青い永遠、蝉時雨
翠雪
青い永遠、蝉時雨
「やれば終わんのよ、何事も」
「出た。会長サマの『やれば終わる』」
蝉の声が空気を埋める、湿度の高い日本の夏。長期休暇に入る前に壊れたクーラーは、生徒会室の一角で沈黙を保っている。開け放った窓からは、涼風なんか吹きやしない。敵意なくこちらを睨む後輩は、シャーペンを机に放り出した。
「ぶつくさ言っていられるほど、俺たちに暇はないぞ」
「二学期が始まったら、学園祭は目と鼻の先ですもんね!」
眼鏡の同級生と、お下げの一年生は、汗をかきながらも手元を動かし続けている。
会長、副会長、書記、会計。二年生が二人、一年生が二人という、たった四人のメンバーにとって、目の前に積まれた書類のジェンガはやや高い。
「……それが終わったら、先輩たちも、受験に専念されますし」
力なく笑う一年生の後ろには、A3サイズのポスターが貼られている。十八歳のアイドルが、スポーツ飲料のペットボトルを頬に寄せて、「青春、してる?」などと宣っていた。
やれば終わる。
青春は、やったそばから尽きていく。
にわかに立ち上がった私を、皆が何事かという目で見てくる。廊下に飛び出し、リノリウムが張られた階段を駆け上がると、三人分の足音が、慌ただしく後ろについてくる。
立ち入り禁止の鎖を外して、屋上に飛び出す。玉の汗を右腕で拭い、うっすらと血の味がする唾を飲み下して、四枠を縁取るフェンスを掴む。ぜいぜいと忙しない肺に命令して、力一杯、息を吸いこんだ。
「——永遠であれよ、バカヤローッ!」
校庭中に響かせた、十七歳の幼い文句は、蝉の重奏に押し流されていく。それも随分腹立たしくて、何度も何度も声を張る。
いつの間にか、私の両隣では、仲間たちが負けじと叫んでいた。それぞれに全力で喚いているものだから、全然、ほとんど、ろくすっぽ聞き取れやしない。笑い泣きをしていたって、誰も責めない。馬鹿みたいにお手本のような青春を、私たちは消費する。
雲一つない、高い高い空の下。四人の声が枯れるまでは、今日という日が永遠に続くと信じていた。
青い永遠、蝉時雨 翠雪 @suisetu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます