Spring ≪ハル≫
前編
吾輩は死神である。
元々はとある暴走族の戦闘部門に属していた凄腕の高校生だったのだが、ある日ライバルである女子高のレディース連中から集団暴行を受け、そして死んだのだ。
まあ、ここまでは良しとしよう。
女子高生から集団暴行を受けて死ぬとか全然よくないのだが、全くよくないのだが、しかし暴走族の間ではよくあることなので、良しとしよう。
問題はその先だ。
死んだ俺はてっきり、阿鼻地獄で目覚め赤鬼にでも説教されるのだとばかり思っていた。しかし、俺が目覚めたのは、暗闇だった。ただただ
「貴方の世界とはまた異なる世界『ワルプルギス』では今、恐ろしい魔女『ラブミー』により破壊活動が行われています。これを止めれるのは、他でもない貴方様なのです! さあ、世界を救うのですよ!」
そして、異世界に転生したっちゅーこっだ。
いやーそれにしても、まさか死神になるとはなー!
嘘だよ。
今までのは全部嘘だ。茶番だ。
女子高生から集団暴行を受けたことも、美しい精霊の話も、シニガミに転生したってことも、ぜーんぶ嘘っぱちだ。
異世界とかあるわけねーだろ。常識的に考えて。
仮の話、異世界があるとして、危機に陥った異世界が本当にあるとして、何でそれを俺が救わなきゃいけねぇんだ?
さてと、茶番劇はこれくらいにして……。
本当の話をしようぜ。
本当のところ、吾輩は猫である。
飼い主からは『猫さん』と呼ばれている。
今は猫らしく四足歩行をしているが――昔は人間だった。
人間だった。
だがしかし、それはもう二十一年前の話だな。
今は猫なんだ。
性格が丸くなったとか、ゴロゴロしているとか、そういう比喩表現ではない。そのままの意味で、だ。
そのままの意味で、今は猫だが、二十一年前は人間だった。
二足歩行をする、君と同じような人間だった。
“君と同じような”だなんて、君に対して失礼極まりねぇよなぁ?
二十一年前、つまり君と同じような――君よりも下の人間だった頃、俺はクズだった。クズに生まれて、クズな生き方して、クズになって死んだ。
大型トラックに
死体なんか、そりゃあもうグッチャグチャだったぜ。俺は見てねーけど……。
ま、要するに、二十一年前に死んだわけだ。
そして転生したってわけ。
ラノベとかじゃあ、こういう場合、異世界で目覚めるのが定番中の定番らしいが――俺が目覚めたのは、現世界だった。
しかも二十年後の現世界だ。
俺が死んでから、二十年が経過した世界。
しかも猫の腹ん中に、だ。
猫だぜ? 猫。現世界だから、まぁ、スライムとか蜘蛛とか魔王とかは無しにしろ、まさかの猫だぜ? そこはせめて可愛い美少女とかだろ。
んで、誰かが(召喚主または美少女が)説明してくれるのを待っていたのだが……。一年間も無駄にしてしまった。
と、いうわけで。
特にすることもない俺は、適当に未来の世界を散歩するのが日課になっていた。
……しょうがねぇだろ、マジですることねーし。
美少女から命題を授けられたわけでもないし、打ち倒すべき魔王がいるわけでもない。そもそも魔王がいない。ごく普通の二十一世紀だ。魔法がでたらめ扱いされる、科学の時代。
「科学って、つまんねぇなぁ……」
宿命も何も背負っていない俺には、こうやって散歩するしかないのであった。
とは言っても、これが意外と楽しい。町の雰囲気はあんま変わっていねーが、建物だとか変わった部分もあり、まるで間違い探しをしているようだ。
トコトコと短い脚を動かし、道路の脇を進む。
正確には、道路に沿って作られた塀の上を歩いている。石のレンガを並べて作られているので、かなり狭く歩きにくい。ならば下に降りてアスファルトの道を歩けば済む話なのだが、そういうわけにもいかない。あの事故の日以来、転生して以来、俺は車が苦手なのだ。
「別にトラウマになったとか怖いとかじゃあねぇけどな。なんとなく苦手なだけだ」
道路の向こう側にある石の鳥居を後目に前を進む。
今日は天気良いなー、洗濯日和だなーなどと適当に思いながら脚を動かしていると、前方に異様なモノが見え始めた。
灰色の……布?
灰色の布らしきモノが、木から垂れ下がっている。
なんだあれ、洗濯物でも干しているのか?
近づいて見てみると、布ではなく、細い糸が束になっているようだった。それに灰色ではなく、水色に近い。
なんだこれ?
