第22話後編 気韻生動の痛み
「はあ、はあ…一体いつまで」
アストラが珍しく息を切らすような状況、レヴィアタンがいなくなって標的が1つになったのは大きい。しかし、七洋の能力で顕現した独立した個体である’主人’は凄まじく、プトレマイオスが一瞬にして更地になった。灰色の大地には大きな亀裂が入っていて、この惑星が真っ二つになってもおかしくはない、そう思っていると’主人’が動きを止めた。
『もう…いら、ない』
腕を高くあげると、’主人’の頭上に巨体な黒渦が現れる。
「ヴァイス!」
アストラの呼びかけで、ヴァイスが急接近して黒渦に触れると黒渦は効力を失い、消えた。
「無事で?」
「私はな」
「先に言っておきますけど、権能であろうとも私の’手’が先に限界を向かえます」
権能は宇宙に数多ある魔法や才などの超能力の頂点に君臨する、威力•規模は規格外、もっとも大きなことは’術式展開がないこと’’発動条件がないこと’が大きな要因である。
しかし、今回のヴァイスは権能の威力を抑えるために’手’だけに権能を集中させている。
「(ヴァイスが持ちこたえるのにも限度がある、)なにか、なにか…あっ」
「アストラ?」
思考を巡らせていたアストラは1つの打開策がふっ、と頭をよぎる。そして、拳に権能を集中させて、透明な渦のような空間を造り出して’主人’の足場を狙う。すると、そこは虚空と言えばよいのだろうか、何も無いはずなのに空間が歪み立ち入ることが出来ない。
「記憶の、空間化…ヴァイス、なんで…この力があれば、被害を最小限にできるのに…
」
ヴァイスに必死に訴えるアストラは声が震えている。その代償に気づいている筈なのに、
「お前を失いたくないからです! 親も、ステラも、家族同然のノーヴァも、誰ももう失いたくはない…!」
報告書には続きがある、しかし、それは表に出ることはない守護者”ガルディ”の中でも極一部の者のみ知らされた極秘の事実
『’主人’討伐に夜の一族代表として参加した”星”の元祖は、超空洞”ヴォイド”を創造した
これにより討伐に大きく貢献したが、禁忌に触れた代償に、命を落とした』
そう言われたアストラは、セアが昔自分にしてくれた恩を思いだし、グッと決心する。
「私はそれでもやる、やらなきゃいけない」
『…絶対に行かないといけないのか?』
2歳になったばかりのアストラを腕に抱えて不遇をかこつような顔をして、愁いな目をヴァイスは向ける。その瞳に映るのは手にハンマーを持ち武装したステラ。初めて会った時の無気力な彼女とは思えない、勇ましい。
『ええ、多分これはレヴィアタン様が挑発なさっているの…だから私が逝かないといけない』
(あの時と同じ、牢呼な眼差しを向けてくる、)
ヴァイスはアストラを無視して前へと進む。
「ヴァイス」
アストラの声で止まり、シャツを脱ぎ、手袋を外す。すると、豊満な筋肉の全身が露になり、手に至るまでアストラよりも派手で奇抜な刺青が見える。
(……格好いい)
初めて見る父親の刺青をマジマジと見て、自分の刺青と比較する。
「アストラ、私が
「
フウと息を整え、クラウチングスタートの型を取る。’主人’が先ほどの手に能力を集中させるのではなく、’主人’自身を軸として集中させている。その危険な状態にヴァイスは身を焦がして接近する。黒渦に直で手で触れて、相殺し続ける。
(これは私の権能をもってしても…いや、そもそも権能を使い果たしてしまった時から、決め手はない)
『どいて……早く、いきたいの』
「お前のように他人の力でしか動けないような破落戸には分からんな…人生において必ず命をとしてでも為さなければ為らないことがある、それが今だ!!」
―頼んだぞ、私のラナンキュラス”アストラ”
「プロエレ、早くプトレマイオス帝国に行きなさい…守護者”ガルディ”イニティウムが責任を取る、と海族には言っておきなさい」
原初一族の里にいたイニティウムがスマホでプロエレに命令する。そして、星の海の方角を向いて、異様な気配を感じ取り、眉をひそめる。
「親も子も同じ道を辿るのね」
星星が瞬く宇宙空間に1つのピンクの惑星、端から見れば可愛くて、でも、それから放たれる高密度のオーラがプトレマイオス帝国のあるハンダルト惑星に向けられる。
(私にはステラの”黄道”が引き継がれている、ステラが’主人’を倒せた要因は超空洞”ヴォイド”だ…これは絶対禁忌、禁忌を侵したものの末路は知っている、やるしかないんだ!
