第32話 勧誘②

「いつ岩沢に話したらいいと思う。放課後?」


「昼休みは——、もう時間ないか」


 腕時計を確認する。昼休みはもう終わる頃だった。


「明日にしようかな」


「別に、お前の勝手だけどさ。早い方がいいんじゃねぇの?」


 学園祭まで余裕をこける程、俺たちに時間は残されていない。仮に岩沢の勧誘に成功したとして、彼女と俺たちの相性がいいとは言えないし、りんごにだって話していない。それから、岩沢がコピーする曲を知っているとも限らない。そうなると問題は多い。ある程度余裕を持って動けるのに越したことはない。


「だよね。やっぱり放課後かー」


 京華は深いため息を着くと力なく肩を落とした。


「じゃあ、誠人が声掛けてよ」


「俺もいなきゃいけないの?」


「当たり前でしょ!」


 京華は興奮すると、肩を強く叩かれた。



 ホームルームが終わるとそれぞれの予定に合わせてクラスメイトは動き出す。席から京華に視線をやると、それが合図のように頷き、顎で岩沢の席を指した。……あぁ、わかってるよ。


「なあ、少しいいか?」


「清水くん、どうしたの?」


 出だしはいいんじゃなかろうか。なんて……、岩沢は意外そうな顔をして返事をした。


「相談があるんだけど」


 気付けば後ろに京華はいて、俺が言おうとしていた台詞を奪われる。岩沢は何かを察したようで、ぴくっと一瞬眉間にシワを寄せて訝しげに俺を見た。

 

「藤堂さん……」


 気まずい間が生まれて、京華が同じ台詞を繰り返すと、岩沢は小さく息を吐いてから口を開く。


「あなたには関係の無い事かも知れないけれど、私はこれから学園祭の準備があるんだけど」


「大丈夫。時間は取らせないわ」


 クラスの出し物を手伝わない俺たちへの当て付けだろう。返す言葉がなかったが、京華はそれを気にもせず話を進める。


「場所を変えたいんだけど」


「ごめんなさい。時間がないの。ここじゃ駄目かしら」


 岩沢が澄ました顔でそれを拒否すると髪を耳にかけ興味なさげな態度を示した。その態度に飛び込み営業で相手にされていないのに辛抱強く自社製品を売り込む営業マンの気持ちになる。俺ならここで話は終わらせる。つまり、俺に営業は向かない。


 ——場所を変えたい。どうやら京華のこの発言は不穏に聞こえたようで、こちらの様子を伺っていたクラスメイトが警戒するようにひそひそと話し出した。


「あなた達も時間が必要でしょ。聞いたわ。バンド演奏するんだってね」


 知っていたのか。出処は、きっと北川だろう。


「そのこと。あんたベース弾けるんだってね。私たちのバンドに入ってくんない?」


 京華の言葉に岩沢は鼻で笑った。それは明らかに俺たちを嘲笑していて不快な気持ちにさせられた。


「ごめんなさい。私はそんなに上手く弾けないの。それに色々と立て込んでいるし、あなたとはたぶん上手くいかない」


 初めから断ることがきまっていたような、そんな冷めた声音だった。


「……ベースが足りないんだ」


 京華が諦めないんだ。と俺も続いた。


「ごめんね。せっかく清水くんに頼まれたんだから本当は気持ちに答えたいんだけど……」


 申し訳なさそうに手を合わせる。この態度の違いはなんだ。そして岩沢の視線は京華に向けられる。なんだよ、京華がいるから嫌だとでも言いたいのか。


「これまでの事は謝るわ。だから、お願い」


 俺は唖然とした。いつだって偉そうで毅然とした京華が、クラスの、周りの皆がいるところで頭を下げたのだから。


 それは岩沢も同じだった。ぽかんとした顔で呆然と立ち竦むと少しして、


「断るわ。私も忙しいの。それに、あなたと組んでもメリットがないもの」


 淀みのない口調は、これ以上話しても意味がないという意思が込められていた。それは慎重に渡っていた吊り橋の半ばで、固定した綱を一刀両断されたような感覚である。


 曖昧な返事をされるよか、はっきりしている分いくらかマシだが、一つ気に食わないのは京華を見下してるような態度を岩沢がしているということだ。周りは気が付かない程度かもしれない。しかし、頭を下げている京華を見下ろす視線。淡白な返答。一つ一つが挑発的だった。


 脇の京華はじっとしている。堪えているところ悪いが、正直俺は苛立っていた。答えがわかったとはいえ、どうもここで食い下がる気にはなれなかった。


「メリットとはなんだ?」


「単純に私にメリットがないと言ってるの。学園祭を間近にメンバーも揃ってないんでしょ。そんな泥舟に乗りたいと思う?」


 気持ちのいいこと言ってくれやがる。だからこうして頼んでいるんじゃないか。

 

 クラスが自分の味方になると知っているから岩沢は過激な言葉を選ぶのだろう。これが他所なら、きっとこいつは同じ言い方をしない。役者じみた言い方は、やはり明らかな挑発だ。遠くで取り巻きたちが俺達を馬鹿にしたように笑うと岩沢は微かに微笑んだ。


「強いて言うなら——あなたと組んだらみんなに優しい岩沢さんってイメージにはなるかもしれないわね」


「お前。いい加減にしろよ」


「誠人!」


 宥めるように京華は俺の名を呼び、冷静さを取り戻す。耳元ですまんと謝るとこくりと頷き顔を上げると一歩前に踏み出した。


「時間を取らせて悪かったわ。行きましょう」


 意地を張るように京華は笑った。


 ……それでいいのかよ。


 京華に腕を引かれながらその場を後にする。俺はぎりぎりまで岩沢を睨みつけてやった。だけど岩沢は、俺たちなんか相手にしてないとでも言うように冷めた表情でどこか遠くを見ていた。


 きっと岩沢とは仲良くなれない。

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