4章 夜の海

第13話 死別の痛み

『アリエル…よろしくね』

何もない虚空、白い光しかない場所に声が木霊する。翼を出している女姿の天使に誰かの手が添えられる。

「承知しました」


夜の海

その名の通り、1日の内、夜は20時間。太陽が顔を出すのはたったの4時間という異様な海。

その中の夜の一族の住まう星には、宇宙国家がない。その理由は多くあるが、最もな理由は北方の山、つまりはずっと冬なのだ

マイナス98℃にまで下がり、冷たい風が吹き荒れ、視界が真っ白。雪が降りしきり、草の一つも生えていない。そこに入れば、生きて帰ることは出来ない”死の星”と恐れられている。

『ここで合っているのですか?』

ザクッザクッ、と雪の上を歩くノーヴァに白練はブルブルと震えながら聞いてきた。

「合っているぞ…変わってないな、ここは…」

こんな人が絶望するような状況に陥っているのに、ノーヴァは昔のことを思い出している。

(これ、走馬灯ってやつでしょうか)

1000年振りの里帰りなので白練は仕方ない、と思っていたが、この状況下では走馬灯に近いと判断した。しかしながら、蛇は変温動物であるため、外からの影響を受ける。冬眠寸前の白練ではどうすることも出来ない。

『ノーヴァ様!』

「あー、ばれたか」

複数の気配に気づいた白練とノーヴァ。ざっざっと雪を踏み分けてそれは近づいてくる。

「スノーウルフ、ここに帝国がない理由の一つ…魔物が多すぎて防衛に回せるような人材や費用がない…だから、ここには帝国が存在しない、と言ってもお前は寝てしまったな」

冬眠に入ってしまった白練にカイロを仕込んでバックを閉じる。そうしている間にスノーウルフに囲まれた。ノーヴァは動かず、チラリと見る。

(総数は20、25くらいか?こういうのはボスを倒せば退いてくれるんだが…この感じだとボスが死んで焦っているのか?)

冷静に分析しながら、足を引いて構える。一匹のスノーウルフがノーヴァに襲い掛かる、その時、

ズドォォン!!!

(これは…)

遠くのほうから銃弾が飛んできて、スノーウルフの心臓を撃ち抜いた。怯える他のスノーウルフも一匹一匹仕留められていく。真っ白な雪が鮮血に染まる。

ノーヴァはしゃがんでスノーウルフの死体を見る。その全てが心の臓を狂いなく撃ち抜いている。そして、後ろを振り返り、高い場所にある冬木を見る。また、歩き出す。


ノーヴァの向いた冬木の近くに、銃口が見える。スコープからノーヴァが歩き出すのを確認した者はうつ伏せの体勢をやめて、立ち上がり、腕を高く挙げる。すると、雪が止み、太陽の光が降り注ぐ。

立ち上がって、被っていたフードを取るとブルームーンとボルダーオパールの瞳がキラリと輝く。


ピチョン、洞窟内に水滴の落ちる音が響く。洞窟の最も深き場所、人がいるのか疑うような処に大きな扉があった。ノーヴァは手に思い切り力を込めて扉を押す。

ギィィ!!

大きな音が鳴りながら扉がゆっくりと開いていく。扉の先には、地上が冬とは思えないような幻想的な光景が広がっていた。キラキラと光る青の木々や草、天井が夜空のように煌めいている。夜の一族の里は1000年前とは変わっていない。

「ノーヴァ、様…」

ノーヴァの姿を見た男メーツェが驚いたような表情をする。

「久しぶり…変わりないか?」

「はい…あなた様のことはライラ様に頼まれておりましたので…どうぞ、此方へ」

感嘆の声でメーツェが案内する。夜の一族には長専用の居住空間がある

”揺籃の間”、ここはライラが使用している部屋でもあり先代長ノーヴァ自身も使用していた。揺籃の間は長の研究資料などが多く保管されているため部屋数が多い。そこには多くの張り紙があり、思いつきで書いたのか、汚い。

その中の応接室ではなく、研究室に案内された。メーツェが3回ノックをすると、入って、という返事がきた。メーツェは扉を開けて、ノーヴァに一礼をする。ノーヴァが部屋の中に入ると、扉を閉め、”揺籃の間”を出ていった。

ミッドナイトブルーからターコイズブルーの腰まで伸びた綺麗な髪、黒スキナーパンツと革のコート、白のシャツに黒のネックレス、そしてシルバーとライトブルーの大きなイヤリングをつけている女が目に映る。

「パパ」

そう、この女こそがノーヴァの愛娘ライラ•エンプレス。守護者”ガルディ”の一人にして、2代目夜の一族長として一族を守っている。

「その眼帯…」

「あら、これ?魔眼が邪魔だからつけてるだけよ」

前髪でよく見えなかったが黒の布で出来た眼帯を後ろで結んでいる。

「私はこの600年、セアの張った結界を研究してきたわ…パパはどう思う?」

ライラがノーヴァに座るよう促しながら、尋ねてきた。用意された紅茶を嗜みながら答える。

「完璧、とでも言えばいいか…俺の見立てだと、現代においての猛者、元祖も含めた神聖時代の強者でも、これは破壊できない」

ノーヴァの答えにライラは少し困ったような顔をして言う。

「確かに私以外にも魔法使い、教会、帝国の研究所が結界について解析を進めてきたけど、どれも不発…それだけ完璧な代物…其故に仇となっているわ」

ライラは部屋の中にある水槽をなぞる。その中には多くのクラゲがいた。クラゲは温度によって数が増えたり、死滅することがある。適度な温度を保つこと、水が清潔であること、プランクトンを与えること…様々な手入れが必要になる。しかし、それは研究した結果からの知識である。

