第32話② ミクロコスモスの痛み

『へえ、おもしろいわね…私を殺したいだなんて…』

『勘違いするな、貴様程の強者…クヴァレの鼠輩どもに殺されるならば、余が殺したいだけだ』

『…野蛮ねぇ~』

遠く昔の記憶、セアと私的な交流が増えた時のこと、手合わせをしていた。高くにある丘、夜明け前の空の青藍色が映える場所で、剱を構えるセアと、それと相対するウェルテクス。

『ウェルテクス、それなら貴方じゃなくても…ゲニウスとか、フォーセリアとかだって私を殺してもいいのよ?』

まあそうなことさせないけどね、と密かに呟くセアに、無言の圧をかける。

『魔法は’想像’ではなく、’創造’の世界…相手の行動よりも速く、相手の行動をイメージし、相手の創造を遥かに凌駕する創造を生み出す…故に貴様のその創造を越えてやる』

『……!』

ウェルテクスの言葉にセアは驚くが、すぐに笑って答える。

『いいね、そういうの…でも、今まで私の創造を破った人は誰もいない…だから!』

セアが剱で顔半分を隠して笑う。その背後には太陽が昇り始めて、赫赫と燃えている。まるで彼女の燃える心を体現しているかのように…

『覚えて、私の太刀筋!そして…』

赤とは反対にセアの瞳はグリーンムーンのように穏やかだ。

『ちゃんと殺してよね!』


(今でも、あの言葉は余の中で輝いている)

セアを前にしてずっと鮮烈に輝いている彼女の言葉が頭の中に流れ込んでくる。それと同時にあの時、語り合った太刀筋だけじゃなく、動きも蘇る。セアの間合いに入り、魔法で攻撃を仕掛ける。さすがは最強と言ったところ、魔法さえも剱で斬られた。

「ボケッとすんなよ」

背後からはキルケが膨大な量の魔法を展開して援護する。

(魔法を避けられることは想定内だが、ここまで長くなるとこっちの頭がいかれちまう…そろそろ決めろよ)

セアは攻めに回り、ウェルテクスが防に回る役回りになっている。互角と見える戦いだが、幾千もの戦いを見てきたキルケは見抜いていた。

ウェルテクスが押されていることを…


「ですが、心配ではないのですか?」

「なにが?」

「ウェルテクス様のことです…いくら強いからと言ってあの御方に適うとは思いません…初代守護者ガルディの貴方様ならばお分かりでしょう?」

白練がイニティウムを見る。白練の言った通り、イニティウムは初代守護者ガルディである。今まで多くの最強を見てきた。故に、セアとウェルテクスの戦いがどうなるのかも見えているはずだ。

「そうね、確かに剱を持った長に戦えれど勝てはしない…それは分かっているわ…だけれどアルケミストはその当時の対象の動きを模倣する、長い年月をかけて対象を模倣するけど、そこから研鑽はつまない…つめないの…ラーズィーがそうプログラムしなかったから…今のアルケミストは593年前の長、強いけれど…今のウェルテクスには弱い」

イニティウムは頭の中でウェルテクスのことを考える。

(ウェルテクス・マゴ、彼は一度見たものを瞬時に記憶することができる…それは色・文字だけでなく動き・その動きに影響された空間の状態揺れでさえも記憶している…ウェルテクスは記憶した動きを魔法で再現して、対策を練る…どうすれば避けられるか、どうやったら相手の動きを利用できるか、どうやって相手を倒せるか、つねに対応して進化している)

イニティウムは少し悔しい顔をして文句を吐く。

「いつの時代も進化した者が勝つ」


キルケは一気に攻める。ウェルテクスの展開した六花端麗大本山の氷花を伸ばす。二人の間合い付近に近づくと、花弁が刃に変化して、鋭く二人を狙う。セアは氷花を斬る反動を利用して、ウェルテクスが反応できない速さで一突きする。その威力は首の神経を掠め取る寸前で、ウェルテクスの首を突く。すぐに剱を戻して、もう一突きしようとするセアの動きを視認したキルケは最悪だと判断する。しかし、その判断はウェルテクスには関係ない。

彼は捉えていた…この瞬間を…

彼はこの時を待ち望んでいた…セアと約束を交わしたあの日から、彼女を殺すために、数えきれないほど、魔法で彼女と戦い、その戦い方を独自で創造して対応してきた…それが、今ここで進化する!!!

