第32話① ミクロコスモスの痛み
セアから一旦退避していた一行は錚々たる面子であった。魔法の開祖キルケの隣に立つ”穏”の元祖イレミア、それと正面立つ
「なあ…なんか喋ろうぜ?」
敵とはいえ、沈黙しか生まない効率の悪い状況に呆れて実経が物申す。
「いやまあ、言いたいこととか思うことも分かってるけどよぉ…餓鬼じゃねえんだから分別くらいつけよーぜ?」
「…」
「それはてめえらの解析が合ってたらの話だ」
「では、協力していただけますね」
奥からカトレアが歩いてきて、キルケに対して物怖じせず対応する。
「解析鑑定が完了しました…
「ラーズィー…確か明帝族の、」
「あいつは錬金術師の中で人形とか、そういったものを造るのが得意だったはず…この魔法の海にも人形魔法道具が発展しているくらいだからな、まさかこんなものを造っていたとは…」
「ラーズィーは神聖時代中期に生きた錬金術師と史実に残っています…そしてトリスメギストス跡殿が最高難易度の迷宮に指定されたのは彼の死後、時系列からすると、完成したアルケミストを試すために、この迷宮ダンジョンに放ったと考えるのが妥当かと…」
「厄介だな…」
「アルケミストとは宇宙魔法文禄に記されている古代の魔法道具…ダンジョンに侵入してきた者の仕草・挙動・癖・強さ、全てを探知し長い歳月をかけて対象を模倣する…記憶まで探知できるか定かではないが、対象が誰であるかによって運命が左右される…特に今回のような者に模倣するとは運がない…」
「魔法道具なら壊せないのかしら」
「それよりも俺たちは目的の物があるだろう、遂行できないとイニティウムからの報酬は無くなるぞ?」
「御兄様、それを言うのであれば、私達もレヴィアタンからのおつかいがありますの…」
「それに関してだが、今魔力探知で見つけた…この迷宮の最深部にある、勿論、てめえらのお目当ての物もな」
アルケミストの模倣した史上最強の明帝族セアに対しての突破口を探すも、強大な相手で策を練る段階から苦戦を強いる一行。ハッと思いついた実経が、
「………これしかねえだろ」
『作戦は至ってシンプル…俺らは最深部に行って目的の物を取りに行く』
実経の作戦通り、4人は最深部に向けてダッシュする。イレミアはノーヴァに抱えられながら、辺りの魔物を殲滅する。
「実経、通用するのか?」
「あ~、セアにだろ?確かに今さっき徒党を組んだ付け焼き刃じゃぁ、セアに対抗できねえ」
「神皇様は魔法についての知識はあるの?」
「魔力は持ってるだろうが、魔法は使ったことねーんじゃねぇか? 正直言うと俺だって不安だよ、だけどよぉ」
「魔法の開祖と魔塔主…魔法使いにとってこれほど強いタッグは古今東西探しても彼らだけでしょう…あら、」
4人が走る足を止めた。その正面には懸念していた女が1人、
「イニティウム御姉様じゃない」
「…姉貴は魔力を持たねぇ、だから明確に姉貴だと判断するには実物を見るしかねぇ…が、やっぱお前の魔力探知嫌いぃぃ」
実経が
「魔力探知は魔法使いの基本よ? 妾は微細な隙も見逃さないだけ」
4人に立ちはだかるイニティウム…を模倣したアルケミスト。まあ、イニティウムとしておこう。抱えられていたイレミアが自力で立ち上がり、カトレアも杖を手に取る。実経が前線に立ち、臨戦態勢に入る。
「兄貴、頼んだぜ」
「ああ!」
実経の後押しでノーヴァが最深部へと繋がる階段に走った。イニティウムの背後からは血であろう物体が出現する。
「…御姉様、ここで才をお使いになられたのね」
「厄介ですこと」
イレミアとカトレアは好奇心を隠さず、その反対に実経は青ざめた様子で闘うことを拒んでいる。が、先陣を切ったのは他でもない実経。イニティウムの操作する血の塊を鎌で一刀両断して、その力をそのまま本体に当てる。だが、素手で鎌を受け止められ、血の塊が再生というより、元の状態に戻り、実経に矛先を向ける。
