マウンテン・ドッグと天使の湖畔

フカ




おれは天使のなりそこないだ。翼が左しか生えてない。母様のつくった湖畔の、透き通る水からおれが生まれたときに、母様は泣いて倒れたし、父様は皺を額に寄せていた。

下界へ行きなさい。そして魂を、歪んだ魂を救済するのがお前の役目だよ。真っ白いヒゲで見えない口元をきっといくらか動かして、灰の瞳で父様は言う。父様がそう言うのだから、子の俺はそうするしかないと思う。

片翼だけをえっちらおっちら仰ぐように動かして、おれは門をくぐる。


下界、つまり人間界は大層やかましかった。いつもどこでもなにかの音が鳴っている。地下でも上でも箱が走って、人を移動させている。

アレックスはカフェで新聞を読んでいた。

おれは生まれて間もないから、十五番目の兄からもらった記憶を引っ張ってくる。マンハッタンのこの辺りにはほぼ金持ちしかいないらしいから、この東洋人の男もそうなんだろうとおれは思った。細いフレームの銀縁眼鏡が朝の太陽に当たって光る。エスプレッソのダブルが入った白磁のカップは厚みがあり、それで完璧な造りをしていて、縁にくっつけた口の隅っこが微妙にわらう。

アレックスが新聞を置いておれに微笑みかける。

「やあ。どうしたの、迷子かな?」

おれは頭を抱えた。できなかったが。


天使は、見える人間そいつらそれぞれで姿形が変わるらしいが、アレックスにはおれの姿がキュートな犬コロに見えている。カフェ・ラテ色の、耳の垂れたそこそこ大きい毛の玉、赤色の革の首輪。おれの身体は出来損ないだから、人間のほうの影響を肉体にもぜんぶ受ける。瞬間、おれの視界は高さが半分以下になり、アレックスは額をなで回すから「正気か?」ときっぱり喋ってやった。「狂犬病はご存じないか?」

アレックスは面食らったのか切れ長の目でぱちくりとする。で、ははあ、とも言いたげに首を左へ傾げる。「狂犬病は知ってるよ」。まだアレックスはおれを撫で続ける。


端的に言うとアレックスは異端というやつだ。特異点とか、選ばれし者、すうと聖剣を引き抜けるような、魂の質が違うやつだ。空からふわふわ降りてきたり、タイムリープしても記憶は消えず、そいつにしか動かせない何かがあるような、そんなやつだ。

アレックスはおれの片割れだそうだ。つまり、こいつに持っていかれたせいでおれの翼は片側しかない。おれはこの世で、歪んだ魂を救い続ける。アレックスはそれを観測する。すると、おれも助かる。

アレックスの肩甲骨にはアザがある。右だ。

おれがひと通り説明するとアレックスがそう言う。

「そんな仕組みだったとは」アレックスは右手を背中へまわして、首の後ろあたりをさすった。そして、「助かるとは、どんな状態のことを指すんだい?」そう言う。

「知らない」おれはそう返す。で、もの思いにふける。母様も父様も、おれと歪な魂のやつが「助かる」としか言わなかった。二から十九までの兄からもらった記憶をたどるがどこにもない。なので、「両翼になれる」と返した。

アレックスが難しい顔をする。その後、素敵だね、と言う。

「それで、魂はどうやって助けるのかな?」

東洋人は勤勉らしいが、アレックスもずいぶん真面目だ。一人掛けのソファから身を乗り出して、胸の前で手のひらを組みアレックスはおれを見た。

おれは犬ころの背中から左翼を出し、羽根を一枚床に落とした。それをふわふわ宙に浮かす。そしてアレックスに向かって飛ばす。

羽根はアレックスの胸に当たると消えてなくなる。

「これを繰り返すんだ」おれは翼をしまいながら、目をぱちぱちするアレックスに言う。


今日もマンハッタンには人しかいない、だから魂も歪んでばかりでおれの仕事ははかどった。アレックスが老人になり死ぬまでに、十万人ぶんの魂が要る。島に聳え立つ何本ものビルの隙間、右に左に上下に動く人の波。馬皮の首輪に繋がれた、伸び縮みするリードをおれに好き放題させて、アレックスが街を歩く。いまのおれ、つまりゴールデン・レトリーバーが、人生を健康的に過ごせる距離を朝晩歩くと、少ないと三人、多いと八人ほどいた。歪む魂の持ち主は、砂煙のような匂いがする。犬ころになったのは幸運だったかもしれない。

