Catch one's death!  ≪フユ≫

前編

 こんにちは、お久しぶりです。

 私です、私。

 市立朝日あさひ高校二年生、バラ色のJKライフを満喫している空耳そらみみ 狗尾えのころでーす。女友達と一緒にゲーセンに行ってプリクラ撮ったり、彼氏と弁当食べながらイチャコラしていまーす。イエーイせいしゅんさいこう!

 …………。

 すいません、ウソつきました。

 空耳狗尾なのは間違っていませんが、別にバラ色のJKライフを満喫しているわけではありません。バラ色だなんて大嘘です。

 彼氏なんていません。十七年間生きてきて一度も恋人ができたことはありません。リサちゃんがうらやましいです。三毛猫に言われて観察してみましたが、はい、完全に付き合ってますね。あの二人。

 友達はたぶんいますが、ゲーセンやカラオケに誘われたこともありません。先週、友達だと思っていた子がゲーセンでクラスメイトに囲まれながらはしゃいでいたのを見て心をえぐられたばかりです。勝手に尾行して勝手に傷つきました。

 中学校時代の友達からも、ついに連絡が来なくなりました。

 高一の頃は『サバゲー大会優勝おめでとー!』と一緒に喜んでくれましたが、最近は音信不通です。

 とてもバラ色とは言えません。

 もはや灰色ですね。

 灰色どころか燃えカスそのものです。

 でも大丈夫。

 私には、私を暖かく迎えてくれる家族がいますもの。

 二年ぶりに、母親が帰ってきたのです。母は海外で働いていましたが(おそらくホテル業ですが、詳しくは知りません)、会社が倒産しちゃったらしく、二ヶ月ほど前に日本へ帰国しました。

 ……そんな母ですが、最近は苛立ち気味です。

 大絶賛仕事探し中。

 いつもビール瓶片手に、何かしらの書類を睨んでいます。母が電話で一言かければ、企業から何枚もの紙が送られてきたり、直接お偉いさんがいらっしゃったりします。母の権力は、相変わらずなぞです。

 母がピリピリしているだけでも大事なのですが……それだけではなく。

 猫さんも、少しばかり不機嫌なのです。

 ハロウィン以来、まともに口を利いてくれません。

 妖精が抜けたのかと思い、一本背負いしたら物凄く怒られました。いまだ寄生中のもよう。

 先週からはごはんも食べてくれません。

 家には、苛立った母親と拗ねた猫さん。

 ……はたして、このままで大丈夫なのでしょうか?

 三日後はクリスマスなのですが……。

 そんなわけで、私は今現在、お散歩中です。

 楽しい楽しい冬休みなのですが、家にはとてもではありませんがいられず、こうして飛び出してきました。

 猫さんとなにか言い争った気がしますが――


 “何でもない”

 “お前には関係ねぇーだろ?”

 “今は独りにさせてくれ”

 “狗尾、お節介焼くのもいい加減にしろ”

 “迷惑なんだよ”


 ――よく覚えていません。

 お散歩も、たまにはいいですね。

 逃げる口実として最高です。

 さーて、これからどうしましょう。

 天気予報では今日一日中は晴天とのことでしたが、空一面に灰色の雲が広がっています。雪が降るかもしれません。どうしよう。

 リサちゃんの家に遊びに行くか、彼氏作りに逆ナンするか。

 それとも……東京とうきょうにまで行っちゃいますか?

