」
教室に着くまで、自分の見た夢が霞んでしまうような変な話を聞かされた。とてもじゃないけど俺の夢の話を聞かせる気にはなれなかった。
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