第10話 女帝の痛み

木製のテーブルの上にはお茶と月餅、浜菊の生けられた花瓶、同じ木製の椅子が四つ、四人がそれぞれ座る。

「悪いけどあたしはやめとく」

「自分も…今の生活に慣れてるから」

ノーヴァの話を聞いて二人は断る。そして続けて、

「あたし達の才は他のものとは違う…だけどあたし達自体、強くないんだ」

「そうか…」

「それに…」

「ミューズ!」

ミューズが何かを言おうとしていたが華蛇が止める。ミューズはぐっと堪える。それを見たノーヴァは茶を飲み干して席を立つ。

「邪魔をしたな」

あっ、と小さな声が漏れる。華蛇が立ち上がると、ノーヴァは部屋を出る。バイラールも立ち上がってノーヴァを追いかける。気になるのか何度か振り返っていた。二人の気配が無くなると、ミューズが口を開く。

「ねぇ…言った方が良かったんじゃない?…」

ミューズがか細い声で言う。しばし、沈黙が流れる。

「言わなくても分かってるよ」


「聞いた方が良かったんじゃないか?」

船に乗っているとバイラールが言葉を掛けた。

「いや、メガトロンはもう死んでる」

「えっ!」

ノーヴァの返答にバイラールは驚く。島で見た色とりどりの花畑、一見華蛇の才で溢れているものだと思うが違う。あれは華蛇の弔い。

「あの子はいつもそうなんだ…態度には出ないが華には出る」

ノーヴァが昔のことを思い出していると、バイラールがしっ、と指を口に当てる。ノーヴァは動くのをやめる。

しゅん!しゅん!

「お前ら、兄貴を黄金郷の湖”エル・ドラード”に運べ」

それを言ったと同時に水中から仮面を被った堕神が現れた。修道服に似たような姿で弓を持っている。

トン、と船から飛び降りて水の上に立つ。バイラールの周りには小さな光が見える。

「バイラール、悪い!」

船がすっとんで島へと向かう。フッ~、と息を整えると周りの光ではなく水の妖精が堕神を威嚇している。

「俺も最強の一人なんだぜ」


バイラール達が急襲を受けている時、華蛇達も大量の吸血鬼を倒していた。

ミューズが歌う。それを聞いた吸血鬼は気分を悪くして倒れた。

”旋律”、ミューズの歌声を聞いた者は悪夢世界ナイトメアに強制的に引きずり込まれてその人にとっても悪夢を見させる。この世界では、本人は程度によるが1年流れたような気分でも、現実世界ではたったの1秒しか経っていない

「っ!」

ミューズに急接近した吸血鬼は身体中にトゲを刺されて血を流して倒れた。

「ありがとう!」

「数が多いね、仕方ない」

華蛇が水瓶を傾けると水が流れ出る。そして水に触れた地面に薔薇が咲き乱れ、大量のトゲが四方に乱れ刺さる。

“花鳥風月”、華を生み出す能力だけでなく、花びらを武器にする。また、華の毒やトゲなど、それぞれの特出した部分も武器として扱うことが可能

「ふう…まったくどうなってんだい」

襲撃してきた吸血鬼は常軌を逸している様子、この島内に入ることが出きる時点でおかしい。

(この宇宙全土に張られている決壊自体が弱くなっているのも影響しているんだろうね…)

「あらあら」

聞き慣れぬ声に二人はビクッと反応する。ワインレッドとホワイトの髪色、真っ赤な燃えるような瞳、留め具で白いマントを腕から掛け、妖艶な体を黒いドレスで身に包んでいる。大きなチョーカーにシルバーを基調とし、真っ赤なルビーを使ったアクセサリー。不思議なオーラを纏う美女。


―”情”の元祖、彼の者あらゆる者の情を呑み込みし者也

 情を喰い、味わい、呑み込む

 情に溺れし者、彼女に服従せし


吸血鬼女王3女”情”の元祖ラミア・ダエモン

(嘘…)

(まじ?)

「もうちょっと抗ってもらわないと…私が愉快[リスク]を犯してまで来た意味がないじゃない?」

ラミアが頬に手を当てながらそう話すと、倒れたはずの吸血鬼が立ち上がった。しかし様子が変だ。先ほどの威勢がなく、ラミアに怯えている。

「悪夢世界ナイトメアはあなた本体を軸として行われる…歌声を聞いても視界に捉えない限り苦しみこそすれ、倒れることはない」

(無茶苦茶だね、確かにミューズを見ない限り倒れることはない…だけど、その状態だと悪夢を見続け、苦痛を感じながら闘うことになる…そんなことを!)

「いいじゃない、苦しみながら闘うなんて人生の摂理じゃない?」

華蛇の考えていることを見透かしているようにラミアは悪い笑みをする。

「当ててみなさい、私に」

ラミアが言っている意味が分からなかったが華蛇がトゲの攻撃をラミアに当てる。

ザシュッッ!

身を抉る音、ポタポタと血が流れる。それは華蛇の体から。華蛇は仕留める気でいたから攻撃もそれなりに強力なものを使った。

「記憶は肉体に刻まれ、魂も肉体に定着していないと自我のある生物は存在しない…私にとっての情は魂に連動する、私の肉体に刻まれたものは魂を介して他者に移るの」

「クソッタレ!」

「お姉ちゃん…」

地面に膝をついてダラダラと血の流れる腹部を押さえる。

「アッハハハ!良い顔になってるわよ?やっぱり痛みがないといけないわよね…人生だもの!」

高らかに笑うラミア、ミューズは手に持てるような小さなハープを取り出して演奏しようとすると、

「あら、精神にくるものでも全て華蛇にいくわ…でも、それを見る機会は中々無いから…ねぇ、やってみせて」

完全に目が笑っていないラミアに恐怖を感じているミューズは動くことができない。華蛇はそれよりもラミアの周りにいる吸血鬼を警戒している。

(ラミアはあたし達同様戦闘タイプじゃない…トドメを刺すのはそっち!)

ぐっと痛みが回る体に力をいれて”花鳥風月”を発動させようとした瞬間、血の海と化す。そしてその血が動き出して一本の槍に変化した。

(この才は…)

余裕な笑みを張り付けたラミアは辺りを見回す。しかし、誰も見えない。

「出てきたらどう?イニティウム御姉様」

ラミアがそう言うと一人の女が出てきた。黄金の髪をかきあげバングにして、黄金の宝石を持つ瞳、大きな金のピアス。それを黒のブラウスがより引き立たせている。

血の女帝次女”血”の元祖イニティウム•テオス

明らかにレベルが違う。

「私を殺す気ね」

「はい、その通りです…ですが代償は必要なようです」

(!)

「華蛇、貴方には死んでもらいます」

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