そう思い、顔を上に向ける。
そして目が合った。
視線と視線がばっちり交わった。
視線に絡み取られ、俺の体が硬直する。
そこには――女の子がいた。
女の子が――木の枝に両脚を掛け、ぶら下がっている。
ワンピースのような黒い布で身を包み、重力で裏返るのを防ぐためなのか、布を太ももで挟んでいる。水色の束は、こいつの頭から垂れ下がっていた。
手は背中に回しているが、その背中から、大きな大きな
逆さまのまま笑顔で睨んでくる少女に、俺は睨みで返すしか方法がない。
そうしてお互いに目線をぶつけ合うがまま、数時間。
やがて、相手が口を開いた。
「やっほー、初めまして! シニガミだよ!」
楽しそうな口調でそう名乗った。
そう名乗りやがった。
「……」
「あれ? 驚かないの?」
「…………」
「あっれー? どないしよ? せっかくのサプライズが……」
「………………」
「あー、もしかして、猫のふりしとる? 俺はただの猫だぜーアピール?」
「……………………」
「“科学って、つまんねぇなぁ”とか、“別にトラウマになったとか怖いとかじゃあねぇけどな”とか、ばり人間の言葉で独り言してたよね。猫って喋れないんだよ。知ってた?」
「…………………………」
「“太ももに挟まれた黒生地マジそそるわー”って言ってたじゃん!」
「それは言ってない」
「おっしゃあああぁあ反応した!」
しまった! つい反応してしまった!
無視して帰る計画が!
「よっこらしょっと」
少女は枝からアスファルトへ跳び降りると、再びこちらへ笑顔を向けた。
仕切り直すつもりらしい。
「初めまして! シニガミだよ!」
再びそう名乗った少女は、体を左右に揺らしながら何かを待っているようだった。…………『お前の番だ』とでも言いたげに。
「……初めまして」
ほんの少しの間、本名――すなわち前世の名を名乗るべきかどうか悩み、俺は結局「飼い主からは猫さんと呼ばれている」と答えた。
何者だコイツ?
シニガミと名乗っていたが……あのシニガミか?
人を死へといざなう、あのシニガミ?
猫に転生することだってあるし、シニガミがいても何ら不思議じゃあねぁのか?
いやいやいやありえねーだろ。絶対にありえない。転生はよく聞く話だし例外だとして、まさか死なせた張本人であるシニガミが登場するなど絶対にありえねぇ。
「いやいやいや実際にシニガミですもん」
「考えを読まれた!?」
「ひどいなー。本当にひどいなー。転生がありえるのにシニガミがありえないって、いったいどういう思考回路なわけ?」
「シニガミだなんてオカルトだろ?」
「うっわぁ……、ありえないわー。その考え方マジありえないわー。てか転生だってオカルトだよね」
「転生は俺がすでに体験した。つまり転生は実在する。よって転生はオカルトではない。以上、Q.E.D.」
「出たー! 証明三段法! てかてか事実こうしてキュートでラブリーなシニガミちゃんが現れたわけですし、疑う余地はないっしょ?」
「まぁ、確かにな」
実を言うと、俺はそこまで疑っているわけではない。
むしろ、超自然的な、そんな何かが現れるのを脳の隅でずっと待ち望んでいた気さえする。
それは例えば――シニガミとか。
しっかし……不可解だな。
俺の予想だと、こいつは、俺が転生した――転生された理由を知っているはずだ。教えてくれるはずだ。
俺の野性的直感がそう言っている。あるいはシックスセンス。
不可解なのは……なんで今なのか、ということだ。
一年間だ。
一年間もの間、俺はこの世界でほったらかしにされていた。
転生されて以来――何の説明もされず、何の目的も与えられず、さまよい続けた。死んだと思ったら二十年が経っていて、気がついたら子猫で――でもまぁ、それは別にいい。
別にいいんだったらいったい何が不満なんだよっと文句を言われそうだが……要するに、
説明されないほうがよかった。
説明がないのなら説明がないで納得がいくのだが、いきなり説明されても気に食わない。
テレビゲームの中盤で『こんな操作法もあるよ!』と書かれた看板を見つけたような気持ちだ。どうせ説明するなら最初から教えて欲しかった。
もっと極端に例えると、慣れた職場を異動になるようなものだ。
不可解で――不愉快だ。
先ほど『待ち望んでいた』と言っておいて『気に食わない』とは矛盾しているものの……。
「……あのー、そろそろ説明していいかな? 早く仕事済ませたいんですけど」
「ん? あ、ああ。どうぞどうぞ」
「おけおけ、では説明するねー」
シニガミは後ろから折りたたまれた紙を取り出すと(どこから取り出した?)、それを広げた。多くの文字が日光によって透けて見えるが、内容がまったく読めない。どこの言葉なのか検討すらつかない。