ちなみにおれはアレックスに、父様に言われた通りに風切り羽を通しているから、契約が無事に成り、今は他の人間からも完璧な犬ころに見えている。仕組みはまあわからないが、世界の秩序はそういうものだ。

鼻を頼りに魂を探す。老若男女、誰でもいたが、不思議と身なりが綺麗な奴のなかにも該当者がわんさといて、おれは犬の首をかしげる。人間の世界の中で、相当に『当たり』の土地で暮らす個体には、そんな奴はいないんじゃないかとおれは思う。

アレックスに質問する。するとアレックスは苦笑いする。

「のんびりやっていけばいいよ」そう言って、左手に持った琥珀色のウォーターボトルへアレックスは口をつける。

ボトルの中でたぷんと動いた水を眺めた。懐かしさがこみ上げてくる。

母様の湖からうまれたおれの、羽根を該当者の胸へ通すと、魂は湖水の色を覚える。器である肉体が滅びたときに、歪んだ魂は湖を求めて帰ってくる。

そして、とぷとぷと泡を立てながら湖の底へゆっくり沈む。人間の世界で暮らすうちに、ひずんだところがきれいに消えてなくなるまで魂は澄んだ水に沈む。時間をかけて、つるりと真円に戻るとまた、器と共に出ていく。

犬ころの背中からはみでた翼は、たまに見えるやつがいた。いたが、犬用アクセサリーだ、とか残念なことを言い出すから、取るに足らない。

おれの左翼は順調に減っていく。


アレックスは六時に起きて、四つの鉢植えに霧吹きをする。シャワーを浴び、硬水を飲んで、ソファでしばらく目を瞑る。十何分かするとアレックスは立ち上がり、キッチンで小麦を焼いたり、乳製品に蜜をかけたり、果物の皮をするりと剥いた。

背筋を伸ばして優雅にそれらを平らげると、ルームウェアからジャケットに着替え、四角い革の鞄を下げて、七時半に部屋を出ていく。

アレックスは銀行員だ。超高級ホテルのような、あるじのネジがズレた建物へ毎日電車に乗って通う。

「車は買わないのか」おれはなんの気無しに聞いた。

「歩くほうが好きなんだ」アレックスはそう返す。

「歩いているとさ、散歩中の犬にたくさん会えるでしょう。それが毎日楽しみで、好きなんだ」

アレックスは鼻の頭を人差し指でこする。

なるほど、天使が犬ころに見えるわけだなとおれは湿った鼻を鳴らした。


人間の世界では、あっという間に時間が過ぎた。

起きて、水を飲み散歩して、をしばらく繰り返すだけなのに、犬のおれは凄まじいスピードで老いていく。アレックスが一日中家にいる日がいつも遠い。

一人で勝手に魂を見繕いには行けなかった。ロゴ入りトラックの駆除業者が、派手な網を両手に抱えて揺れる尻尾を狙っている。


アレックスは夜の六時頃に戻ってくることが多かった。それより後になりそうな日は、アレックスが買い足した平たい電子機器が鳴る。肉球をスワイプさせておれは画面の表示を読んだ。

飯は食べても食べなくてもいい。ただ、水は必要だった。おれはぴかぴかのシンクへ乗って、水栓を上げて落ちる水を犬ころの顔を傾げて飲む。アレックスは帰ってくると、くそガキみたいな顔で笑って、ダスターでおれの足跡を拭いた。

