第16話 嘘の痛み

「なんか…守護者”ガルディ”って最強ではあるけど、結果論じゃない?」

黄金郷の湖”エル・ドラード”の邸、茶を啜りながらミューズがバイラールに話しかけた。バイラールは暑ぃ、と言って上半身を出そうとするも華蛇に上着をぶん投げられて渋々着た。

「んー、最強ても相性とかあんだろ…ライラみたいな超遠距離が近接を得意とする奴を苦手とするみたいに…相性が重要になってくる」

「正直言って、負けなしってイメージはあるね」

華蛇はミューズの入れた茶をごくりと飲む。バイラールはふっ、と自慢げな顔をすると華蛇に蹴られた。

「全員が同じものの最強を冠するなんて矛盾だろ?人間性格違うみたく、それは長所にも出る!結果論っても、勝てる状況…己の土壇場に持っていくのは最強を創る1つの要だ」


ニヤリと微笑み、ライラはセアのあの時の言葉を思い出す。

『これをやるには条件が必要よ…一つ、ネックレスをもっていること』

ライラは首に掛けてあるネックレスを掴む。

『一つ、詠唱をすること』

すぅと息を吸い、気持ちを整える。

『そして、私の結界をぶち壊す覚悟があること』

(ぶち壊すだなんて…そんなの…)

「できるに決まってんでしょ!!」

ライラは真っ正面から向かってきたルシファーをライフルの末尾で力強く殴る。かはっ!と後ろに吹っ飛ばされる。ライラはその隙に詠唱を唱える。

「神の救済救い届かぬ闇夜に、月の輝を降り立たせよ!」


『最後、その天使の名前”ルーン”を言うこと…貴方の力が必要だってことを示しなさい』

「神の獅子”アリエル”」

アウトナイトが眩い光を放つ。


ぴちょん…ピキッ!

氷が少し溶けると割れた。結界から光柱が地上に降り注ぐ。白銀の髪、美しいドレスを纏う。光輪を背中ではなく、足に展開している。月と星の刺青が魅力を引き立たせる。

キフェの才による黒煙が晴れる。驚くキフェを横目にノーヴァは解除の詠唱をする。

「夜への介入は月、星の輝と共に鎮め…権能”夜”」

ノーヴァを中心としてどんどん暗くなっていく。何も見えない。唯一の救いとしてはアリエルが月としての役割を担ってくれているおかげで、立っていられる。

(慣れない…怖い、これが…)


「ホンとにね~、兄さんというか、夜の一族の長の権能って無茶苦茶なんだよね」

死骸の上に鎮座しながら観戦をしていたレヴィアタンが、クヴァレの罪人に八つ当たりしていたキルケに話し掛ける。不機嫌なままのキルケは苛立ちながらもノーヴァのことなので、目を向ける。

「権能って言うのは、神の血を開花させた原初一族と夜の一族の更に神化させた能力で、限られたものしか扱えない天賦の才…とでも言っておこうかな…神の血を引いてるだけなら私達にも当てはまるが、その血が体内に80%ある者を指すんだ」

「俺は権能使えねぇからわかんねぇよ」

ぐじゃ!臓器を潰すと辺りに血が飛び散る。すでに、黒くなった血もある。レヴィアタンはきったね~、と思いながらも解説を続ける。

「夜は視界が悪くなったり、ぶつかったり、思うように動けない…それと闇っていうのは古来から恐怖の対象、あそこでは無意識の内に恐怖を感じ、そして、それは権能を使う二人に伝達される…その分攻撃力が増したり、速くなったり…まっ、要は実質的な長二人の強化とその他の弱体化」

「弱点あんだろ?夜なんだから夜にならねえと使えねぇみてぇに!」

苛つきながらも会話をしてくれるキルケだが、怒りの矛先は目の前の雑魚に向けられている。聞いてね、とレヴィアタンが嗜めるとけっと唾を吐く。

「続けるよ、夜の一族は別名月鳥一族として知られている…月は太陽の光を反射しないと見えないだけで存在はするよ?”夜”の権能の行使条件はただ1つ、夜になること…だけど、兄さんは闇の象徴を”夜”だけじゃなくて”月”も含むことで月を視認すれば権能の行使ができるようになった…最悪だよ?こっちの領域に引きずり込んだと思ったら一瞬で領域ごと兄さんの領域プラネタリウムに引きずり込まれるんだから…真っ暗なのになーんで光を出すのかな~」