 せめて、こう……あれですね。

 もうすぐ受験シーズンが始まるので、それまでには恋人欲しいです。

 東京はカップルだらけだと聞きました。赤いマフラーでお互いの首を絞め合う伝統があるそうです。浅草あさくさにある神社が有名だそうですね。二匹の招き猫がいるとかいないとか。成就するとかしないとか。

 燃えカスを青春へと浄化させたいです。

 目指せ、脱クリぼっち。


「あぁ……女子でも何でもいいから恋人作りたーい!」


 いや、流石に人間以外はお断りですがね。ふっふっふ。


「Bud,You will Not Love Me. I know」

「ファーストコンタクト!?」


 突如、後ろから声が聞こえました。真後ろから声をかけられました。

 もしかしたら私は、足の悪いおばあさんをおんぶしていたのかもしれません。そしてそのことを忘れていたのかもしれません。もちろんそんなことはありませんが(いくら私でも、そこまでバカではありません)、そう思わせる程に、近い位置から聞こえたのです。

 振り返ります。

 目が合いました。

 視線と視線が衝突します。

 物理的に鼻と鼻が激突しました。

 鼻の側面を鼻の側面で殴られるという新鮮な体験をした私は、自分の鼻を押さえ、二歩三歩後退りします。鼻血が流れているのが分かります。

 顔を上げると、そこには少年がいました。

 白い髪を持つなかなかの美少年。

 私よりも小さい、十五歳くらいの男の子。顔には、まだ、幼さが残っています。男の子は丸い目で――見開いた目で――私を見ていました。

 …………なるほど。

 先程の英字は、この美少年によるものですか。

 ……ふふーん、にゃるほど。

 にゃるほどにゃるほど…………貴様か。

 私は深呼吸をして――白い少年に言いました。


 「いや、どんだけ近くにいたの!? 振り返ったら鼻と鼻がぶつかるって、それどういうシチュエーション!? 食パンをくわえて全力疾走する遅刻少女と遅刻しているのにも関わらずのんびりと歩くイケメン君が曲がり角でぶつかるシチュエーションと同じくらいにありえないよ! もっとありえないよ! はたしてここから恋愛路線に繋がるの!? 繋がったとしても嫌だよ私!? 鼻と鼻をぶつけた相手とイチャコラできる自信ないよ私!?」


 外国には鼻と鼻を擦り合う文化があるそうですが、流石に鼻血を出すほどではないでしょう。


「っていうか君の鼻硬いね! すんごい硬いね! ねえ楽しい!? 思春期の女の子を鼻で殴って出血させて楽しい!? というか君は大丈夫? 痛くなかった? 防御力高いね君の鼻! もしかしてだけど君、鼻に防御ステータス極振りしてる!?」

「ごちゃごちゃ訳わかんねーこと言ってんじゃねえぞ、ぁあん?」


 逆ギレでしょうか?

 この白い男の子私に『ぁあん?』と挑発したのでしょうか?

 そう思いましたが、そうではなく。

 白い少年の背後にもう一人いたのか、ガラの悪そうな青年が現れました。ジーンズのポケットに両手を突っ込み、背を丸め、蟹股がにまたでずかずかと近づいてきます。

 ずかずかと、白い少年に――ではなく私に。

 蟹股の青年は私の鼻に指を突き付け、挑発するように声を張り上げます。


「おい、おいおい――久しぶりだなあ。夏以来か? ぁあん!?」

「……えーと?」


 どなたですか?

 もしかして……中学校時代の先輩方でしょうか? 険しい高校時代を乗り越えるため、生き延びるため、このような不良になったのでしょうか?

 すべては生存戦略……?


「忘れたとは言わせねーぞ、ぉおん!? 俺の顔にこんなにもオシャンティーなモン入れてくれたんだ。感謝してるぜえ?」


 よく見ると、彼の顔には――派手な火傷の跡がありました。

 首元から右頬にかけて、木の根っこのような、かみなりのような――

 あれ?

 夏――夏祭り?

 かみなり――電気?