アレックスが食べる食事を眺め、そそられるものは頂戴した。豆や根菜、チーズ、コメなど、アレックスはなんでも食べた。しかしアレックスはたまに、生の魚の切り身や、味気ない白い塊や、恐ろしく臭い粒粒をうまそうに口へと運ぶから、観察するのは重要だった。


食事を終えたアレックスは、食洗機械に皿を突っ込みおれと一緒に外へ出る。夜の散歩も相変わらず、人波を物色して魂に羽根を通した。地面がまだ熱を持っていたり、冷たい風が止まなかったり、赤い服を来た白髭のジジイが何人も何人もうろちょろしたり、街は常に前へ前へと時を進めていた。

一日、一日と四つある散歩のルートを順に回遊しながら、おれたちは仕事をこなし続けた。


何回目だか忘れたが、街路樹が赤く染まるころ、おれは立ち上がろうとしたが身体が言うことを聞かなかった。後ろ脚に力が入らない。寝室から出てきたアレックスが、珍しく顔色を変えて、おれを抱き抱える。

茶色の毛玉のおれは股関節があまり良くないらしい。この犬種にはよくあるんです。動物病院のドクターは言う。アレックスが通う歯科医と同じく、医者はスキンヘッドが多いな、とおれは悪くなった体で思う。

それからたぶん何日か過ぎた。おれは急に眠たくなって、その頃のおれの指定席だったアレックスのベッドで眠る。瞼が落ちて、茶色の毛玉はしゅのもとに帰る。

次に目が覚めたとき、おれは小せえ白い毛玉になっていて、歯をむき出してアレックスに抗議したが、奴はポメラニアンはかわいいね、と言いながら見慣れた顔で笑っている。



歪んだ魂の残りが五万を切ったとき、おれはその時バーニーズ・マウンテンドッグの垂れた耳の毛に辟易していた。夏で、暑くて毛が邪魔だった。ベッドに仰向けに寝転んで、耳を逆に垂らして乾かした。

すると逆さまになった視界に人が突然現れた。そいつも逆さまになったままで吹き出した。なにそれ、犬ころにも程がない?くすんだブロンドの長髪が馬鹿にしたように笑う。

長髪はピエタと名乗っておれの体を裏返す。男か女かわからない。少女のような少年のような天使のような顔をして、細長い背と手足にうすい胸、睫毛が白い。なのに、背に生えた両翼は鈍色をしている。

「お兄ちゃんのこと知らない? 一番目の。」

「一番目の兄の記憶はない」

「クソジジイがよ」ピエタは唾を吐いた。

ピエタ《慈悲》のくせに随分だな、と思う。

「じゃあ教えてあげるね」

ピエタが額をおれの額にぶつけてくる。目の前に映像が流れ、音声が聞こえる。


タラタラ流れた十五分の音声映像を要約すると、おれの翼はアレックスのもので、本当はアレックスが天使で、おれがアレックスの翼をもぎ取り生まれてしまった。ということだ。ごくたまに、そういうことがあるらしかった。天使として生まれてくるのは、アレックスのほうだった。アレックスが天使として生まれてくるなら、優秀で美しい、父様の次を担う上級のものだった。

「おまえね、俺と同じなの。泥棒だよ。」ピエタが、何も言えないおれにそう言う。「おまえが助けた気になってる歪んだ魂?とおんなじなわけ」「歪んだ魂十万集めてどうなるでしょう?おまえが消えて、アレックスが両翼になんのよ」「そうなるまえにアレックス殺すと、おれとお揃いの両翼になれるよ」

ピエタは翼をこれ見よがしに広げて見せた。

「通りで。いないことにされてるわけだ」

「人型の神は見栄っ張りだからね」

「名前は?」「は?」

「おまえが殺した片割れの名前だよ」

おれが言うと、ピエタはあごに手を当てて考え込んだ。しばらく首を、わざとらしげに傾げたりしていたが、そのうち驚いたような顔していち、のかたちに指を立てるとシシー、と言った。

