Summer ≪ナツ≫
前編
カーン。どん、どん。
カーン。どん、どん。
鉦の音が響き、その後を太鼓が追いかける。
それに合わせ夜空のもとで神輿が躍り、笛が歌い、人々が声を上げる。
この声が掛け声なのか、そういう歌なのかは、いまだに俺は知らない。
そう、祭りだ。
夏祭りだ。
普段はからんとした町の大通りが人によって埋め尽くされ、不景気なシャッターを隠すかのように屋台が並ぶ。この町で唯一の伝統的な祭り――まぁ、俺が知らないだけで、他にあるのかもしれないが。昔、一度だけ町の名前が変わったことがあったが、この祭りは相変わらずのようだ。
「なぁ、
「げーんき、だっせー」
「おい、狗尾」
「げーんき、だっせー」
「おいごらぁ狗尾!」
「あ、猫さんもイカ焼き食べる?」
「腰を抜かす気か!?」
こいつの名は
黒いズボンがスラッと長い脚を強調し、白シャツをベルトに納めている。
なんだか仕事終わりのOLのようだが、こう見えて高校二年生だ。いわゆるJK。そして、俺の飼い主でもある。
「で、何?」
「おめぇは神輿担がないのか?」
「神輿を担ぐのは男子の役目なんだよ」
「そうだっけか?」
「うん。女子は笛を吹くの」
「男女差別じゃあねぇかよ。誰が決めたんだそんなもん」
「大人」
やはりか。
どうにも、大人は大人の差別問題ばかりに目がいきかちのように思える。
男女差別の対策として設けられた男女雇用機会均等法や理想とされる男女共同参画社会にしたって、どっちかというと大人のためのものだ。なかなか子供には適用されにくい。子供は大人の真似事をしているだけだ。いや、そう考えるとまるっきり無意味でもないのか?
「って、おめぇは笛すら吹いていねぇじゃあねーかよ」
「ふっふっふっ……」
狗尾は不気味に笑った。
イカ焼きを片手に。
「この空耳狗尾。実は小学三年生のときから高校一年生までの八年間、ずっと笛吹担当だったのであーる!」
「あっそう……。お疲れ」
「もっと褒めろー」
「断る」
ちなみに、俺は今宙に浮いている。
決して、特別な力に目覚めたわけではない。狗尾が背負っているバッグにすっぽり入っているのだ。頭だけひょこっと出している。はたから見れば可愛らしく和む光景なのだろうが、しかし、当の本人である俺からすれば和むところの話ではない。
恐怖だ。
ただただ恐怖だ。
何故こんなことになっているのかと問われれば、それは俺のせいだと答えるしかあるまい。人混みのなかだと踏まれるかもしれないから何かいい案はないか、と狗尾に聞いたところ、この案を出してきたのだ。俺も最初は名案だと思いその案に乗った。そしてこの様だよ、こんチキショ。
……それに、先ほどから俺が踏み台代わりにしている『あれ』がすっげー気になる。なんでこんな物騒なおもちゃを持ち歩いているんだ?
…………おもちゃ、だよな……?
「どうしたの? 猫さん。急に黙られると落としたか心配になるんだけど」
「いや……。ちょっと、自分の愚かさを振り返っていただけだ……」
「ん? ふーん」
狗尾は別に気にした様子もなく、ただただ足を運んだ。
どこに向かっているのやら。
何の考えもなく歩いているのかもしれない。
「いやいや、猫さん。私はちゃんと考えがあって、目的があって、こうして歩いているんだよ」
「へえ、どこに向かっているんだ? 俺にも食えるものにしろよな」
「いやいやいや、猫さん。食べ物の屋台じゃあなくてね――あった!」
狗尾の声に反応し辺りを見渡すが、特に変わったものがあるわけでもない――あった。
シンプルな棚にはお菓子やおもちゃが並べられ、その手前には鉄砲が備え付けられている。鉄砲のお隣にはコルク。
『射的』だ。
空気鉄砲でコルクを飛ばし景品を落とす、あの屋台だ。
二十一年経った今でも、それは変わらないらしい。
「おい、狗尾。お前が探していたものって……」
「一度してみたかったんだよね。神輿は射的の前で止まってくれたりしないし」
いや別に、射的に限らずイカ焼きの前であろうと止まってくれないとは思うが。
しかし……、射的かぁ。俺が人間だったころにはすでに絶滅危惧種だったから、てっきり二十一年経った今じゃあもう絶滅したかと思っていたのだが……。
まだ、残ってくれていたのか。
いや、残してくれていたのか。
狗尾はバッグを(俺ごと)台に下ろし、射的のおじさんにいくらかのお金を渡し、鉄砲を手に取りコルクを詰めた。
「あれ? この鉄砲、台に固定されてるんだ」
「強盗に利用されたら大変なことになるだろ?」
「そんな大変なことにもならないと思うんだけど……。うーん、やりにくい」