 そのとき、私の脳が回転しました。夏とかみなり、夏祭りと電気、強姦未遂事件と『あれ』。すべてがスマホパズルゲームのように連鎖して消滅されて正解へと導かれます。ゲームと例えるには、爽快感はありませんでしたが。

 かみなりのような火傷。

 そして『あれ』。

 通称『あれ』。

 略称『未成年みせいねん保護目的ほごもくてき拡散型電流かくさんがたでんりゅう開放装置かいほうそうち

 正式名称『未成年みせいねん保護ほご目的もくてきとして支給しきゅうされる拡散型かくさんがた電流でんりゅう開放かいほう装置そうち』。

 国から未成年限定で支給される自己防衛道具。

 圧縮された電子を一気に拡散させる電撃銃。

 木製の祠を焦がすほどの威力を持つ、恐ろしい遠距離用スタンガン。

 山中の、湿気を吸っていたであろう木の板を焦がすほどです。人の肌など、容易く焼けるでしょう。焼き魚を作るように、サクッと。ジュワッと。バジッと。

 つまりこの不良は――あの日の、夏祭りの強姦未遂事件で逃走した犯人――!


「あ、あなたはまさか――」

「ぅおいリーダー! この女、どうすんだ!? ぁあん?」


リーダーと呼ばれた白い少年は答えます。


「To go」


 でも蟹股の不良は理解できなかったようで。


「……ぁあ、ぉおん。うん。えーと?」


 リーダーは言い直しました。

 簡潔に、命令を言い渡します。

 簡潔に冷酷に――制裁を下します。


「……Take OUT!」

「おーけえええええぇテイクアウトぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 その直後、それが合図だったかのように四角いワゴン車が猛スピードで走ってきました。私と二人の男のところで急停車しドアが横に開きます――そこからはあっという間でした。

 あっという間に――あっと言う隙もなく。

 外から押され中から引っ張られ――暴れる余裕もなく。

 車はゆっくりと、余裕の笑みで走り出し――

 誘拐ゆうかい完了かんりょう

 ただし被害者は空耳狗尾。

 車は走ります。

 誘拐犯と女子高生を乗せてどこかへと向かいます。

 私の両脇には、蟹股の不良と――半袖半ズボンの青年。


「いやー、良かったッス! 無事に誘拐できて!」


 青年は元気に笑いました。

 真冬だというのに、半袖の白シャツに緑色の半ズボン。引っ越し業者で働いていそうな清潔感のある好青年――ですが女子高生を無理矢理車のなかに引きずり込む時点で明らかにわるものです。


「君、お名前は? なかなかかわいいッスね! どこ高ッスか?」


 これはナンパでしょうか?

 よく見ると、好青年の左腕にも――木の根っこのような、かみなりのような火傷がありました。

 夏祭りの日にいた四人のうちの一人なのは間違いないでしょう。 

 あの事件で逮捕されたのは、四人のうちわずか一人。

 残り三人は逃げられたまま――いまだに捜索中なのでした。

 私の右側には蟹股の不良。

 左側には半袖半ズボンの好青年。

 前の助手席には白い少年。

 おそらくは……いいえ――間違いなくこの三人です。

 この三人こそが――夏祭りの『強姦魔ごうかんま』。

 私は今、その強姦魔たちに誘拐されている――何をされるのでしょうか?

 そもそもどうやって、私の居場所を?

 あとをつけられていた?

 前から目をつけられていて、計画を練って、そしてたった今実行されたのでしょうか? たまたま偶然、歩いていたら遭遇したとは考えにくいです。私を捕まえるためにあらかじめ車を用意していたはずです。

 目をつけられた理由は……夏祭りのあの日に、邪魔をしたからでしょう。

 およ?

 およよぉ?