「
カトレアが魔法を展開すると、光が散乱して、その威力に圧倒され血の塊が消滅する。攻撃を出されぬようにイレミアも追随する。
時を同じくして、キルケとウェルテクスは上の階層に戻り、索敵をしていた。
「余の足手まといになるな」
「
足場の悪い鍾乳洞、その他にアーチ状の岩に隠れて様子を探るウェルテクスとキルケ。その目の先には剱を携えて歩いているセア、一歩、歩めばジャリジャリと石と石、たまに岩同士が当たる音が鳴る。
「魔力を抑えるか、回りくどい」
「近づくのが目的だ…来るぞ」
2人が勘づいた瞬間に、隠れていた岩が真っ二つに斬られた。鳴り響く騒音が開戦の合図を告げる。2人は浮遊魔法を混ぜながら飛んでくる瓦礫を避ける。2人が術式を演算して魔法を展開する前に、セアが目の前に移動して、隙の無い太刀筋で翻弄する。
(やべぇな、魔法使う前に押しきられる…ある程度想定していたが、さすがは
マナ魔法
セアの背後と頭上に針状の氷塊をウェルテクスが出現させる。
マナ魔法
剱がキルケから一瞬離れた隙に、キルケが魔法を展開する。そして、足場や天井、壁にある岩が波のように流動して、セアを飲み込む。
この作戦が決行される前、実経の策を聞いた。
『まず、セアを倒す役目だが…そこのお二人さん頑張れ』
『………不敬』
『断る』
『だからよぉ!』
初っ端から拒絶されて軽く憤慨する実経を横目に、ノーヴァがキルケに話す。
『キルケ』
『…チッ』
後にカトレアもウェルテクスの方を向いて静かに見つめる。
『分かった…』
ノーヴァとカトレアが実経の肩を叩いて励ます。溜め息をつきながらも作戦を話す。
『チームは2つ、そこの2人とその他の4人…お二人さんはセアをぶっ倒す』
流動した岩は中から斬られ、それを投擲される。その岩は狂いなく2人の顔面に当たるように投げられたが、防御魔法で防ぐ。コツコツと靴の音が響き、優雅にセアが歩く。
「…まったく…」
「愚痴りたいのは俺の方だよ!」
「黙れ、
「てめぇ…ここから出たら覚えてろよ」
「いずれ闘うのだ、死に急ぐことはない…互いに…」
2人は同時に動く。キルケが光の糾弾を大量に出現させる。手を振り下ろすと、糾弾が全方向から降り注ぐ。激しい弾幕も華麗に避けるセアを見て、キルケは舌舐りする。
原初一族の里にて、イニティウムの首に巻きつき、庭園を散策するイニティウムと白練。白練がピクリと何かを感じて、イニティウムを問いただす。
「知っていたのですか? アルケミストのこと…」
「知っていたもなにも、アルケミストを放ったのは私よ?ラーズィーは旧友なの」
「何故、そんなことを…」
「クヴァレは明帝族の造り出した物を全て押収し、戦力とする…アルケミストなんて遺物があいつらの手に渡りでもしたら、どうなるか…だから、どちらの味方でもない迷宮に住まわせたの」
答えに筋が通っていたので白練はこれ以上追求はできない。イニティウムがこめかみに手を当てると、迷宮にいるアルケミストからの視点が見える。そこから見えるのは大量の魔法を放つキルケとウェルテクスが共闘している様子、イニティウムは口角を上げる。
「ちょっと想定外のことだけど、これ以上に長を模倣するアルケミストを倒せる輩はいないでしょう」
「魔法使いは常日頃より戦闘演習を行っています、いくら魔法のスペシャリストだからと付け焼き刃ではあの御方に対抗できません」
「
白練の発言にすぅと生気が抜けた無表情で怒る。それを味わった白練は背筋が凍る恐怖に見舞われる。
「……無礼を」