「狗尾、お前初めてか?」
「射的はね」
その割には鉄砲を構える姿が異様に様になっている。
女子としては身長が高いほうである狗尾は鉄砲に合わせて少し屈んでいるため、下半身が結構笑える状態になっている。
だがしかし。指、手、腕、二の腕、肩、首、口、そして眼は、狩人そのものだ。
「何を狙うんだ?」
「静かに。気が散る」
狗尾は獲物(おそらく菓子)をまっすぐ見据える。
見据える。
見据える。
見据え――撃った。
外れた。
「…………、……、下か」
ふたたびコルクを詰め、構える。
獲物(おそらくお菓子)をまっすぐ見据える。
見据える。
見据える。
見据え――撃った。
当たった。
コルクは獲物(やはりお菓子)の腹に吸い込まれるように飛んでゆき、当たった。
「おっしゃあああ当たった!」
狗尾はパチンコが当たったおっさんのような歓声を上げたものの。
「落ちてねーな」
「うん? それが何か? 店員さーん、お菓子くださーい」
「それが何か、じゃあねえよ。当てるだけじゃだめだ。落とさねーと」
「そうなの!? なんで!?」
「そういうルールなんだよ」
どうやら、初めてなのは嘘ではなかったようだな。
残りのコルク、六個。
「えーでも、当たったのに落ちなかったのは火力不足だったからでしょ? 店側の責任じゃん。私の責任じゃないじゃん、無実じゃん。じゃんじゃん」
「人に責任押し付けんじゃねーよ。あのな……、こういうのには落とすテクニックっつーもんがあるんだよ。教えてやる」
「いや私、別に落としたい子とかいないから」
「そういう意味じゃあなくてだな……」
「っていうーか猫さん。猫さんに落とすテクニックなんて持ち合わせているの?」
「おいおい。俺がいったい何人落としてきたと思ってんだ?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「景品の上らへんの端っこを狙うんだ。回転させて落とすイメージだな。あと、上向きに撃ったほうがいいかもな」
「端っこ?」
「お前はさっき、景品の中央を狙ったろ? それじゃあズレるだけで落ちやしねーよ」
「端っこ……。上向き……」
「あと、軽いのが落としやすいな」
「尻軽女ってことだね」
「だからそういう意味じゃあねえんだよ。何回やるんだこのネタ」
狗尾は再度鉄砲を構えた。
その姿がまた異様に似合う。
獲物を真っ直ぐ見据える。箱型のお菓子。端っこを狙って、すこし上向きに。
見据える。
見据える。
見据える――もうしなくてもいいよな? この描写。空気に押されたコルクは景品の側面をかすりながら飛んでいった。つまり外れた。かすった程度では当たったとは言わねーよ。敵に気づかれて終了だ。
残りのコルク、五個。
「残念無念」
「黙って猫さん」
狗尾はさっさとコルクを詰めて構えなおす。初心者とは思えない綺麗な一連の動作だった。撃ったコルクは今度こそ当たった。箱の端っこを上向きに。しかし落ちない。びくりともしやぁしない。
ん?
ああ?
「あーもー! なんで落ちないのかなー。やっぱこれ火力不足だよ、火力はパワーだよ」
「…………」
「落とせばいいんだよね? 鉄砲投げつけたら落とせるんじゃ……」
「………………」
「……猫さん? あ、そうだ。猫さんが落とせばいいんだよ! こう、突撃ーって感じで……。まあ、愚案だよね」
「……いいや、狗尾。
少なくとも。
猫がバッグに入っているよりは、いくらかマシだ。
俺は狗尾のバッグから抜け出し、駆け出した。
獲物に向かって真っ直ぐ、猫らしく。
突撃ー、だ。
一瞬遅れて気づき、射的のおじさんが追いかけてきたものの、俺はその手をすり抜けるようにかわし、景品に跳びかかった。箱型のお菓子。狗尾が何度も失敗したあの景品。当たったのにも関わらず、落ちる気配がしないあのお菓子。
巨大な毛玉に突撃された箱型のお菓子は棚ごと崩れ落ちた。ルールに照らせば、このお菓子は狗尾の物となるだろう。もちろん、猫に落とさせるなどズルでしかない。ルール違反だ。ルールには『猫に景品を落とさせてはならない』だなんて書かれていないだろうが(書かれているかもしれないが)、それでもルール違反だ。
だがしかし、
「……あ、え? ちょっとこれ、え? 射的のおじさん、どういうこと!?」
「……ち、違うんだ! これは、えっと、その……!」
さてどうなる?
棚ごと床に落ちた景品からは、大量の綺麗な砂がこぼれ出ていた。
重そうだな。
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