「どんなに完璧[綺麗]なものでも手入れ[磨く]ことを怠ってはいけないわ…此の世に永遠に輝き続けることの出来る宝石が無いのだから」

「そうだな…それよりも、この結界が壊れることはあるのか?俺には到底想像ができん」

「現状どうこうできるような魔法とかは開発されていないわ…だけど、手入れが出来ていなくて綻びが生じていることと、魔法技術の進歩によってある程度の結界効力が無くなってきているわ」

(時間の問題ということか…いや、600年も結界としての機能を果たしているこれは、そろそろ終わらせてもいい)

「ねぇ?パパ…できるの?」

「やってみせるさ」

紅茶を喉に通してノーヴァが言う。ライラはライムグリーンのクラゲにスポイトを使ってエサをやる。しかし、そのクラゲはプランクトンを無視して泳ぐ。他のクラゲがプランクトンに寄ってきた。

カチャ、とスポイトを置いて振り返る。

「今日はゆっくり休んで、パパの部屋はそのままだから」

「そうだな、明日また話そう」


ノーヴァには揺籃の間の昔使っていた私室を綺麗に掃除して使ってもらっている。ライラは研究室に鍵をかけて私室へと向かう。研究室は一族共有の研究について行っているが、私室もまた研究室のような場所となっている。ガチャッとドアを開けて、ライフルを軽く拭いて壁にかける。

ガサゴソと散らかっている机を漁る。

「あった」

ライラは古びた紙の束を持つ。束の埃を取り払う。そして出てきた研究の題名は、魂と肉体の時間逆行

ライラは捲ってじっくりと読む。そして、捲り、読む。その間に昔のことを思い出す。


竜胆色の癖ッ毛の髪、白と紫の、竜の紋章が入っている皇帝のような服。紅魔族最強ゲニウス•ニードホックである。

高貴な身分を表している服には血がついている。その血はゲニウスのものではなく、ゲニウスが抱えているセア。傷だらけ、動かない。冷たくなってしまったセアを見て、集められた守護者”ガルディ”は固まった。

「まだ、魂が新しい肉体に定着してないよ」

アパタイトキャッツアイの短い後ろ髪と肩にかかるまでの横髪、アップルグリーンとサルファーイエローの目に紅くラインを引いている。精霊王フォーセリア•ラトゥリア

「どうやって戻す気なんだよ!」

少し怒り気味のバイラールの肩を叩く、菫色”ヴァイオレット”の瞳を持つ男。透けるようなイージアンブルーの髪を水でできた紐で結っているが、地面につきそうなので肩に掛けている。

「言っておくけど魂の時間逆行は無理だよ…そもそも時間を司る力と言っても大幅な時間を操ることは禁忌とされる位誰も成功したことがない神業…そんなのを姐さんで試すの?」

眉をひそめて不快のオーラを出す海族長オーシャン•クラトス。海族特有の耳ヒレがキラリと光る。

「姐殿がそれを望んでいるのか…そんなことは解りきっている、違うか?」

淡桃色の目と髪、深い紅のリップ、腹の見えるノースリーブとチャック型のジャージ、そこからは入れ墨が見える。

「アストラ…お前が一番話してたでしょ、本当にそれでいいの?」

「じゃあ、何です?長の身体で実験をするんですか?正気の沙汰とは思えませんね」

「同意だ」

クロムオレンジの怪訝な瞳がゲニウスを見つめる。ローアンバーの髪を高く纏めている妖精王オベロン•ティターニア、その瞳は揺れ動かず反対の意思を示している。

「余はあやつのいない宇宙なぞ、意味がない」

口を開けたのは魔塔主ウェルテクス•マゴ、フォグブルーの髪を下ろし、漆黒の瞳を持つ。ウェルテクスの言葉は誰もが想っている。そんなこと言われなくても…ずっと…ずっと…


ふぅと息を吐き、紙の束を置く。あの後、オベロン、アストラ、バイラール、イニティウムの反対はあったものの、全員で研究した。結界、惨敗。オーシャンの言った通り、時間を操るという能力が今と違い曖昧だったこともあり、魂に関しての時間逆行は果たせなかった。

ライラは机の上の箱を開ける。その中にはエメラルド、ペリドット、グリーントルマリン、スフェーン、ミントグリーンベリルなど全て緑の宝石が入っていた。

「宝石でもセアの、あの瞳は表せない…美しく、燃えるような…最高の存在に…」

ライラはそう言いながら瓶に入っている目玉をじっくりと観察する。うっとりとした顔で嗤い、瓶を優しく触れながら考える。

私が少しでも弱っているところを見ればセアは必ず見てくれる、触れさせてくれる、優しい言葉をかけてくれる…セアは情に弱いもの…私だけを見て、私から離れないで

「絶対に、逃がさないわ…」

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