第7話 京華の歌声①
——次は、〇〇に停まります。
ぼんやりとした意識でもなぜか自分の駅名には反応できるもので、俺は気だるさを感じながら目を開く。
いや……違うな。身体が揺さぶられたような感覚があったからアナウンスの声に気が付いたんだ。
ぼやけた視界のまま隣の席に首を向ける。
「あっ、起きた」
京華の声がする。徐々に視界は開けてきて、隣に彼女が座っていることがわかる。そして何故か彼女の耳に俺のイヤホンの線が一本伸びていた。
「……京華」
どうして京華が隣に座っているのだろう。状況がわかっていない俺の顔を覗き込むとくすくす笑った。
「あはは。いつまで寝ぼけてんの。降りるよ」
いつものからかうような口調で俺の手を引いた。されるがままに電車から降ろされた。
「ここじゃないんだけど……」
俺の降りる駅はここから更に二駅だった。さも当たり前のように手を引かれたせいで、ここが自分の降りる駅だと勘違いしてしまった。
「ごめんね。ここは私の最寄駅だよ」
京華はしたり顔で腰に手を置き胸を張る。そして伸びたシャツがその豊満に実った胸を目立たせ、俺はその堂々とした立ち姿に若干腹を立てた。
初めて京華の私服を見た。濃い色のジーンズを履き、シンプルな白色のTシャツに黒色のジップアップパーカーを合わせていた。ジップは開かれ、フードを被っている。
手持ちの荷物はなく、不用心に尻のポッケから長財布がはみ出している。不良のような服装を見てそれなりに偏差値の高い学校に通うお嬢様とは思えなかった。
「どうしてお前がいるんだよ」
「私も同じ駅にいたんだよ。隣の車両に誠人が乗り込むのが見えたから、少しの間観察してたんだ」
くちゃくちゃとガムを噛んでいて、なんというかガラが悪い。
「それで、なんか用か?」
言いながら俺は電光掲示板を見て次の電車を確認する。次の快速電車は俺の駅に停まらない。ということは次の電車だが、到着は今から三十分後だった。
「用があって出かけてたんだけど、意外と早く終わってさ。暇なんだよね」
パーカーのポケットに両手を突っ込みながら京華はゆらゆらと揺れていた。様子から彼女に求められている言葉は理解したが、俺は口に出さず黙っていた。
我慢比べのような無意味な時間が流れると俺たちの脇を快速電車が通過する。勢いを弱めず通過する電車の風が俺たちに吹かかると京華のフードは外れた。
「あの、誠人さん? 私が欲しい言葉がわからないの」
「……こんな駅のどこで時間を潰せというんだ」
「わかってんじゃねーか! 色々あるよ。カラオケとか公園とか」
しびれを切らして京華が先に折れた。そして遊べる場所を指を折りながら言った。
この駅周辺は所得の高い人の家が集まるエリアとして知られている。そのためか、学生が遊ぶような街の作りにはなっていなかった。仮に遊ぶところがあったとしても俺がこの街で時間を潰すことはないだろうが。
無駄な時間が流れると、ギターが重たくて立ち疲れてきた。足を休めたくて、もう好きにしてくれと思い。京華と二人で駅を出た。
改札を出て思ったのは、何もない街だなという感想だった。清潔な街づくりと奥に広がる閑静な住宅。駅前にはバスターミナルとタクシー乗り場、コンビニが一つ。これほんとにカラオケあるのか?
なんて考えていると、口数の少ない俺とカラオケに行くのはなんだか面白くなさそうだと失礼なことを言われ、俺たちは近くの公園のベンチに座っていた。
秋の風が吹く。日も短くなり始めると、公園で遊ぶ子供の姿も少なかった。
「てゆうか音楽やるんだね」
京華はまじまじのギターケースを見る。
「……まぁな」
「見た目に似合わず、結構激しい曲を聞いてたもんね」
電車の中のことだろう。帰りに聞いていたのは海外のメタルバンドだったと思う。別に普段からメタルばかり聞いてるわけじゃない。邦洋問わずロックならどのジャンルも好きだし、気分によってはクラシックも聴く。逆に嫌いなジャンルはアイドル系とポップス。万人受けするその類の音楽が嫌いだ。
「ギターでしょ。私もやったことあるんだ。どんなのか見せてよ」
京華はそう言いながら俺のギターに手を伸ばして、何故か俺は反射的にギターを京華から遠ざけた。
「……えっ、ごめん。大切なものだった?」
「いや、そんなことはないんだけど……」
その理由は自分でもわからなかった。わけがわからないまま、俺は京華にギターを渡した。
京華は本当にいいの? と再度聞いて、俺が頷いたのを確認するとケースを開いた。
「おお、テレキャスじゃん」
わかるのか。京華は大切に取り出すと慣れた仕草で柔らかな太ももの上に置いた。指板に乗せた指先や仕草が初心者でないことを教えてくれた。彼女の華奢な指はフレットの上を下降する。
「って、レフティーかよ。誠人、左効きだっけ?」
「そうだけど。知らなかったのか」
「知らねーよ。箸もペンも右手じゃん。それに時計だって」
京華は俺の腕時計を指さす。よく見ているものだと感心した。
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