後編

 現在時刻。

 夜に入ったくらい。

 現在地。

 空耳そらみみ家の二階の狗尾えのころの部屋。

 両者のポジション。

 猫さん、ベッドの上。狗尾、コロコロタイプの椅子。

 両者の状況。

 猫さん、入浴中に歌っているのをJKに見られた。狗尾、うちの飼い猫が風呂でくつろぎながら人間の言葉ですっげー歌っていた。


「ハァ……。狗尾、お前な? 普通よ、人が気持ちよく湯舟を堪能しているときによ、ノックもなしにいきなり入ってくるか? ありえねーだろ、普通」

「あ、はい……。すいませんでした……?」

「お前、なんでノックという名の人類の文化が誕生したか知っているか? 人が入浴中に間違って入っちまわないようにだよ。すっぽんぽんを見られるだけでも大事おおごとだというのによ、あん? すっぽんぽんを見せられるんだぞ? 不可抗力だぞ?」

「はい。ごめんなさい」

「まあ、俺が食肉目ネコ科ネコ属だからよかったもののよ……。お前、もし俺が人間だったらどうするつもりだったんだ? いやらしい展開でも期待していたのか?」

「いえいえ。決してそんなことは……。あの、猫さん?」

「あ? そもそも人間って何目何科何属だ?」

「あのー、猫さん」

「そもそもお前、俺の歌声聞こえてたんだろ? なんで入ってきたんだ?」

「猫さん」

「やはり変態か?」

「猫さん!」

「んだよ、反論か? いいぜ、バッキバキに折ってやる」

「いや、できれば折らずに聞いてほしんだけど……。なんで私が尋問攻めされてるの? 逆でしょ、普通。逆でしょ、状況からして」

「状況ってなんだ」

「私は自分の飼い猫が勝手に風呂に入っていて、気持ちよく歌ってたところを目撃したんですけど」

「…………」

「心を病んでも仕方ない状況だよ? SANチェックするべき場面だよ?」

「…………」

「てか今もこうして飼い猫から人間の言葉でしかもイケボで説教されているんですけど」

「…………」

「風呂も猫毛で大変なことになってるし」

「…………」

「発狂しそう」

「……要求は何だ」

「尋問させて」


 仕方がないので、俺は飼い主に尋問権(?)を譲ることにした。

 そもそも俺が悪いし。


「猫さん、喋れるの?」

「あ? 見りゃあわかるだろ。聞きゃあわかるだろ」

「なんで?」

「…………」


 ま、そうなるよな。

 さてどうしたものか……。別に、シニガミのやつは口封じ的なことは言っていなかったが……。いや、俺の前に現れたこと自体が口封じなのか?

 『シニガミはいるよ』という、『シニガミは見ているよ』という口封じ。

 わかりやすいな。

 だとすると、俺はこいつに「いやー、実はさ。俺、元々人間だったけどさ、車に轢かれて死んだんだよな。しかもトラック。やばくね? いや、もう二十一年前の話だけどさ。それでよ、シニガミの野郎がなんかミスったぽいんだよ。3Rだっけ? ま、それは一旦置いといて。うっわー死んだーと思ってたら、死んだから思わねーけど、思ったとしてよ、目覚めたら猫になってたんだよ! 転生したんだぜ、俺? いやいや、異世界転生とかじゃあなくてだな。あ、これが去年の話な? 春の。いやーまじやべー。嘘じゃないぜ?」って、バカ正直に言うべきじゃないだろうな。

 どんな嘘をつくかだな……。

 なぜ嘘をつくかではない、どんな嘘をつくかだ。


「…………」

「あのー、猫さん? もしもし?」

「……俺、妖精なんだよ」

「妖精!?」

「そうなんだよ! 妖精なんだよ!」

「そのデブさで!?」

「これは、あれだ! 妖精の魂は巨大なんだよ! 猫の体が膨らむくらいに!」

「グロイね!? それよく考えたらグロイね!?」

「妖精は残酷な天使!」

「テーゼ!?」


 テーゼとはドイツ語であり『these』と書く。

 意味は『方針』『命題』『定め』その他エトセトラ。


「……本当に妖精?」

「妖精は嘘つかねーよ」

「いつから?」

「いつからって……お前に拾われる前から?」

「……もしかして! 私を狙ってたの!?」

「どういう意味で!?」

「魔法少女にするつもりでしょ!?」

「でめぇ高校二年生だろーが!」


 いつまで少女のつもりだ。

 フィクションでは高校生が魔法少女として選ばれがちではあるが、実は高校生にもなればもう十分に大人だし、そんな大人がフリフリのスカートを揺らして魔法の杖を振っていると思ったら複雑な気分になる。

 だから実写化できないし、実写化すべきでもないのだ、魔法少女は。

 大人がだめなら子役が頑張るという方法もあるにはある。だがなぁ……うーん……、どう言えばいいのか……。これは決して子役を悪く言っているわけではないのだが、どうしても微妙な作品になってしまう。これは子役が悪いのではなく、子役を扱う大人がヘタなんだろうよ。子役を大人は『大人を引き立てる存在』として扱っているところがあると思うんだ。だから、大人よりも演技がうまくなっちまった子役はドラマに呼ばれなくなる。大人の存在がかすんでしまうからな。よくあるだろ? “あれ? あの子、最近テレビ出ないな”と思うことが。いつか、すげー監督がそんなすげー子役を集めて作品つくったら最っ高にすげー作品になると思うぜ?