 ほほう……。

 私ってば、案外落ち着いていますね。

 すぐに泣きだすと思っていたのですが……ことのほか頑丈なものですね、私。


「あれれ? 無視とはひどいッスねぇ――ねえ!?」


 好青年はにこっと微笑むと――私の髪を掴みました。

 頭皮が引っ張られ――鋭い痛みが走ります。


「あのときは痛かったッスよー、ビリビリどころじゃあないッス。ねえねえ痛いッスかあ? 僕はもっと痛かったんだなあこれが!」


 好青年は私の髪を、言うことを聞かない犬のリードのように引っ張ります。


「おいごら、勝手なことしてんじゃねぇぞ。ぁあん!?」

「大丈夫ッス大丈夫ッス! どうせこの後?」

「それもそうだけどよ、今泣かしたらうるせーだろ。ぉわん?」

「ちぇー……」


 青年は私の髪を床に叩き捨てるように、一度下へと思いっきり引っ張って放しました――ブチブチブチという千切れるような擬音。


「どころで、順番どうするッス? ?」

「ぁあん? そりゃあお前、リーダーからだろ」

「でもリーダー、何もしてないッス!」

「リーダーだから良いんだよ! 計画作ったのもリーダーだぞ、ぁああん!?」

「何スかそれ? ずるいッスずるいッス! この車だって僕のッスよ!?」

「リーダーに逆らうのか? ぉおん!?」

「いいッスよねリーダー……?」

「……After you」

「あざッス! さすがリーダー!」

「ケッ……リーダーの寛大な心に感謝しやがれ――うおおおおっと!?」


 私は『あれ』を青年のこめかみへと押し付けました。

 不良の悲鳴以降、うるさかった車内が静まり返ります。


「……は、ははは――『未成年みせいねん保護目的ほごもくてき拡散型電流かくさんがたでんりゅう開放装置かいほうそうち』ッスか」


 やがて青年は独り言を漏らしました。


「うおおおおおおおおおおおおおおお! うおおおぉ!? ぁあん!? おろおろぉおろ? うおおおっうおおおおおおおおおおおおおおっおっおうん!?」


 状況を理解した不良は取り乱して車の隅へと後退りします。


「…………」


 白い少年は助手席から振り返った姿勢のまま、硬直。

 車は走り続けます。窓の外の景色は流れ続けます。


「む、無駄ッスよ……? こんな、狭い車内で、そいつを撃ったら――君もビリビリッス」


 青年は薄ら笑いを浮かべながら言いました。


「おお、お、ぉおん? そそそそうだぞ! こんなところで撃ったら、お前もただじゃあ済まねーぞ。ぁあん!?」

「そうッス。ただじゃあ済まないッス……それ、貰うッスね?」


 青年は私が向けた銃を掴みます。


「大丈夫、大丈夫――!」


 ガチャゴッ。


 ピロロロずッパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 高圧電流でまぁるく膨れ上がったワゴン車が脇のブロック塀に何度も何度も衝突し、T字路の正面に突っ込みます。ブレーキは一切踏まれておらず、むしろアクセル全開で民家をなぎ倒して突き進みました。ふたつの屋根を破壊して一度道に出たかと思うと、次は道の向かい側にあるシャッターに突撃します。

 車はシャッターをぐにゃっと曲げ――



  ■  ■  ■



 一人の女子高生がいる。

 靴をどこかで落としたのか、裸足で冷たいコンクリートの道を踏み歩いている。コートを羽織っているものの、そのコートは擦り傷とすすだらけだ。

 自分のつややかな髪を両手で掻きむしっている。掻きむしり――撫でまわし――激しく乱れさせる。汚いものを払い落とすようにして。汚物に触れられた感覚を覆い隠すようにして。

 一人の女子高生がいた。

 優秀な母に憧れ、そんな母のようになろうとした娘。

 母に追いつこうと努力したものの――無駄だと悟った少女。

 勉強をしても博識な母には追い付けない。スポーツをしようと身軽な母は追い越せない。

 劣等感にまみれた愛娘。

 周りの同世代と比べたら優等生でも――自分の母親と比較したら、比べ物にもならない。

 そんな愛娘にも、唯一、母と比べられるものがあった。

 艶やかな黒髪。

 己の髪の毛。

 もちろん……あでやかなで美しい髪を持つ母には敵わない。だがそれでも、敵わなくても、叶わなくてもいいから――それが狗尾を狗尾として繋ぎ止めている。

 独りの女子高生がいる。

 小さな雪が降り始めた空の下――少女は歩く。

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