第17話 代償の痛み
「「…………」」
ノーヴァの私室の扉を開けた二人は言葉が出ない。編み込みの施された白練のハーフアップ、中紅の瞳の瞳孔が蛇のように光る。真っ白な漢服を着ている幼い顔立ちの少女
バタン!!
扉を閉める。顔を見合わせて、ノーヴァが目を反らす。ライラはニッコリと微笑み、ノーヴァの胸元を掴む。
「パパ、女の人連れ込んだの?」
「俺は知らんぞ」
「じゃ、浮気…天国のママ、パパがやらかしました」
ライラは天にむかって手を合わせる。それを見たノーヴァは身振り手振りで弁解する。
「俺がママを裏切るようなことすると思ってるのか!?」
「ないわね」
ノーヴァの弁解にライラは即で納得する。何故なら、ライラの親二人は相思相愛だからだ。そして二人はピタッとくっついて、こそこそと話す。
「誰よ」
「知らんがな」
「ママに言っちゃうわよ」
「いや、だから~!!」
「あの」
「「ギャアアアーー!」」
いつの間にか私室の扉が開けられ、少女が話しかけてきた。ビックリした二人は悲鳴を上げた。
(あら?この見た目…どこかで)
何かを思い出しているライラを横目にノーヴァが話す。
「……白練か?」
「はい、白練でございます」
深々と会釈する白練に二人はまた、顔を見合わせる。取り敢えず、談話室の方へと歩む。
「えっと、白練…その姿は?」
蛇ではなく、人の姿に戸惑いつつも一番気になるので尋ねてみた。白練はふぅと息を吐いて答える。
「これはあの御方に許可を戴いたため、このような姿になっております」
「待って!セアに会ったの?」
バン、と机を叩いて前のめりになる。
「意識世界でございますが、御会いしました…」
鮮やかな花花が咲き誇る花畑、そよそよと心地よい風が心をくすぐる空間、その中で鈴蘭ような長髪が風に優しく吹いている。あの御方はは振り返ってくださった。だけれど、お顔は見えなかった。私めが近づくと優しく包み込んで…
「額に
「この蛇、一旦撃ち抜こうかしら」
両手を頬にあてて紅潮する白練は乙女のような態度になる。それを見たライラは銃を手にとって殺めようとする。それをノーヴァがどうどう、と言って止める。
(ホントにこの子達はセアのことが好きなんだな…まあ、それより)
「セアは記憶があるのか?」
「今回アリエルを解除したことで2%の記憶が戻っていました…ですが、あまり効果がでたとは言えません…それに、あの御方の力は私含めた3つの繋縛の水晶に封じられています」
ノーヴァは現在、白練とセアが生前所持していた指輪を持っている。指輪に関してはバイラールに保管してもらっているので問題はないだろうが、残りの1つ。だが、どんなものなのか知らない。頭を抱えていると、
「多分だけど…楽園”エデン”の槍なんじゃないかしら、あれは神器でも特別なものだから」
「神器…」
「可能性としては大いにありえます…ですが、繋縛の水晶はあの御方自身が施したものではございません」
「ああ、それ…本当になんなのかしら?地上にそんな技術なんてないし、神々はもう何千年と干渉してきてないわ…」
守護者”ガルディ”の一人でさえ知らないとなるとトップシークレットなのだろうか。
(ライラの筋が濃厚だとしてもどこにあるんだ?)
「!!白練、あんた無名のS級冒険者じゃない!」
突然ライラがそう言って白練を指差す。
「冒険者?」
「この宇宙には魔物とかダンジョンが多くいるわ、それを攻略したりするのが冒険者の役目…これは身分証明にもなるし、このライセンスを持っていなくて剣とか所持していたり、海を行き来したら犯罪になるわ!」
「あれはあの御方が肉体を作ってくださった時の試運転ですので…」
「私もS級だけど、白練あんた闘えるわね!」
「ご要望であれば」
「それなら!」
白練の返事を聞いたライラはノーヴァを指差す。
「次の海までその姿とライセンスでパパを送って」
「術式の凍結化?んなの、聞いたことねえよ」
クヴァレの魔法研究室、目的の1つである結界の解析の結果を伝えている。ソロモンの見聞とこれまでの資料を照らし合わせながら解読を進めていくキルケ。
「それ魔法の類いか?」
「主軸は権能だが、魔法術式を権能に取り組むことを成し得た元祖は貴様がよく知ってるだろ…」
ソロモンの返答にキルケは口角を下げつつも、反論はしない。
「あれは兄貴に振り向いてほしいためだけに教えたんだ…兄貴以外どうだっていい」
資料を魔法で運び、まじまじと見つめる。
(権能、魔法、天使の力、聖術、祈祷による結界…ほとんどの術式が入っている…有翼族特有の翼の気配、武の頂点竜族の伝承上の”龍輝”か?)
