第22話前編 気韻生動の痛み
いつだって、自分から見たヴァイスはどこか自分のことを恐れているようだった。
「ねえ、アストラちゃんを産まなければステラ様とヴァイス様は今でも笑えたんじゃないの?」「そうよね、あの子を産んでからステラ様…弱々しくなってしまわれたもの」
表だって言わないが、やはりそうなのか…自分が母親を殺したような、家族の形を壊した要因なのだと…幼いながらも理解できた
―痛い
しかし、それよりももっと辛いことを目にしなければならなかった。一族の者が部屋を整理していたある日のこと、母ステラの写真を目にした。そこには自分よりも髪色の薄い淡桃色の人物が写っていた。近くにいたヴァイスがすぐに取り上げて、にこりと微笑む。
―痛い痛い
ヴァイスの顔を見て、母を見て、思い知らされた。私は亡霊なんだと、
―痛い痛い痛い
「ステラ様の御尊顔を久しぶりに見たわ」「ええ、とても綺麗」「だけど、アストラちゃんに…」
―痛い痛い痛い痛い
私は知っていた
ヴァイスが夜な夜な悲しみに暮れ落涙していたこと、一族の者が私を親殺しだと心の奥底で思っていること…
―痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
『こんなに痛いなら、記憶なんて綴じ込めてしまおう』
それから月日は流れ、私とライラが共に15歳を迎えたとき、ノーヴァさんが戦死した。それは神聖時代の終焉を意味する。唯一の継承者である私達がこれからの夜の一族を支えていかなければならない。その後に起きた元祖大戦に参戦し、功績を立てて、侵略を防ぐことができ、一族の立場も安定した。
でも、それでも聴こえてくる、
「何故あの子なのか」、と。
解っている、何故私なんだろうな…皆が美しいと想う美貌も、元祖を相手取った権能でさえも、全て母からの遺伝
『私の生まれた意味…そんなもの無いだろう』
「生まれた意味はありません」
幼少から今までの記憶と痛みを綴じ込めていたはずの’純粋記憶’にアストラが態度には表さずとも深く感傷に浸っていると、ヴァイスの言葉でハッと我に返る。
「(おや?)、おかしいね、普通こういった時親はそんなことない、と激怒するはずなんだけど……私の思い違いかな?」
発言にレヴィアタンでさえ、意図が理解できなかった。
「アストラは、生まれて来た意味も、今日まで生きている理由もありません」
レヴィアタンとアストラは驚愕する。レヴィアタンは顎に手を当て、おやおやと内心呆れている。隣にいたアストラは目を閉じ、ギュッと右手で左袖を掴む。すると、ヴァイスが片手で抱き寄せてくる。ヴァイスはレヴィアタンを真正面から見つめて話す。
「アストラは、生まれたのではなく、生まれてきてくれたんだ」
「!」「ヴァイス…」
『彼女が?』
『ああ、私の妹だ、ようやくレヴィアタンから助け出せたんだ』
約2000年前、いつものように仕事をしていた時のこと、ノーヴァに呼ばれた。何事かと思ったが、以前から聞いていた彼女のことだ。
『迷惑をかけると思うが世話を任せる』
『構いませんよ』
コツコツと彼女のいるベットへと歩む。撫子色の瞳と髪の女性。
『失礼します』
乱れていた髪を櫛で梳かす。見た目よりも線が細い。目のハイライトが無く、一言たりとも言葉を発しようともしない。それだけ過酷な実験を強いられたんだろう。
『また…来ますので、』
それからは毎日毎日毎日、何度も何度も世話をした。世話から始まり、世間話を始め、2ヶ月が経った頃から彼女、いや、ステラが1人で歩くことを始めた。だが、まだまだ拙い歩きのステラの手を繋いで歩く。私よりも顔1つ分小さなステラをじっと眺める。
『ヴァイスさん』
『どうされましたか?』
初めてステラから名前を呼ばれた。スピカのような真珠の声に少し心を動かされた。
『私、もう自由なんですか』
『はい、ノーヴァ、いえ、あなたのお兄様基私達夜の一族がお守りしています…なにも気にせずに』
『………そうですか』
それから月日は流れ…
『いや~!まさか、お前達が結婚するなんてな』
俺とステラは長い交際を経てパートナーとなった。それを報告しにいったら、まあ、これよ…ノーヴァのニヤケ顔が止まらない。
『ヴァイスーー!!』
遠くからステラがアルタイルの笑顔を向けて、名前を呼んできた。
『後でいく!』
そう言うと大きく手を振ってきたので振り返す。それを見たノーヴァは、また、ニヤニヤに拍車がかかる。
『…なんです、その顔は』
呆れながらに問うと、ノーヴァは嬉しさを顔に出して話し始める。
『弟妹達のこういった幸せを私は見たかった、ただ、それだけのことを願っているんだ…(父に代わって)、ステラを頼むぞ』
『ねえ、ヴァイス!やっぱり子供は欲しいわよね…でも出来るのかしら、今の私達に』
『どうだろうな、出来るさ』
横たわる2人は幸せそうに語る。
―1輪のラナンキュラス、彼女を愛せただけでも幸せなんだ
もう1輪が咲くんだ、ああ…俺達の土を選んで、大輪の花として咲いてくれる、俺達のために
抱き寄せたアストラは下からヴァイスのことを見つめる。ヴァイスは気まずそうにするも、にこりと微笑んで、レヴィアタンを睨みつける。
「私の’花’を摘み取り、私の’星’を破壊しようとした罪を、俺はお前を許さない!
