第28話 プール③

 考えていた俺なりの謝罪とは遠い結果となってしまったが、その質はともかくとして俺の気持ちを伝えることが出来た。


 その後、お袋が京華の母と共謀していたのは予想の通りだったらしく。中に招かれると三人分の昼食が用意されていて、ご馳走になる。


 食事中はなかなか会話が弾まなかった。時々目が合うのだが、京華は目を逸らしてしまう。やっぱりまだ許してもらえてないのだろうか。多少のわだかまりが残ったとしても仕方ない。それは俺が起こした事が原因なのだから受け入れる覚悟はしていた。


 だけどそのどこかよそよそしい態度は、俺を少しだけ寂しい気持ちにさせた。



 昼食を終えて俺と京華は今、藤堂家が手配した車に乗っている。向かう先は例のプール。


 プールの招待券をポケットから出す。結局、初めから俺と京華の二人で行かせる予定だったのだろう。俺は決められていたシナリオに沿って流されているって訳。


 後部座席に並んで座っている。車内のスペースは狭くないが京華はなぜかこちらに寄っていて距離が近かった。車が揺れる度に互いの肩が触れた。距離が近いのに会話がない、それがかえって俺をもやもやとした気分にさせた。


 バックミラーから京華の様子を伺う。京華は退屈そうな顔で外を眺めている。沈黙に耐えられなくて、俺は空いた両腕を膝の上に置いてみたり、ドアの窓ガラスが登ってくる始まりの場所に置いてみたりと落ち着きがなかった。


「なぁ、俺水着なんて持ってないんだが」


 ついに耐え切れず、ぶっきらぼうに切り出す。こういう場面、己の会話の下手くそさを実感する。口が渇き狭い車内にて適切な声量も分からず、大きいくらいなら小さな方がいいと考えなしに決定した結果、愛想のかけらもない低い声が出た。


「そんなの、レンタルがあるじゃない」


「お前もレンタルすんのか?」


 こんな会話に意味なんてない。それでもまた沈黙するくらいならと会話を繋ぐ。


「する訳ないじゃん。そういうのは往々にして大概ダサいのしかないし」


 そんなの私が着るわけないじゃんと京華は言葉を付け足す。


「別にいいじゃねぇか、濡れた水着を持って帰る方が面倒くさいだろ」


「誠人が私をどう思ってるのか知らないけど、手間がかかっても自分の好きな姿でいたいものよ」


「ふん、女だな」


「女に決まってるじゃねぇか!」



 出来たばかりのプール施設は流石というばかりに混雑していた。日曜日ということもあってか入場待ちの待機列はエントランスの外まで伸びていた。


 ぱっと眺めると家族連れから学生、またカップルと多様なグループが見える。


 俺たちは列の後ろで案内している係の男性に無料招待券を見せてこの列に並んでいいかのかと尋ねると、この招待券は思っていたよりも価値のあるものだったようで、俺たちは列に並ぶことなく優先的に入場することが出来た。


 水着のレンタルも無料招待券の内容に含まれているらしい。レンタルコーナーに案内されると水着のその種類の豊富さに驚かされた。


 俺は正直なんでもよかったので、目に付いたサーフパンツのようなゆとりのあるシンプルな水着を適当に選んだ。受付台で手短に手続きを終わらせて、俺は待たせている京華の元に急ぐ。


 しかし、自前のがあるからとその手前で待つと言っていたはずの京華の姿はそこにはなかった。辺りを探していると女性物の水着が並んだ一角で爪を噛むような仕草で立っているのを見つけた。


「悪い、待たせた」


「……くっ、悔しい。可愛いの多いじゃない」


「結局興味あるのかよ」


 呟いた言葉は京華の耳に届いたようだ。はっと我に返った様子でこちらを振り向く。


「べ、別に……。ちょーと自分の水着が去年よりきつくなったかもなんて思ってたから。タダなら借りても良いのかな、なんて」


「太ったのか?」


「成長したの!」


 加減のない力で脚を踏みつけられた。


 成長ね。去年と比べ京華が成長したのか、それは俺にはわからないことだった。その頃、俺たちはまだ出会っていないのだから。


 俺の場合は中学二年生の頃には今の体格が完成していた。めきめきと音がなるくらい身長が伸びた。野郎の成長はわかりやすいが、女の子はどう変化していくのだろうか。疑問に思って目の前の京華を見て俺は考える。やっぱり女の子も身長からだろうか。


「興味あるの?」


 京華はその豊満な胸を手で隠して身体を捻る。


「は? 自意識過剰なんじゃねぇの」


「……何その反応。もうちょっと恥ずかしがりなさいよ。ムカつくんだけど」


 京華はじとっとした目をして不満げに口を尖らせる。それを見て俺は内心ほっとしていた。本当は強がっただけなのだから。


「まぁ、いいや。ねぇ、誠人。この二つだったらどっちが好き?」


 本人の中で絞り込んではいるのだろう。目の前のハンガーラックの正面に並んだ二つの水着は全体がこちらに見えるように掛けられ、京華はそれを手に取ると自身の身体にレイヤーを重ねるようにして見せる。


 どちらも黒色のビキニ。一方はフリルが装飾されたホルターネックで、もう片方は三角ビキニだった。当たり前だけど、どちらも肌の露出が高い。これらを着る女は自分のスタイルに余程の自信がある。もしくは身の丈を知らない阿呆だろう。


 ビキニというのは、似合っていればその人の魅力を引き立て、似合わなければ逆に自分の魅力を下げると勝手に思っている。それはRPGでよくある魔力の付与された防具のようでかっこいい。


「ねぇ、聞いてんの?」


 京華は下から見上げるように俺の顔を覗いた。耳にかけていた金色の髪がさらりと落ちると表情を隠してしまうが、目で追ったその一瞬、彼女の耳が薄らと朱かったのが見えた。


 頭の中で想像する。この二つの水着を着用している京華の姿を。客観的に評価してもどちら似合っていた。笑っている京華は濡れている。それを想像すると、下腹部に血液の集まる感覚を覚えた。


「別に、どっちだっていいじゃねぇか」


 京華のことを性的に見てしまったことに後ろめたさを感じて、俺は咄嗟に視線を背ける。しかし、こちらの気もしれず京華は面白がるように俺の腕に引っ付くと触れた部分が熱かった。顔を寄せると、選ぶのは俺だと耳元で囁いた。きっと俺の耳も赤くなっているだろう。どうしてこんなことをしてくるのかその真意はわからない。単にからかっているだけなのなら、それは面白くないはずなのに、どうしてだろう不快な気持ちはなかった。


「最初、最初のほうじゃねぇの?」


 ホルターネックの水着を顎で指し示す。


「ふーん。本当に誠人はこっちの方が好みなのかな?」


 京華は白い歯を見せて意地悪くにやついた。腕から離れ俺の選んだ水着を身体に合わせるとボトムスに装飾されているひだ飾りがひらりと揺れた。


 こうして目の前で着衣のまま身体に合わせるのを見せつけられて、これが頭の中では、すらりと伸びた四肢とその柔らかそうな素肌を晒した水着姿の京華を想像してしまう。……これでは盛りのついたエロガキのようじゃないか。


「じゃあこっちにしよっと」


 京華は俺に選ばせた水着をラックに戻すともう片方を手に取って、異論は受け付けないとばかりに受付台に走って行ってしまった。


 いったい何なんだ……。


 先から様子がおかしい。俺も相当におかしいけれど、今日一日俺はあの変なテンションの京華を疲労感なしに捌けるのだろうか。


 本当に余計なことをしてくれたなと、この場にいないお袋に八つ当たりするのであった。

 

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