「でもシシーはさ、ピエタが両翼になって欲しいって言ったよ」

それに死んだわけじゃないし。ピエタは続ける。

「ここにいるし。ほら」ピエタは自分の右翼を指さして、羽ばたかせる。風がおれの毛並みを撫ぜる。

なんの用だよ。やっとおれは呟いた。

「君も両翼になろうぜ。弟」

ピエタはおれの頰を掴んで、笑顔になるように引っ張った。

腕を振り払い唸り声を上げる。すると寝室のドアが開く。

「どうしたの?」アレックスが言い切る前に、ピエタがフロアマットを蹴った。両翼で覆いかぶさるようにして、ピエタがアレックスの前を塞いだ。そして振り返る。

「言うこと聞くよな?マウンテンドッグ」

犬ころのおれは頷くしかなかった。



「で、どうしてお前がまだいるんだ、ここに」

Fire TV Stickを片手に、ピエタがおれを振り返る。

「言うこと聞くんだろバーニーズ」「うるせえ。帰れ」「帰るとこないもん」「無くていい。出てけ」

「僕は構わないけどなあ」アレックスが呑気にカフェ・オレを息で冷ましている。

「さすが。その調子で両翼ルート一直線だね」

親指を立てながら、ピエタがウィンクする。アレックスははっきりと、それは遠慮するよ、と返す。

ピエタが口を尖らせるが、アレックスは微笑む。

三人、いや四人暮らしが始まってしまった。


ピエタは馬鹿だ。ずいぶんと人間の世界にいるくせに、フォークもまともに使えないからスパゲッティのソースが飛んだ。ズルズル音を立てながら、ピエタの口にアレックスが作ったアラビアータが消えていく。唇に目いっぱい辛いトマトソースをくっつけて、おいしいねー、とか言う。

「口閉じて食えよ」「君だって喋ってるじゃ〜ん」「うるさい」「え、なに、情緒不安定?」「なんだよそれは」「あんまよくないねってこと」「なん」「おかわりはいる?」エプロン姿で割って入ったアレックスがスキレットを持っている。中はアラビアータじゃなくてラム肉とハーブだ。

「おれラム肉だめ。くさいし」ピエタが汚れた口を尖らせる。

「うん、だと思って。試してみたんだ」

どうかな、ひとくちでも。アレックスは肉をピエタの皿に分ける。

おれはその三倍の肉をアレックスから皿に受けとる。

山盛りになったおれの皿を横目でちらりと見たピエタは、鳥のえさみたいなサイズのかけらにじりじりとラムを切り分けて、匂いを確かめる。そして口に運んだ。

おれの皿からピエタが肉をかっさらっていく。

おれが吠えるとアレックスが笑う。不服だ、という表情を作りアレックスに顔を向ける。

アレックスの目尻の皺が、ずいぶんと深くなったのを見つけて、おれは無駄吠えをやめる。


ピエタはよくシシーに話しかけていた。右翼に向かって一人言のように、暑い?とか、これつまんないね、とか話す。鈍色の翼は動かないし、ましてや声が聞こえたりもしない。それでもピエタは翼に声を掛け続ける。日常的にそうなのかもしれない。おれは居心地が悪くて、視線を泳がすとアレックスとかち合う。


ある日、ピエタが青い顔して、おれって間違ってた?と聞いてきた。ロットワイラーだったおれが、まあ、そうだろうな、と返すと、ピエタは顔をぐちゃぐちゃにして泣き始める。

「そのほうがいいと思ったんだ」

「だろうな」

「そしたらシシーとずっといっしょにいられる」

「まあ、そうだな」

「シシーと喋りたい」「喋ってるじゃないか」「あれはおれが喋ってるだけ」

おれもシシーと食事がしたい。ピエタは鼻声で、絞り出したように言った。

「アレックスに何もしないか」ピエタが顔を上げる。「しない」鼻水を床にたれ流しながら、ピエタがそう返してきたから、なら大丈夫だ。おれは返事をする。

「みんな最後は、母様の湖畔に戻れるよ」

ピエタが首に抱きついてきたから、いろんなものが顔についた。



おれはまた最初の犬ころに戻っている。毛色は違う。ほぼ白に近い生成りのような色だ。

「きったなくなっちゃって」ピエタはおれがバーニーズだったころから変わらない。相変わらず少年少女のような可愛らしい顔を、いや今日は少し違うような気もしたが、まあその顔でおれを見下ろす。