「要するに?」

解説から愚痴になってきたレヴィアタンにキルケはめんどくさそうにするも返事をする。レヴィアタンはキルケを下から見て、

「無理ゲー」

一言だけ言って立ち上がるレヴィアタン。

「どこ行くんだ?」

「そろそろ時間だからね、二人を迎えに行かないと…」

「諦めんのか?」

「今は勝ち目ないからね、早くしないと二人が死んじゃうよ?」

ハハッと緊張感のない目尻が下がって笑っているレヴィアタンをキルケは諦観する。


ノーヴァの”夜”に魅入られたソロモンは呆然と立ち尽くしている。しかし、そんな弟にも容赦なく祢々切丸を向けるノーヴァに、ソロモンは遅れながらも反応する。ノーヴァは僅かな冷気を感じとって、ソロモンの心臓ではなく、氷が出そうな範囲を斬る。それと同時にソロモンが広範囲の結晶と、それからできた結晶の剣を手にとってノーヴァに接近する。祢々切丸を吹っ飛ばそうと結晶の剣で触れる。すると、バキッと剣が粉々になった。

「は?」

ただ触れただけ、それなのに壊れた。その光景に驚くソロモンと、襲い掛かるノーヴァの間にキフェが割り込む。効力が落ちてしまったとはいえ、元祖の才により造り出された結界。何重にも結界を重ねて時間稼ぎをする。

(あれを見る限り、刀に痛みを付随した…その痛みは接触することで内側からの破壊が始まる、無機物に対しても…レヴィアタンめ、この能力を黙っていたな…)

レヴィアタンに静かにキレるキフェだが、ノーヴァが祢々切丸を振るう太刀筋を読み切り、反撃をする。

「あんたはいつもそうだ!俺の望みどころか、愚弟どもの願いも蔑ろに!!

誰があんたを殺そうなど!俺たちがどれだけ、あんたのことを慕っておもっているか!!」

寡黙で無表情なキフェが珍しく表情を露にしてノーヴァの勢いよりも過激になっている。

「俺はお前達に最高級の教育を施してきたが、俺はお前達が望むものは与えられない」

マナ魔法拘束系最上級 錠を落とす魔法シュロス

能力無効のデバフが付与された最高等級の拘束魔法、これを避けることができるのは同じ大魔法使いか、相当な狂人だけである。ノーヴァはその例外になる能力を持っていないので拘束された。

―しかし相手が悪かった…ここはノーヴァの領域プラネタリウム、内側の領域を封じても、外側の領域に魔法は押し潰される。



―魔眼、それは特殊能力を秘めた目…先天的なものであり、1つの海に一人しかいないという空想上の代物

「ぐっ!元祖に劣る雑魚が…調子に乗るな!」

ノーヴァが辺りを夜にしたことで形勢逆転した。ライラはサマエルの鎌で追撃する。夜は月が主役、太陽は夜では輝けない。それを知っているライラは七洋相手でも不利な接近に持ち込める。杖でライラの攻撃を受け流していたルシファーはにっ、と悪い笑みを浮かべる。

「お前も知っているであろうな、白夜の存在を!」

そう言ってルシファーは杖にありったけの力を込める。暗闇がふっ、と輝き出して”夜”というプラネタリウムの効力が無くなった。驚くライラに熱をもった杖を近づける。すると、高温の太陽がライラを焼き尽くす。悲鳴を上げるが、それは1秒にも満たぬ刹那。黒焦げになったライラを見てルシファーはなぜか不安な気持ちに襲われる。


「知ってるわ」

ズドン!!


