第4話 都落ちギャルに懐かれる

 なんであんな偉そうなことを言ってしまったのだろうか。


 合わないことを言ったような気がする。


 考えれば考えるほど、余計なことを言ったことを後悔する。こうなるから必要以上に話すべきじゃないんだ。


 俺はギター用アンプのゲインを更に上げた。


 今夜はロックに激しく、ギターを弾こくことにした。


 しばらくして調子が良くなってきたので椅子から立ち上がると、繋いでいたヘッドホンの線が外れ、部屋に大きな音が響く。


 隣の住人にすまんと念を送った。


 

 今日も変わらず暑かった。


 学校に行かない選択をできない俺は今日も真面目に登校した。


 教室ではクラスの中心人物が集まって会話をする後ろを抜けてまっすぐ自分の席に向かった。


 シャツの背中が汗で濡れて気持ち悪い。俺は背もたれに触れないように座る。


 朝練組も徐々に戻ってきて教室は一層騒がしくなり俺はホームルームが始まるまでイヤホンで音楽を聴きながら昨日読んだ本の続きを読むことにした。


「おはよう。みんな席に着いて」


 時間通りに担任の前田先生は現れて、クラスの喧騒を一言で鎮めた。


 静かになったクラスを見渡しからもう一度挨拶をすると、先生は出席確認に移った。


 名前を呼ばれた生徒が順に返事をしていく。


 昨日のことを思い出し、つい俺は彼女の姿を探してしまう。藤堂は今日休みなのか、彼女は席にいなかった。

 

 どうでもいいか。なんて思いながら窓の外の景色を眺める。


 点呼も半ばに迫った時、勢いよく後ろの扉が開かれた。


「遅れました」


 クラスがざわつく。藤堂だ。


 クラスが騒がしくなるのも仕方ない。藤堂は昨日までのウェーブがかった長髪を肩の上でばっさりと切り落としていたからだ。


 藤堂はクラスの反応など気にせず堂々とした歩きぶりで自分の席まで歩く。


 その姿に前田先生は何も言わず一瞥してから静かにするよう言って、点呼を続けた。



 一日中ぎくしゃくとした空気が教室に流れていた。


 それは藤堂の変化について本人に聞けないでいたからだ。皆一様に彼女を気にしているが、遂に最後の授業が終わるまで、その事を誰も触れられなかった。


 元々見てくれの良い藤堂だ。髪型が変わったところで彼女自身の派手さが失われることはなくて、むしろお嬢様的な雰囲気が失われたことによって、より話しかけにくい雰囲気を醸し出していた。


 しかし、ホームルームが終わるとクラスという組織から離れることができるからか今までの空気感は何だったのだろうと思えるほど皆どこか開放的になる。そして、部活や塾、遊びとそれぞれの予定に向けて動き出す。


 俺も早く帰ろうと片付けを始めていると、


「ちょっとあんた。付き合いなさい」


 突然、藤堂は俺の机の前まで来て言った。


「……」


 クラスメイトが動揺しているのが脇目に見える。


 それもそうだろう。教室の中で俺と藤堂が話したことなんて一度もないのだから。


「ねぇ。聞こえてんでしょ」


 無視して片付けを続けていると、藤堂は机を拳で叩きながら覗き込むように顔を近づけた。


「……聞こえてるよ。あんま俺に話しかけんなよ」


 諦めて答えると、聞こえてるじゃないと言って笑う。


 クラスメイトの目が気になってしょうがないので、場所を変えようと言って教室を出ると、藤堂も素直に後を着いてきた。


「……」


 特に話すこともないので、俺は真っ直ぐ下駄箱に向かって歩いていると、どこに行くのと藤堂が聞いてくる。


「このまま帰るんだよ」


 俺は歩を止めずに端的に答える。


「なんで帰んだよ。付き合ってって言ってんじゃん」


 ……なんで俺がお前に付き合わなきゃならないんだ。


 藤堂にしつこく絡まれていると遂に昇降口まで着いた。そのしつこさはまるで都会の客引きのあれである。


 無視を続けながら下駄箱で靴を入れ替え振り返ると藤堂は目の前にいて、両腕を伸ばし俺は下駄箱を背中に捕らえられる。


 少しでも動けば触れてしまう距離だったが、ほのかに漂う石鹸の香りが鼻腔をくすぐり、緊張感のない香りに気が抜ける。


「……」


「無視しないでよ。あんたがお前らしくいれば良いって言ったんでしょ」


 真っ直ぐな言葉だった。藤堂は唇を結びながら俺の返事を待っている。


「……まぁ言ったけどさ」


 俺は諦めて答えた。だけど絡まれる理由にはならない。


「家に帰って考えたんだ。私が私らしくいるためにはどうしたらいいのかって」


 藤堂は昨夜考えたことを語りだす。その内容には人目のあるこの場所では控えた方がいいような内容も含まれていた。


 俺は変わらず黙って話を聞いていると藤堂は言葉を溜め、じっと俺の目を見ると狙いを定めるように指さして言った。


「私らしくしていいなら好きにやってやろうって、だからあんたと一緒にいてみることにしたの、面白そうでしょ」


「……いや、普通に嫌なんだけど」


「なんでよ!」


 何を頓珍漢な……。自分らしくあるために一晩考えたと言ったのに、気が付けば私らしくしていいならに変わっているところがこいつらしい。俺は驚いて言葉に出してしまった。


 変なやつ。それに、こんな態度で断り続けられれば普通は俺のことを嫌いになるものだ。

 

 突き放すような返事ばかりしてきたのに、彼女は諦めるどころかむしろ押しが強くなる。そのしつこさにだんだんと心が折れてきている事を俺を自覚していた。


「私とあんたが組んだら意外と面白いと思うんだよね」


 どんな感性なんだ。聞けば直感だと言って藤堂は笑った。


 しばらく見ていなかったが藤堂はこうやって恐れを知らないような笑顔を見せるんだ。そして誰もが、その勇気のある笑顔に背中を押されて彼女の言うことに従ってきたのだ。 


 同時にこいつがこの顔を見せた時、どうせ何言っても聞かないとも知っている。


 直感。俺も好きな感覚だ。


「わかったよ」


 そう答えると藤堂は少し照れくさそうにして「手間取らせないでよ」と悪態をついて先に歩いていく。


「ほら、早く帰ろう」


 藤堂は振り返りながら、またその笑顔で言った。


 こいつに関わる未来は面白いかもしれないと、何かが起こりそうな予感がした。


 外に出ると心地の良い穏やかな風が身体を吹き抜け、俺は秋の気配を感じながら彼女の背中を追いかけた。

 

 

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