中編
嘘だよ。
このお話はそんなあっけなく終わったりしないぜ?
その後、シニガミとは適当に世間話でもしながら散歩し、町をぐるっと一周したあたりで別れた。結構小さな田舎町なので――色々と密集しているからなのか、狭く感じる――普段は一周するのにたいした時間はかからないのだが、家に帰ったごろには、すでに夕方になっていた。久しぶりに誰かと話したからかもしれない。
この家の住人には、色々とお世話になっている。
一人の女子高生だ。
雪の降る町で、ダンボール箱の中で震えていた俺を拾ってくれたんだ。
自分で入ったけどな! 食料を調達するのが面倒くさくなったから捨てられたふりをしたらうまくいったぜ!! うまくいき過ぎて怖いわ!
そんなわけで、俺は女子高生に養ってもらっている身だ。
…………。
俺が猫だということを忘れたらこれ、相当やばい内容だな……。
改めて主張しておこう。吾輩は猫である!
家の玄関には不用心にも、鍵は掛けられていなかった。いつもこんな感じである。いくら田舎だからって一人暮らしの女の子が玄関を開けっぱなしにして外出するとは、大人の男性(元)としてカミナリを落とすべきなのだろうが、しかし残念なことに、俺は今猫なのであった。
人間の言葉で叱ってくる猫はさてどうなる?
正解は『見世物としてズタズタに引き裂かれる』か、『研究材料としてグチャグチャに引き裂かれる』か、だ。
かわいい絵本ならば「まぁ あなた ねこ の ねこさん なのね!」で済むのだろうが、現実では「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」では済まない。
猫に転生した後も人間の言葉で喋れるのにはすぐ気が付いた。
むしろ猫の鳴き声を出すほうが難しいくらいだ。
俺は猫持ち前のジャンプ力で玄関のドアノブにしがみつき、体を揺らすことによってドアノブを回し玄関を開ける。中に入ったら後ろ足で閉める。
飼い主は今頃部活だろうし、風呂にでも入るか。
俺は綺麗好きなデブ猫なんだぜ?
俺はバスタブに備え付けられたリモコンをいじった。いじったっつってもこの指では細かい操作もままならないので、「スタート」ボタンを殴るのみ。
予め、細かい設定は主人が決めている。
設定内容『ほどよく』。
人間にとっての『ほどよく』なので、猫にとっては熱いくらいなのだが。
バスタブの底からほどよいお湯が湧き出て(にじみ出て?)、およそ5秒で満タンになる。俺はそのお湯の中に風呂椅子を沈めた。その上に立つ形で体をお湯に沈める。こうでもしないと身長的に溺れてしまう。
「あぁ、極楽……」
二度重ねるまでもないか。
さて、と。
独り言の時間だ。
俺はな、誰にも聞かれずに
「冬には死ぬからそれまで楽しんでちょうだい」
あのシニガミ、帰り際にそう言い残していった。
そのまま解釈するに、俺が“今回”死ぬのは冬の季節なのだろう。
まさかあのタイミングで他の人の死ぬタイミングを言うとは思えない。間違いなく俺だ。そもそもいつの冬だ? 普通に考えたら今年の冬なのだろうが、しかし、来年の冬ではないと断定することも難しい。俺が“今回”産まれたのは去年の春だ。つまりまだ一歳。ぴちぴちだ。人間の歳に換算したら十七歳あたりか? 猫は十五年は生きると聞いたことがある。だとすると、俺はまだ十五分の一しか生きていねぇじゃあねぇか! 仮に今年死ぬとしたら……事故死か。病死するならば、俺はすでに病気になっているはずだしな。
「って……また事故死か」
しかも冬かよ。
「そういえば、あいつの名前聞いてねぇな」
あのシニガミ、一見すると自分のことさらけ出しているようだったが、よく考えたら『シニガミ』としか名乗っていない。俺のことは全部知っているかのように話していたのによ。不公平だ。
昔、知人から「お前は全部見透かしているかのようだ」と言われたことがある。きっとアレを「見透かしているかのよう」というのだろう。……俺、あのシニガミと似た感じだったのか……。
そもそも、シニガミってどういう役回りだ? 俺が“前回”死んだときはシニガミらしき人物はいなかったと思うが……。まさかトラックに乗っていたのか? ま、本人に聞くのが一番手っ取り早いだろうよ。
「そろそろ出るか? いや、まだアイツは部活だろうし、もう少し浸かるか」
そもそもアイツ、何部だ? 帰宅部ではないのは確かなのだが……。よく体操服着て帰ってくるから運動部なのか? いったい何をしたらあれほど汚れる? 登山部か? いやしかし、いつもゴルフバッグ(?)みたいなのを持っていくから、ゴルフ部なのか? ゴルフって汚れるようなスポーツだったっけか?
「……そういやぁ、アイツの親見たことねぇな」
おそらく海外で働いているのだろう。先ほど「一人暮らしの女の子が」とは言ったものの、一人暮らしの線は薄いと考えた方が良さそうだ。実家から遠い学校に通うために自分だけお引越し、というのはよくある話なのだが、しかし、高校生の娘のために二階立ての家を買い与えるとは考えにくい。そこはせめてアパートの一室か学生寮とかだろ。親と暮らしているものの、親が仕事のため留守にしている、と考えるのが自然だ。
四か月間も帰ってこないのなら、実質、一人暮らしなのだがな。
「…………」
決して、同情したから黙っているわけではない。
考えることが無くなったのだ。
シニガミが言っていた3R(
「…………」
天井の水滴の落ちる音が聞こえる。
「 」
黙らない努力もしてみたのだが、理由も無しに黙らないのも難しい。
「…………」
黙る努力もしてみたのだが、理由も無しに黙るのも辛い。
「歌うか」
別に歌う理由もないが、歌うのに理由なんていらないだろ。
と言っても、著作権の関係で歌詞を載せるわけにはいかない。デブ猫が風呂に入って歌を歌っていると想像してくださるとありがたい。
昔、サラリーマンの間で流行った歌だ。良い歌なんだぜ?
俺は気持ちよく歌っていたのだが(久しぶりだ)、そこでまさかの刺客が現れた。
「猫さん……?」
それは。
現役女子高生であり、俺の飼い主でもある――
すっぽんぽんである。おたがい。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「猫さん今歌ってたよね!? 絶対歌ってたよね!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ってか、猫さんがお風呂入ってる!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ぶっちゃけ前から思ってたけど猫さん普通に喋れるよね!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
どうやら、俺の“今回の”残りわずかな余命は騒がしくなりそうである。
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