私を信じて託してくれたセアのためにも!)
アストラの左目に赤のアザミの花が咲く。そして、茎や葉が顔全体に巻き付き、そこから白、青、紫のアザミが咲き乱れる。アストラはハンダルト惑星の空間ごと叩きつけ、涙を流す。
惑星全てに力が行き届くまでの刹那、ヴァイスは死ぬんだなと悲しくも誇らしい感覚に襲われる。
―慎ましくも、明るく、威容に咲き誇る女性
幾重に重なる花弁のように、幾重にもなる幸せを運んでくれた最愛の妻へ
「ありがとう、ラナンキュラスのような……また会いたい、ステラ」
惑星が跡形もなく消滅し、ハンダルト惑星のあった宇宙はそこだけ空間が歪んでいる。
宇宙戦艦艦内、マーメイドラインの足が動きやすいように切れている黒いドレス、金色に光る蛇の鱗の太いベルトからサファイアなどの宝石が垂れ下がって、尖った耳にはドレスを模したピアスをつけている女が深い溜め息を吐く。
「まったく、喧嘩はいけねえって教わらなかったのかい」
赤褐色の肌とローズマリーの瞳、ダイヤモンドのような髪を三つ編みにして肩にかけている。麗しの御姉様のような彼女は男勝りの口調で部下に指示を出していく。
原初一族始祖が1人にして、11女”沝”の元祖プロエレ・ノウム
「報告が億劫になってくるね…しゃーねえ」
プロエレはペンを走らせる。
『プトレマイオス帝国の明帝族約1万人を代償とし、’主人’が顕現…その場にいた星の海統括守護者”ガルディ”であるアストラと、ヴァイス•ハウプトが応戦のち討伐完了
被害としてハンダルト惑星のあった宇宙空間に超空洞”ヴォイド”が発生し、オレオール禁忌を侵したものとしてアストラ消息不明』
「一応エドガーに渡しとけ」
プロエレは報告書を部下に渡して舵をきる。
「さーーあて、と!アニサマでも迎えに行くかね」
バチン!!
カオスの言葉を聞いて、ノーヴァが思いきり平手打ちをする。打たれた左頬に手を当て、静止する。
「お前はそんなことを言う神[奴]じゃない、どんな環境下にあるかは知らんが、セアはお前に会いに行く…お前まで否定してやるな」
ノーヴァにそう言われたカオスは涙腺がゆるんでいる目を細め、左頬に添えていた手にグッと握りこぶす。
『そうだな、私はセアを信じる…そして、お前達も』
愁いの表情から、朗らかな笑みに変わるカオスを見て安心するノーヴァは、自分が打った左頬を見つめて、
「ちと、やりすぎたか」
『ちょっとどころではない』
赤黒く腫れている左頬はズキズキと痛みが伝わる程なのに、カオスは溜め息をつくだけ。
『……!』
「どうした」
『お前の迎えが来たようだ、私は帰る』
「おい、まだ答えていないぞ、死の溜まり場”デスポピー”はどこだ」
カオスは振り返ろうとした足を止めて、ポツポツと話す。
『神と人類がよく知っている場所だ、人類にとっては幸福の場、神にとっては過ちの場だ』
そう言い放つと、カオスは振り返り歩む。だんだんと小さくなっていき、ついには姿が見えなくなった。すると、ノーヴァの視界は光りに包まれ、次の瞬間…
「守護者”ガルディ”オーシャン•クラトスの権限行使により、君を拘束する」
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