 まとめると、アニメの実写化反対。

 話を戻そう。

 まぁ、高校二年生に対して妖精だと嘘をついた俺が悪いものの……。

 こいつの目には俺が契約したがりの例の妖精のように映っているようだ。契約したがりの例の妖精は妖精ではないのだが……。このままではマズいな。

 敵対しかねない。

 そんなのはごめんだ。


「いやいや、狗尾。女子高生に養ってもらったほうが色々と安全なんだよ」

「え……。小学生とかじゃなくて? なんかそんなイメージがあるんだけど」

「いやいやいや、狗尾。それはフィクションの話だろ? リアルだとそうもいかねーんだよ」

「どういうこと?」

「ほら……、子供って、残酷だろ? 幼児はしゃぶるし、小学生は千切るし、中学生は爆竹るし。高校生くらいがちょうどいいんだよ」

「……大人は?」

「売るし」

「…………なんで女子?」

「男子は馬鹿だし」


 男性は女性に比べて精神的に十歳ほど幼いそうだ。

 つまり女性は老けやすい。

 今のは蛇足だったかな?


「はー、あ、でも、養ってもらう必要がそもそもあるの?」

「妖精も生き物だからな。それに、大人に見つかると高確率でホルマリン漬けにされかねないからな。猫に寄生した上に誰かに飼われたほうが一番安全なんだよ」

「はー、そういう、もの、なのかなー?」

「そういうものなんだよ」

「いや、でもやっぱ、妖精は小学生か中学生のほうがお似合い――」

「子供は残酷な天使!」

「テーゼ!?」


 子供が残酷なのは太古から言われてきた事実であり、多くの絵巻物に微笑ましい記録が残されている。たぶん。


「まーうん。わかった。猫さんは猫に寄生した妖精であって、私を魔法少女にするつもりはないんだね?」

「真面目に言っていたのか、あれ……」


 狗尾はすっかり安心したようで、椅子でしばらくクルクルした後、机(女子には似合わない木製のアンティーク家具だ)の上に置いていた携帯電話を手に取った。

 いやーよかった、本当によかった。妖精という単語が自分の口から出たときはもうどうしようかと思ったものだが、なんとか納得してもらえたようだ。

 ん? 携帯?


「狗尾、それでなにをするつもりだ?」

「『#うちの猫さん#妖精だったなう』でいいかな?」

「いいわけねぇえだろぉおおお!?」


 とんでもねぇことしようとしていやがった!

 大人に見つかったらホルマリン漬けにされるという話をさっきしたばっかじゃあねぇかよ!

 シニガミは曖昧な口封じをしていたが、こいつにはしっかりとした口封じが必要らしい。クズをなめてんじゃねーぞ、JK。


「いいか、狗尾、よく聞けよ?」

「ん? なになに?」

「誰かにバラしたらぶっ殺す」

こわっ!? 妖精怖っ! いきなりぶっ殺す宣言!? 猫に寄生した時点で薄々気付いていたけどやっぱそっち系なの!? 殺しちゃう系なの!?」

「これから生活を共にするにあたって、いつかは知ると思うから先に言っておく。俺はクズだ」

「ついにクズ宣言!? てか生活を共にするの!? やはり!?」

ビックリマークハテナマークがうっせーよ。んで、誰にもバラさないと誓えるか?」

「誓います。誓うしかありません」

「宣言しな」

「宣言。私、空耳狗尾は、猫さん――『猫さん』? でいいの?」

「『猫さん』でいい」

「猫さんが猫に寄生した妖精であることを、誰にもバラさないと、誓います」

「『バラした場合は猫さんからどんなクズな罰を受けても、何の文句も言いません』も付け加えろ」

「えぇ……」

「I can kill everybody」

「バラした場合は猫さんからどんなクズな罰を受けても、何の文句も言いません!」

「大変よろしい」


 ふぅ……。疲れた。

 ま、とりあえず、これで本当に一件落着だな。これからはJKとのほのぼのライフ路線となりそうだ。恋愛路線はないだろ、さすがに。


「あのー、猫様」

「様付けはなんかムカつくからやめろ」

「猫さん」

「なんだ? 俺は今疲れているから手短にしろよな。妖精だけど願い事とか叶える気ねーから」

「もう服着ていいよね?」

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