「すべての種族の力が複雑に絡まっているが、お互いが邪魔をせずそれぞれの高みを引き出している…天才と片付ければいいんだろうが、」
「これを天才などと言うな…天才は先天的、これはただの努力の代物だ」
クヴァレ北東の地、大きな城、ここは魔神族の頂点である七洋が住まう拠点。その中の一室、とてもとても広いそこには1000を越えるほどの下絵を初めとした絵画が無造作に飾られたり、床に散乱していた。
燃えるようなゆらゆらと靡く髪と、それを表しているような踊り子の服、La La La…と機嫌良く鼻唄を歌いながらキャンバスに筆を踊らせる。
「アスタロト」
そんな彼女を呼び止める色黒の肌の男、ベラに近しいような服だがノースリーブである。アンクレットやブレスレット、ネックレスは金色できらきらと光り輝いている。
「私の邪魔するなんて…いいわぁ、今は気分が良いから赦してあげる…それで、ルシファーが殺られた件についてよねぇ、え?ベルゼブブ」
「…………」
「だってねぇ?まだ核が馴染んでいなかったもの、もしもう少しだけ待っていたら一人は、葬れたんじゃない?」
アハハと笑いながら答える。ベルゼブブは黙ってアスタロトから筆を取りあげる。覗き込むベルゼブブをアスタロトは無表情で見上げる。
「アハッ!判ったわよ、殺したいのね?あの神の娘を…いらっしゃあい」
アスタロトはポイっと絵の具道具を放り投げて扉とは反対の部屋の奥へと歩く。部屋と部屋とを隔てているカーテンをシャラッと開く。そこには、作業部屋とはうって変わり絵画が綺麗に整頓されている。
「さあ、選んで?私の
丸石で囲まれた池、その中には黒や赤の錦鯉がゆっくりと泳いでいる。池には蓮が咲いている。大きな池に掛けられた木製の橋に白と黒が半分になって、その分け目に金箔で装飾されている中国傘を開いて歩く一人の男が通ると鯉はすぃと逃げていく。琥珀”アンバー”の瞳を赤く縁取っている顔が傘から伺える。
橋を渡り、亭へと移動する。既に用意されていた茶と菓子には目もくれず、天蓋花が綺麗に咲いている庭園に足を運ぶ。赤、黄、白の順に手でなぞっていく。そして、琥珀”アンバー”の瞳を天に向け、閉じる。
いつもは瞬く星の下にいるはずの俺は、昔、瞬く星の中にいた。輝きを取り戻し、宇宙の歪みが直っていくなか、1つ、強大な力が巨大な蛇が体ごと打ちつけるように暴走していた。
『……だから、言ったでしょうに』
セアは自分の手で瞳を覆う。あまりの苦しみからか、セアは剣で自害しようとするも、理性で剣が壊れそうな程力をいれて踏みとどまっている。
己の力に蝕まれて苦しそうにするセアを傘で貫く。満身創痍のセアの肉体から力が抜け、剣もスルリと手から抜け落ちた。崩れていくセアを支え、瞳を布で覆う。
『俺と共に戦っておけば、ここで死なずにすみました…なのに、お前は!』
『皆私を否定していたわ…わかった?…私は、弱い女じゃない…』
俺から握っていた手をセアが強く握り返す。
『もう一度お前に会えるなら…絶対に離しません』
ぎゅっと身に寄せて優しくも強く、セアを抱き締める。瞳を隠しているセアだが、満足なのか、眉をひそめているので困っているのか、複雑な顔になっている。
『どうだか、』
そう言うと、セアの握る力が弱くなって、弱くなって、終には感じられないようになった。
「王〜!此方に、アーーー!」
「ああ、お前ですか…ちょうどいいです、これ
そう言って血塗れになった傘を渡す。白を基調としたチャンパオには金の糸で装飾されている。翠色の髪は下にいくほど花緑青色になっていき、何人にも染まることのない黒の角がある。赤く縁取った柳色の瞳が男を映し、投げられた傘をギリギリでキャッチする。
「もうちょっと丁寧に使ってくださいヨー!」
「仕方ないでしょう、消耗品なんですから…謝范、玄武に頼んでおいてください」
「怒られるのは僕なんデス!」
ブーブーと文句を言って怒る謝范を横目に、側つきの下女に新たな傘を貰う。
「最近刺客が多いですヨネ、僕達部下に警護を任してもいいと思うんスワ~」
(庭師の玄武、間者の朱雀、特攻隊の白虎…そろそろ頼らないと仕事が多いですし、)
「そうですね」
「(おっ、珍しく聞き分けがいい)なんなりとお申し付けくださイ」
男は傘をさして、
「会議をします…棟梁と次期棟梁候補を集めてください、そして…序列を有する紅帝族に伝達を…」
「罪状はどうするんスカ?」
「嫌ですね~、ただお話がしたいだけですよ…それと、これはお願いではなく絶対的な命令です」
「了解しましタ」
謝范は頭を下げる。紅帝族には七大一族が属しているが、仲が悪く同族でなければ命令を聞かない。それをよく知っている謝范。
(絶対命令なんて越権行為、そんなことが出来るのハ…)
顔を上げて男を見る。クルクルとゆっくり傘を回している。その傘の合間から見える王族たる瞳と鱗を持つ男
紅帝族序列1位全宇宙の王”キング•オブ•コスモスエンペラー”
―ゲニウス•ニードホック
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