「えーっとね、あなたは二十一年前に死んじゃったのね。大型トラックに轢かれて、猫のように! そんで、本来は魂の記憶を消して、新しい体へ移して、次の人生を満喫してもらうつもりやったんだけど……。そこで重大ミス発覚! なんと! 記憶を消し忘れてもうた!! なんとかしなきゃーと慌ててたら、そのまま新しい体へ移してもうた! というわけだよー、んじゃあ帰るねー」
「おい待て」
ふざけんな。
「おうん? ナにか問題でも?」
「あるよ。お前が思っている以上におおありだよ。」
「私、ちゃーんと説明したよ? 五十文字以内に簡潔に説明したよ?」
「簡潔すぎて伝わらねー! 人の人生を簡潔に説明してんじゃねぇ! あと五十文字以内を百二十三文字オーバーして百七十三文字だったぞ!」
「もー、いちいちツっこまないでよ。話のテンポが悪くなるっしょ?」
「伝わらない話にテンポもクソもあるか!」
「クソって……。ピュアな読者だっているんだから、そういうキタナイ言葉は慎んで!」
「最初に太ももとか言って下ネタ仕組んだのおめぇだろ!?」
「その前にいやらしい描写したの、あなたじゃん……」
確かにその通りで、下ネタうんぬんは俺の責任である。
だからといって、こんなてきとうな説明では納得がいかない。「もっと詳しく教えろ」と聞いても「面倒だなぁ」という返事だ。挙句の果てには「自分で考えよう!」などと仕事を放棄した教師のように言われる始末だ。
もうこうなったら、その言葉通り自分で考えたほうが早そうだな。
俺は猫のちっぽけな脳をなるべく回転させてみる。
くるくるくるくるくるくる……チーン。
……要するに、
「要するに、俺は本来、前世の記憶を有していないはずだが、
「そう!」
「しかも、本来は猫に転生するはずではなかったと」
「そう! そう!」
「そして、そんな異常事態だからシニガミが対応しにやって来たと」
「そう! そう! そう! そういうこと!」
そういうことらしい。
猫に転生など信じられない話ではあるが……しかし、俺が現にそうなので否定のしようがない。
「そもそもお前、本当に本物のシニガミなのか?」
「ひどいなー。というかそれ、疑う余地はないって結論出したよね」
「やはり納得いかねぇ」
「私は本当に本物のシニガミだよ。ほら、シニガミっぽい格好してるでしょ?」
「まあ、そうなんだが……」
黒いマントで身を包み、巨大な
いかにもシニガミっぽい格好だ。定番中の定番と言ってもいい。
いかにもすぎて逆に胡散臭いな……。
しかもシニガミっぽいのは服装だけであって、髪型は水色のポニーテールだ。いや、シニガミらしい髪型がどんな髪型なのかは知らないが……。貞子みたいなのが一番しっくりくる気がする(?)。
ちなみに、俺は三毛猫だ。なかなかのデブではあるが、それは飼い主が悪い。出されたものをパクパク食う俺も悪いが。
「そうだ! シニガミにしか聞けないこと色々と聞いてみてよ!」
「あ? シニガミにしか聞けないこと?」
「人は死んだらどうなるの? とか。そしたら信じてくれるでしょ?」
「んじゃあ、人は死んだらどうなるんだ?」
「さっきも説明したように、魂の記憶を消して、その魂を新しい体へ移すの!」
「ずいぶん雑だな」
「つまり3Rだよ!」
「3R?
「
「ずいぶん雑だな!?」
「
「無作為に死なせてんじゃねーよ!」
「
「消すな! とにかく消すな! ちゃんと転生してやれ!」
と、まぁ、そういうことらしい。
とりあえずは、こいつをシニガミだということにしておこう。
別に俺は、非科学的な出来ことや存在をすべて否定し、真相を追求しなければ気が済まない科学オタクではないのだ。そういうのは洋館に閉じ込められた優等生にしてもらいたい。
それに、いつまでもシニガミを疑っていても無意味なのだ。
俺はそこまで鈍感ではない。
シニガミがわざわざ事情を説明しにやってきた、ということは『仕事のミスを埋める』ためにやってきたとしか思えないのだから、な。
シニガミの仕事――それは『死なす』ことだ。
短い人生(猫の場合もそう呼ぶのか?)ではあったものの、未来の世界を散歩できて楽しかったぜ。
せっかくの第二の人生ではあるが……まぁ、こんなものだろう。
異世界にでも転生しなければ、こんなものだろう。
特別な力にでも目覚めなければ、こんなものだろう。
運命的な出会いでもなければ、こんなものだろう。
生まれ変わっても、こんなものだろう。
そういうわけで。
皆さん、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
クズ人間が可愛い猫に転生したところで、シニガミに捕まるがオチです。
この物語はここでおしまい。
『前略、吾輩は猫である。』は、ここでおしまいです。
残りのページは自由帳としてお使いくださいませ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます