第32話③ ミクロコスモスの痛み
―俺の周りにはいつも天才がいた
一条実経、彼は神聖時代後期、和の国時空都市ティンダロスを治める一条家の32代当主の嫡男として誕生した。一条家当主の責務を果たすために訓練を受けていたが、齢5才にして、紅魔族の頂点である元祖の象徴”才”を発現させたことで、その運命は大きく変わる。
俺が”才”を発見したとき、親や家の皆は喜んでくれた。どうなるんだろうと幼かった俺は一人で不安に苛まれていたことを今でも覚えている。元祖としての教育を受けるため一時的に出家する前日に母から教えられた。
「お前はこれから一条家当主だけでなく、元祖としての役目も全うしなくてはなりません」
「はい、母上」
最後に話す母は何かを躊躇っているようだったが、重い口を開いてくれた。
「貴方は四摂家としての才能がありません…ですから、元祖として育った方が幸せかもしれませんね」
「………」
それが俺の中で最も印象的な母の言葉で、母との最期の言葉だった。
翌日、一条本家に一人の女とその部下が俺を迎えに来た。その女はとても美しく、今まで見てきた宝石だろうと、会ってきた絶世の美女だろうと、壮大な大海原だろうと、父上の描く繊細美を主とした文字だろうと、母上が心打つ名画であろうと、その全てがこの女の前では雑念でしかない。
「お前が実経?」
ぼーっと見惚れていた実経は、女からの質問に一拍遅れて反応する。が、緊張して首を縦に振ることしかできなかった。美貌に気後れしていることは誰の目から見ても明らかだったが、
「いいわね」
「?」
「私はイニティウム・テオス、今日からお前は私が教育する」
女は、自身をイニティウムと名乗り、部下に指示を出し、宇宙戦艦に実経を乗せる。窓から見た母の顔はなんとも言えない悲しみに満ちていたこと、それだけは鮮烈な記憶だ。
そこから3日かけて和の海から、神殺しの海へと宇宙戦艦は進む。嫡男としての待遇よりも、もっと上の待遇に最初こそ戸惑ったが、
「上に立つ者は堂々としてなさい」
と、イニティウムに一喝され、そこからは与えられた私室以外ではガキのように傲慢に振る舞って見せた。
「実経様、もうじきご到着いたします」
部下の一人にそう言われ、窓から身を乗り出すように自分がこれから住まう場所を見た。それは宇宙空間から見ているというのに、明らかに規模の違う帝国だった。
「でっか」
その中央に聳え立つ城に実経は圧倒されていると、
「降りるわよ」
「うん」
イニティウムに言われるがままに、宇宙戦艦を降りると、彼の目に映ってきたのは衝撃のものだった。一条本家よりも広大な庭園は一寸の狂いなく手入れされている。その奥に天高く聳える城、宇宙戦艦艦内で見たものと同じだ。庭園よりも大きく、その場内は派手で
「ん?それが話していた新しい元祖か?」
イニティウムと歩いていると誰かに声をかけられた。濡羽色の服に、鉄黒の長髪と瞳、紅をさしているイニティウムと似たような雰囲気の麗しい男だった。
「ええ、そうよ…あなた魔法の研究はどうしたのよ」
「弟を見に来るのが悪いのか?」
「お前は魔法のことしか興味ないじゃない…その反応を見る限り、この子には”気”がないのね」
「四摂家の出自しか使えぬ
その男は実経をなめまわすような視線を向ける。はあ、とイニティウムが男の視線を阻むように実経を隠すように立つ。
「悪いけど、この子の教育は私がするから、手出しは無用よ…それとも、お仕置きされたいの?」
イニティウムの言葉に男は少しだけ動揺し、顔が強ばった。それを鼻で笑い、イニティウムがまた歩き出すので、慌ててついていく。気まずそうに後ろを軽く振り向くと、男が不気味に笑っていた。
(怖かった…)
「怖い、ねえ…」
「!」
声に出していただろうかと実経が疑問という言葉を顔に書いたような表情をした。しかし、続けて、
「あれは25男”喚”の元祖ソロモン、お前の兄よ…なぜ、ここに連れてきたのかは知っているわね」
「”才”を発現させた人は、例外なく、元祖としての教育を受けると…母が」
「ええ、あなたは20歳になるまでここで教育を受ける…これからは113男”刻”の元祖として生きなさい」