ピエタがしゃがみ込む。目線の高さが近くなる。

ピエタはおれの頭を撫で、背中を撫で、頰や耳の下に手のひらを当てて、ごわごわになった毛並みを揃えた。そしてもう一度、きったなくなっちゃって。そう言った。しつこいな、とおれは思う。思ったが、なにもしない。今日はいい天気だったし、風が気持ちよかった。おれは目を閉じる。この犬ころの身体ともそろそろお別れだ。

魂の数が千を切ると、アレックスはマンハッタンを離れ田舎に家を買った。見渡す限り、なだらかな緑の丘や、小麦畑が広がる土地だ。

玄関扉がぎいと鳴る。途端、一瞬だけ風が強まる。アレックスがゆっくり出てきて、扉の隣に置いたベンチに腰掛ける。ピエタがペンキを塗ったから、空色がむらになり放題だ。

よっこいしょ。老人になったアレックスが、風になぶられた銀色の髪を手のひらで撫でつける。

ひさしの下、アレックスのつま先と、おれの鼻先だけ太陽に当たる。ずっと乾燥ぎみだった犬ころの鼻があたたかい。


「なあ」

「どうしたんだい」

「他にも人生があっただろうに」

「それはね、野暮だよ」


子どものころに、何度も夢を見たんだよ。アレックスがそう言った。僕と少年と、姿はないけど女の子。そしてバーニーズ、ポメラニアン、レトリーバー。スキッパーキにテリアに、ロットワイラーやシュナウザーもいたね。みんなで生活をしてる。夢の中で、僕は幸せだったんだ。これ以上ないくらいにね。

「僕はまた人に生まれて来たいな」その言葉を聞いておれはやっと、アレックスはなにもかも知っていたんだな、と気づいた。

「なんとなくね」アレックスは体を曲げて、おれの頭を撫でる。

アレックスの手のひらが離れていくと、その頭に影が射すから、顔をあげる。ピエタが立っていた。

「おれもいっしょに行きたい」ピエタがぐずぐずの鼻声で言う。

「シシーだけでも」俯いたピエタの頰に、いくつも涙が流れている。

おれは最後に残った二枚の羽根を、ピエタの胸に向かって飛ばした。羽根は消えて、ピエタから砂煙の匂いが消える。

「十万人目だな」シシーの分は風切り羽だ。

「なんだよ」「餞別ってやつだよ」「馬鹿なの?おまえ消えちゃうじゃん」「いいよ別に」「おれは嫌だよ」ピエタが駄々をこねる。

「じゃあお前の羽根くれよ」声が掠れて、喋りづらい。

「無理じゃん。おれの羽根出来損ないだし」

「後ろ見てみろ」

「は?」ピエタが振り向くと、視線の先に女の子がいた。ふわふわの赤毛を短く切った、鳶色の目をした女の子が、白い片翼になったピエタに抱きついた。

「おれにもくれよ。餞別」言うと、目の前に羽根が落ちてきた。真白の羽根はおれの体を、溶けるように抜けて消えていく。

「一緒じゃないけど待ってるよ」

シシーがいるのに、ピエタが泣き声を上げるから、おれとアレックスは同時に笑った。

アレックスがベンチから立ち上がる。腕は老人の細さだったが、力が強かった。アレックスは相変わらずあたたかい。シシーも、額を撫でてくれる。もう体が動かないから、おれはまばたきでシシーに挨拶をふたつした。

ピエタの風切り羽が、アレックスの胸に溶けて消えるのを確かめて、おれは目を閉じる。








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マウンテン・ドッグと天使の湖畔 フカ @ivyivory

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