顔だけを反らして突きを回避する。そして、セアが剱を戻すよりも早く掴み、一瞬だけ動けないようにする。それを察知したキルケが魔法を展開し、ウェルテクスも彼女の隙の生まれた腹部に向けて手を開く。

マナ魔法最高等級六花りっか流星痕りゅうせいこん

マナ魔法隠花の劔ディステル

背後からの質量攻撃と、近距離から放たれた魔法でセアを模倣したアルケミストの体は灰のようになり散っていく。セアから受けた首の傷を治して息を整える。ふと、アルケミストの方を見ると、穏やかに微笑んでいた。アルケミストが模倣した偽者だと分かっているが、その笑顔は593年間想った最愛からの褒美だった。

「…ずるい」

か細い声で言うウェルテクスは最後の灰が散るまで微動だにしなかった。その最後にウェルテクスもキルケも沈黙で答えた。




同時期、最深部に通ずる前の階層ではイニティウムを模倣したアルケミストと三人の猛攻が続いていた。血の女帝と言われるだけあり、その能力は血に関係していた。イニティウムが血を塊にして、高速度でぶつけてくる。イレミアは樹木を盾にするが、その盾はたった一発で破壊された。背後に回り、カトレアが一か八かの賭けに出る。杖に魔力を込めると、ヒビが入りだしたがそんなこと気にしている場合ではない。全集中力をこの魔法に…

古代魔法アスピダ英傑の儺苧孁ウォーリアセプター

膨大な魔力が真球の形で放たれる。高密度の重力が働くその真球はカトレアが守護者ガルディの道を諦めた時から考えた魔法、銃・魔法・武術など分野の違う守護者ガルディに共通して対応できる魔法、それが一筋の希望で放たれる。

「流石、わたくしたちの御姉様ね…狂ってる…」

血の塊もない無防備な状態だった。考えられる防御も貫通する魔法を実現させたはずだった。なのに、イニティウムが防いだすべは手で払いのけることであった。そのすべにイレミアは諦めの声を上げる。カトレアは今まで積み上げてきたものが、特段凄くもないやり方で防がれたことにショックを隠せない。二人の手が止まった。今まで抑えていた血が…地面や壁に付着している血が生き物のように動く。

「「「!?」」」

動いたかと思えば、全方位に鋭利な血が刃になり、3人を追撃する。それは壁に深く突き刺さり、行動に制限をかける。イレミアは中和で血を防いでいるが、それもいつまで続くか分からない。カトレアは一番イニティウムの近くにいたことと、咄嗟のことで不完全な防御魔法を展開してしまったのか、その肉体は血の刃に貫かれて壁に押し付けられている。

「がっ、、、はぁはぁ…う゛」

中途半端に意識があるようで、目に見えて苦しんでいる。そんな彼女に近づくイにティウムは、棘のような形状になった血の塊に触り、一部を取り出して掌にのせる。それはぐにゅぐにゅと形を変えて、コルト銃に変化する。その銃口はカトレアに向けられ、金色の瞳は鋭く冷酷に燃え上がる。

(まずい‼ 助けねえと…今ここで動けるのは俺しかいねえ!!)

攻撃の範囲外まで逃げて魔法で回避していた実経が急いで動くが、届かないことを察して、鎌を投げる動作をする。と、それを阻止するように壁に突き刺さった血が棘の生えた蔓が実経の視界を邪魔する。その動きに実経の鼓動がドクンと大きく鳴り、腕が微かに震えてきた。そして急に心の中に黒い感情が、トラウマが出てくる。


―俺でいいのか?

 元祖の中でも天才のイレミアと…俺よりも若いのに魔法の才能があるカトレアが、全身全霊本気の魔法を使ったのに…押されているこの状況…

 俺なんかができるのか?

 何もかもが中途半端な俺が……

 ああ!だから!天才は嫌いなんだ…… 

 いつも俺を惨めにする…

 



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