俺の娘だ、テメェに渡す筋合いはねえ!」
「ッ!!」
ヴァイスを見ていたアストラは顔を反らして、落涙する顔をみせまいとしている。アストラを包む片手に力を込め、アストラに聴こえるように話す。
「今まで寂しい思いをさせてすまなかった、お前は立派な大人で、俺の娘だ」
パンッッ!!
アストラがヴァイスに何か言おうとしていたタイミングで、レヴィアタンが大きく手をたたく。しかめ面でこちらを見ている。
「感動的な話だね、随分と」
「親と子がやっと解り会えたというのに、ぶち壊すなんて…お前達元祖は自分達のことを’神’とでも思っているんですか?」
「さあね、(まあ神に近しい元祖ならいるよ)…それと、私がわざわざ赴いた理由はなんだと思う?」
すると、レヴィアタンの背後に大きなキャンパスが出現した。真っ白なキャンパスはだんだんと黒くなっていき、その中心にはプラチナブロンドを三つ編みにして、リーフと青のリボンの髪飾りをつけている女の絵、髪飾りと統一されているドレスの麗しい女。2人が警戒していると、女のサファイアの瞳が2人に向けられ、ニタァと口角が上がり、
『頂戴』
「!!」
2人に話しかけてきた女は突如として、絵から消えた。その直後、空には暗雲が立ちこみ、鮮やかな花花や揚々と揺れていた木々は枯れ、大地は色を失った。明らかに絵の中の女の影響なのだと、そう考えていると、灰色の大地が割れ、漆黒のドレスを纏う白銀の異形の女、鋭い爪と角、胸には黒い剣が刺さっている。
「なんだ…あれは」
女から溢れ出て、大気を乱し、環境を破壊しているそれにヴァイス。その隣で沈黙するアストラを見たレヴィアタンはフフ、と嗤う。
「イニティウムから聞いているみたいだね、この能力…」
女の黒い腕が伸び、2人を叩きつける。アストラがハンマーで地面を叩いて、女に攻撃を入れる。ヴァイスは一瞬で近づいてレヴィアタンにパンチを食らわす。ギチギチと対抗していると、女がアストラに向かった。
(アストラ!)
ヴァイスがアストラの身を案じ、すぐに向かおうとするもレヴィアタンはそれを許さない。
「お前、あれはなんだ⁉」
「七洋アスタロトの
(七洋⁉ ともすれば、あれは)
「私がプトレマイオスを選んだ理由は2つ、’明帝族の抹殺’と、’彼女アスタロトの絵画を完成させて星の海を混沌に堕とす’ことだ」
七洋アスタロトは絵を愛す神である、彼女の絵には2つの能力がある
その内の1つ、彼女の絵を見たものは
「この能力にはまだ続きがあってね…餌の生命力がより貴重で、より独善で、悲惨な運命を辿っているものを喰らえば’主人’は実体を得て、現実世界へと影響を与えることが出来る…」
「それで明帝族を餌に選んだと! 俺の親でさえも!」
「ああ、あの時の研究者達の中に君の親もいたのかい…紅魔族よりも知能の高いアイツらは
「お前達は‼一
「希少価値の高く、利用価値の高い”禍根”さ」
「ヴァイス! 挑発に乗るな…早く倒さないと、また…!」
怒りが頂点に達し、今にでも権能を使おうとするヴァイスを’主人’と交戦していたアストラが止める。’主人’は爪を立ててアストラを攻撃する。つぅ、と額から血が流れる。’主人’は黒い手に力を圧縮させて黒渦を出現させて四方に飛ばす。それは味方であるはずのレヴィアタンも掠める。
「これだから、七洋は…」
小さく呟くレヴィアタンも’主人’から距離を取る。
「!待て!!」
「種は蒔いた、私はお暇させてもらうよ」
レヴィアタンが指を鳴らすと鏡が出現し、レヴィアタンが潜り抜け、姿を消した。
「あの野郎!」
「(くそ、イニティウムから情報を聞き出したのに、)あの事件が、起きてしまうのか」
原初一族特別書記官エドガー及び、原初一族始祖の報告書に記載されている
『神聖1万9987年、七洋アスタロトを始めとしたクヴァレが夜の海と星の海に進行
明帝族の研究者半数がクヴァレに捕縛され消息不明、半数は餌として利用されたと推測
それにより’主人’が神殺しの海を除く海を破壊の限りを尽くし、甚大な被害を与えた
のち、守護者”ガルディ”により討伐』
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