不安を感じた直後、無常にも銃弾がルシファーの心の臓を貫いた。倒れていくなかで、ルシファーの瞳に映る全てがスローモーションになっていく。そこから、黒焦げになった何かがあるところも見えた。そこには何もなかった。

(なぜ、なにも…無いんだ?しかと、この目で捕らえた筈なのに…)

「それは神の毒”サマエル”にデフォルトで附けられている毒よ」

地面に寝転がるルシファーをゴミでも見るかのような目で睨み付けるライラが現れた。

「私の鎌に何度も当たったでしょ?そこから幻覚を見せる毒が発動されていたわ…アリエルを復活させてからはお前と距離をとっていたわ」

「的に、背を向けたというのか?」

「そうなるわね」

ライラがケロッと放つ言葉に驚愕する。


星星が輝きを失う宇宙空間、白色矮性を彷彿とさせるギラギラと、その者を視たものを焦がしてしまう光の髪を棚引かせる女、七洋を壊滅にまで追い込み、約600年間も表舞台に立てないようにした怪物


(あれは、背を向けるような…人間ではなかった、逃げるなぞ…まことに、今の女とあれは、同類であろうか…)

死に行くなかでルシファーはそう考えていた。それを察したライラはしゃがみこみ話し掛ける。

「あのね、貴方の大誤算は私が堂々と目の前に立っている、なんて思ったことなの」

(…)

「私ってね、弱いのよ…前線に出るなんて考えたこと無い、死にたくないもの…」

「それが、お前のスタンス…な、のか?」

ヒューヒューと息を荒げて、必死に話すルシファーにライラは高笑いをする。そして、銃を手にとって、

「私の神器これは特別なの、銃が貫く感触が私に伝達される…倒したと油断した時、予想していなかった処からの急襲、逃げることの出来ない銃弾絶望…」

ライラは銃に顔を当てる。頬を紅潮させて、目を細めてうっとりとした瞳のブルームーンが光を増す。ゲス顔とうっとりとした笑顔にルシファーはドン引きする。ライラはそれに構わず、

「引き金を引いて、肉を抉る感触…たった一瞬で総てすべてが崩れ去る絶望の顔…

ああ!なんて!最高の快楽愉しいのかしら!!」

ライラのスタンスを聞いたルシファーは塵となっていく体に最後の力を入れて言葉を発する。

怪物人外め」

「Hejdå《ヘイドー》」

塵となって風に吹かれるルシファーを見上げて、

「二度と貴方ルシファーとして会うことはないでしょう」



「ライラ~!大丈夫か?」

結界の中心で祢々切丸を携えているノーヴァはブンブンと祢々切丸を持っていない手を振る。それを見たライラはクスッと笑って近づく。

「七洋を倒したんだな」

「まぁねぇ~!セアが一回殺してくれたおかげで私も接近に持ち込めたわ…傷は負ったけど」

ライラはルシファーの鋭い一撃を受けた箇所に触る。手当てはしたが、まだ痛い。その点、ノーヴァは体を貫通はしているものの掠り傷程度の反応だ。

(七洋…俺と対峙しなかったのは父上の息子だからか?それとも…いや、)

「ライラ」

「ん?」

ノーヴァは考えを一旦放棄してライラに話しかける。

「正直に言うと、こちら側の戦力がどれだけ強かろうとクヴァレには勝てん」

ノーヴァの言葉にライラは目を大きく見開くも納得したような顔をする。

「でしょうね」

「あいつらは協力している、連携のとれた動きではいくら守護者”ガルディ”が絶対であろうと死人がでるぞ」

ライラは少し悲しげな表情をしてノーヴァの前を歩く。沈黙が生まれ、なんとも言えぬ空気になる。ノーヴァが言葉を発する前に、

「やっぱ第三者から見てもそうなら…より勝ち目が無いわね」

「………自覚が」

「あるわよ…でも、どうしてもセアが居ないんだって思うと手を取り合うなんて紅帝族私達には無理」

ライラの頭をポンと撫でて、大丈夫だと言う。

「ちゃんと手当てしよう」

そう言ってノーヴァの私室へと治療に向かう。バタン、と扉を開けると…

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