第22話 りんごは仲間思いである②

 なんだ? 


 校門の辺りが騒がしい。昇降口で靴を履き替えて表に出ると、正面にある校門に人集りが出来ていた。京華と顔を合わせる。京華はわくわくしていた。


 

 校門に向かって歩いていると、校舎から風紀委員と数人の教員たちが走っていくのが見えた。風紀委員が出てくるということは生徒間のトラブルだろう。教員も連れているということは喧嘩だろうか。この学校では珍しいけど。


「だーかーら。待ち合わせしてんの。本当にこの学校に友達いるんだから」


 京華と顔を合わせる。知っている声だ。しかし、声を中心に人が囲っていて中で何が起こっているのかわからない。


 京華を先頭に人混みの隙間を縫うように前に進む。ようやく騒ぎの中心が見えてきた。


 聞き覚えのある声はやはりりんごの声で、視界に映るりんごは両腕を教員に捕まれ、それはさながら連行される宇宙人、または捕虜のようであった。


「あはは。りんごったら何してんの?」


 現場の空気感を他所に、京華は能天気に笑い声を出した。悪目立ちして恥ずかしさと恐怖で目を潤ませるりんごは、ぱぁと安堵するように表情を緩めた。


「京華! 助けてよ」


 りんごは救いを求めて京華の名前を呼んだ。


 周囲を取り囲む生徒たちは、京華の名を聞いてざわめき始める。それほど、京華の名前はこの学校に通う生徒にとって、有名過ぎる証明とも言えた。そして、京華の姿を確認するとファラオに追い詰められたモーゼが海を割ったように京華を中央に道が開かれた。


「どうしてりんごがここにいるのさ」


「どうしてって、京華と先輩の通う学校を見てみたいと思って」


 自分の世界観を中心に生きる京華には分からないことかも知れないが、この騒ぎ、明らかにりんごの身なり恰好にも原因があるだろう。


 とても学校終わりとは思えない完全に着崩した制服、染毛を校則で禁止されているうちの学校でピンク色のインナーカラーは目立つ。それ以上に人の目を惹いているのは耳や舌のピアスと短いスカートから覗いている太もものタトゥーは私立校のうちだけでなく、平均的な公立校でさえ目立ってしまうだろう。というかやっぱり入れていたか。


 そもそも理由がない限り他所の生徒が学校の敷地に入る事自体が問題だし、それが普通ではない格好の女の子が校門の前に立っていたら、そりゃ騒ぎになる。


「お前たちの知り合いか?」


 開いた道を通り、開けた騒ぎ中心に出るとりんごを押さえている教員の一人が言う。


「彼女は私の友人です。離してあげてください」


 京華は外面的には成績優秀な生徒だ。家柄も補償されているし、京華は決して教員に悪態をついたりはしない。だから教員たちからの信用は厚く、京華の言葉を聞くと、りんごを拘束していた二人の教員は顔を見合わせ、頷くと手を離した。解放されたりんごはこちらに逃げ込み、安堵の息を漏らす。


「お前。いったい何をしたらこんな騒ぎになるんだよ」


「別に……私は二人を待っていただけだよ」


 りんごは教員と風紀委員を目の前に、腕を組み仁王立ちしている京華の背中に隠れ、きゅっと制服を掴んで盾にしながら答えた。しかし流石にそれだけではこんな騒ぎにはならないだろう。唇を尖らせているし、これは何かあったな。


「どうして彼女に乱暴していたんですか。説明してもらえるかしら」


 如何なる状況でも堂々とした態度の京華はこういう時に心強い。まぁあまり悪目立ちしたくないから俺としては今すぐにでもこの場を離れたいのだが……。


「その子がね。うちの生徒と口論していたのよ」


 京華の問いかけに答えたのは風紀委員長だった。三年生である彼女もまたこの学校では有名な一人で、ルールに厳しく、小さな違反も見逃さない。この学校の風紀が守られているのは彼女のおかげともいわれている。


「口論? なんでまた」


「あいつらが、京華と先輩の悪口を言ったんだ」


 りんごが指を指した先にはクラスメートの男女組がいた。彼らは集中する視線に気まずそうに顔を下に向けた。


「……何となく察しはついたわ。風紀委員長、ここは私たちも謝るからこの辺りで収めてくれないですか?」


「ちょっと、京華!」


「これ以上騒ぎを大きくしたって私たちに得はないよ」


 りんごは謝罪させるべきだと反論したが、京華は抑えるように諭す。しかし、その冷たく鋭い視点は確かに彼らを捕らえていて、かつての京華を知る彼らは誰一人視線が合わないように俯いていた。


 騒ぎを大きくしたくない。それは風紀委員長も同じのようで彼らにも非がある事を認めると集まった野次馬たちに解散するよう指示を出した。


 集まった生徒たちがぱらぱらと消えていくのを確認すると、風紀委員長も委員の生徒を引き連れて校舎へと戻っていった。


「りんご。ありがとう」


「なにが」


「私たちの為に怒ってくれたんでしょ」


「仲間を悪く言われて黙ってなんかいられないよ」


「あはは。意外と仲間思いなんだ」


 京華は何も気にしていないくらい爽やかに笑った。唇を尖らせたりんごもその笑顔につられるように笑った。

 

「りんごちゃん。耳を外に集中させてみて」


 何を言っているのかと首をかしげたが、りんごは従って目を瞑り意識を外に集中させる。


「やっぱり藤堂さんの知り合いだったんだ。怖い人もそうだし、友達を選べなくなったんだね」


「清水もいたからてっきり暴力沙汰になるかと思ったぜ」


「偉そうに風紀委員長に口出しちゃってさ。まだ、自分が一番偉いと思っているのかね」


 解散していく生徒らは口々に俺たちの悪口を話していた。りんごがまた怒りを露わにして文句言おうとしたが、京華はそれを優しく止めて「これが今の私たちだよ」と慣れたように笑った。


「なんで? 先輩も京華もすごいのにこんなのっておかしいよ」


「いいんだよ。それに、今の私たちだからこそ学園祭のライブを盛り上げられたらロックだと思わない?」


「でも……」


 京華はりんごの肩に腕を回すと、早く帰って練習しようと言った。


 俺は京華の性格を知ってきている。本当は気にしているはずだ。


 それでも、こうして現状を受け入れ強くあろうとする京華の姿は逞しく美しい。 

 

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