「い~え、私がわざと危険に晒すような真似をしていることは間違いないわ…もしかしたら、私自身が自覚していることでしょう…白練、貴方は何故、魔法使いが魔法演習を行っているか知っているかしら?」
「…魔法使いが集まる場でもっとも恐ろしいことは魔法を展開した際に、魔法同士が反発を繰り返したり、融合して未知の魔法へとなること……その被害は想像の範疇を越え、戦火を引き起こします」
「ええ、それを防ぐために
イニティウムは静かに考える。
(魔法の存在意義の1つ、それは万物を具現化する魔法でもある…カトレア曰く、水を出現させる魔法では魔力が水に変わる感覚を魔力探知で見抜かないといけないらしいけど…あの2人はそんなことしなくてもいい、相手の吐息、進む方向、指先、目線、口の動き…これだけで次に相手が展開する魔法が分かる…そして相手の魔法の特徴を瞬時に理解して、次の魔法へと昇華させる…そんな馬鹿げた奴らが付け焼き刃なわけないじゃない)
イニティウムは優雅な笑みで、空を見上げる。
「結局、あの2人は…魔法バカなのよねぇ」
マナ魔法氷結系
地面に雪の結晶でできた氷花が咲き誇る。それは地面を覆い尽くし、地に足をつけていたセアの足が凍り始めた。が、地面を蹴り、持っていた剱を壁に突き刺し足場にして回避する。それを見通していたのか、ウェルテクスはキルケの出した氷花に向けて、くいっと人差し指を動かす。咲き誇っている氷花から蔦が壁を伝い、その空間を構築する壁と天井、岩に至るまで蔦が増殖して、枝垂れ桜のような氷花になる。その空間は氷に包まれ、息をする度に白い息がでる。
マナ魔法氷結系最高等級
(へえ、俺の展開した
氷に少しでも触れると凍ってしまう即死の魔法空間と化した状況で、セアを模倣したアルケミストは1秒よりも短い時間で壁や地面を蹴り、2人を狙う。それを見たウェルテクスは魔法を展開する。万物を具現化せずただ魔力の弾幕をぶつける。強硬な弾幕を剱で一振、たったそれだけで一掃してウェルテクスの首に刃を当てる。
「おいおい…なにぼけっとしてやがる!」
マナ魔法最高等級
雨のような弾幕を展開するキルケ、その滴は優しく、黒を白に変えるような、そんな滴だと思ったが、その
「………」
「どうした?」
「いや、本当に傷をつけられるとは」
セア相手に魔法で負傷させたことにウェルテクスは不敬ながらも感服していた。だが、ウェルテクスは気づいていた。セアがこれだけで終わるわけがない、と。
(アルケミスト、その模倣の範囲は対象者が一度でも能力を使えば模倣ができる…ここまで戦って権能を出していないということは、それ程までに模倣していたのであろう…セアの太刀筋を…)
ウェルテクスは頭を回転させて、キルケは…
「だろうな…セア•アペイロンはこの程度じゃぁ、倒れねぇ」
セアは壁や地面に触れることがこの魔法空間の禁句だと分かっているが、足をつくところの氷だけを斬り、体勢を整えた。そして、次の瞬間には2人の背後に回り攻撃を入れる。
「っ!」
「…!」
咄嗟に防御魔法で防ぐが、その速度と太刀筋は先程よりも高く、美しく、磨かれていた。今のセアと真向勝負は最悪な手だとキルケは理解して後ろに下がろうとした時、ウェルテクスは自らセアに近づいた。
「あいつ…そういうことか、まったく…暴君な奴らだな、
その行動の意図が解ったキルケは魔法の展開に集中した。ウェルテクスも手をかざす。ただそれだけの動作なのに、その動作には、恐れなどなく、ただ、自分の感覚を信じて動く者のそれであった。
「余が惚れたものの太刀筋を誤るわけがなかろう」
大魔法使いウェルテクス•マゴ
―曰く、幻想の審判者
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