それから15年の歳月が経ち、20歳を迎えた実経は幼かった時のおどおどとしていた稚児の面影が残っていなかった。
「フフッ、さすが私が育てただけあるわ」
自慢気に語るイニティウムの言葉をへーへーと適当に受け流して、魔法に関する論文を書いていると、イニティウムの顔が曇っていることに気が付いた。
「…なんだよ」
「人って自由な選択ができると、自分の家柄に縛られない選択をするものだけれど…お前はそれを体現しているわね」
「……ハッ!そういった
実経の返答にイニティウムが軽く相槌を打った。そこで引き下がるかと思ったが、イニティウムは呟く。
「それに伴う苦難は責任だとも教えたわ」
「?なあ、さっきから何言って…」
明らかに何かを隠しているイニティウムを警戒し始めていると、側仕えの者が実経にしがみついて声を荒げた。側仕えから聞かされたことに実経は耳を疑った。
「なんだよ…これ…」
側仕えから聞いたこと、それはソロモンが一条本家に向かったという。これだけ聞けばただの気まぐれだと思うだろう。しかし、15年間ソロモンはずっと実経を監視していた。実経は胸騒ぎがして、故郷で、生まれた場所である本家に急いで向かった。そんな彼の目に映ったものは懐かしの故郷、ではなく将来当主として守るべきはずだった時空都市ティンダロスが戦火に包まれている。自分の中の故郷とは違う荒れ果てた無惨な光景に彼は言葉を失う。
「元気そうだな、
「…お前、こんなことやっても…意味ねーだろ!!」
憤慨する実経はソロモンに怒号を飛ばして今すぐにでも殺してやろうと躍起になっている。が、ソロモンは状況にそぐわない態度をして優雅に煙管をふかす。
「怒りの感情で魔法が放てると思っているのか?」
「!」
「
「じゃあなんだよ⁉」
「お前を見た時から確信していた、頂点魔法を使える逸材であると…」
「頂点魔法が?冗談言ってんじゃねえ!!頂点魔法は魔法界の最高到達地点、それを凡人が扱えるわけねえだろ!」
「そうだな、だが、イニティウムは魔力を持たん…だから知らぬが、頂点魔法には一つ面白い術式がある」
「は、じゃあなんだ?それを俺が使えるからってこんなくだんねえ騒動を起こしたってのかよ⁉」
「ああ」
何一つ悪びれない返答についに実経の堪忍袋の緒が切れる。多種多様な魔法を5つ以上も展開してソロモンの息の根を止めようとするが、ソロモンはそれよりも多くの魔法を展開して、実経の魔法を瞬殺して、彼の腕を掴む。
「物事にはすべて意味がある、魔法が最も目覚ましく進化した状況はいつか知っているか?」
ソロモンから逃げようとする実経の顔に手を当てて、高威力の魔法を躊躇なくぶっぱする。
「それは絶望と死の境地を揺蕩う時だ」
いつか戻ると期待した場所が崩れ去る絶望と、抵抗もむなしく完膚なきまでにやられて死ぬという状況に、実経は倒れ行く中で泣くことしかできなかった。
「面白いものがあると言ったな、頂点魔法は3つ、そのうちの一つの条件は”魔法の才能を持った秀才で天才になれぬ凡才”だった…全くもって理解不能だが、
「それが、、、俺かよ」
かすれ声でも言葉を発する実経に薄っぺらい笑いをソロモンは手向けた。
「その魔法はどんなものなのか分かっていなくてな…天候を一から変えるのか、なにもかも破壊するのか、はたまた時を戻すのか、それとも圧倒的な再生能力を与えるものなのか…お前が生きている限り殺しはせん、だが、そのたびに峻烈な現実を用意してやる」
それだけ言い残して、ソロモンは姿を消した。一人残った実経の目にはやはり、故郷、少しだけでも育った家が燃えている現実が映っている。焼け焦げた死体やとてもひどい死臭がはびこっており、どうやっても自分では変えることができないと嘆くばかりだ。
―死にたくない
そんな思いが残る実経の目の前に一人の男が立っていた。
「お前、、、強えな…誰だよ」
「7代
それが、実経とウェルテクスの初めての会話で魔塔創立に繋がる一声だった。
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