第6話 勝算の痛み
「なあ、白練…お前人前とかじゃなくてもあんまり喋らないよな」
鷹司家の邸、客室で寛いでいたノーヴァが白練に聞いた。
『…眠りに入っているのです』
「そうか」
『ええ、自然と…ご主人と一緒にいる夢を』
白練が話していると、ノーヴァは立ち上がって、窓を開ける。中央の方から、異様な気配を感じた。
「ヒュドラだな」
「へえー、すんげ…よくわかんね」
窓の外から声が聞こえた。ノーヴァは声の主に目を向ける。下半身だけズボンを穿き、肩からはローブを着ているが胸や腹は見えている。金と青の指輪やネックレスやバングル、極めつけはウセクを見に纏っている。蘇芳色の髪、女郎花おみなえしの瞳がギラギラと光っている。張り付けたような笑顔だ。
「もう分かってると思うけど、二条家当主二条良元…最も隠密に長けた明帝族だよ」
「そうか」
「警戒しなくてもだーいじよーぶ♪ ノーヴァさんに頼みたいことがあるんだ」
「群衆ならどうにかなるぞ」
ノーヴァの返事に良元は猫のような表情をして、驚くと共に感謝する。
「じゃあ、そゆことで」
立ち上がってヒュドラの方へ向かおうとする。
「本当にそれだけでいいのか?」
ノーヴァの問いかけにピタリと止まるが、振り返りはしない。
「今回の騒動の黒幕は元祖、ボクは元祖を信用してない…だけど使えるものは使う主義なんだ、それに…ボスを倒す役目は、ここの管理者だよ」
良元の顔から一瞬笑顔が無くなったが、すぐに戻った。よろ、と言って目の前で姿を消した。
―”聲”の元祖、彼の者数多の言葉に耳を傾け、最良を導き出す
美しき声と世界全ての言語を巧みに使いこなし、人々の心を揺れ動かす
彼女、王族の一員として恥ずべき無き絶世の美女である
47女”聲”の元祖クレオパトラの”演説”は聞いている者の心を揺れ動かし、自分にとって有利に働くようにすることができる。それは才だけでなく、出自にも関係している。彼女はエジプト文明の最後の女王であった。王家の人間にとって民の上に立つための演説は必須の学問であった。演説の間のとり方、抑揚の付け方などを学び磨き上げた。またクレオパトラのずば抜けた語学の能力を発揮した。言葉を伝えるのに、言語が異なれば伝わらない。
「魔獣どもと私達のコミュニケーションは違う…だが、クレオパトラにはそれができる」
兼平と基実が歩きながら、この黒幕であるクレオパトラについて話す。
「…戦闘系の元祖じゃねえんなら良いじゃねえか」
「ああ、クレオパトラは良元だけで十分」
歩みを止めて、目の前の高位魔神族であるヒュドラを見る。
(9つの首、それを支える巨大な胴体、吐き気をもよおす猛毒…伝承通りだ、巨体故に動きが遅いな)
「兼平!」
基実が合図すると同時にヒュドラの周りに紫色の小さな塊が出現して、兼平めがけてぶつけてくる。それを避けると、地面がしゅうう、と音を立てて溶けてしまった。
兼平が気を用いて攻撃しようとすると、
ドン!
多くの民衆が押し寄せてきた。それを見た兼平はクレオパトラに殺意を覚えた。すぐに民衆から離れて、ヒュドラを倒そうとすると、民衆もヒュドラの方へ歩いてくる。
「どこまでも卑劣な女だ」
怒りを込めた言葉を吐いても、ヒュドラは関係ないように毒ではなく巨大なしっぽで民衆を叩こうとする。基実が刀を抜いて、一瞬でしっぽを叩き斬る。
「兼平、オレは難しいことを考えんのは無理だ」
「…そうだな」
兼平は催眠状態に入っている民衆に向き直る。そして、ツァン高原の方まで走った。
(え)
兼平の行動に、一番驚いたのは基実だった。
「私はこいつらを安全な場所まで誘導する!それまで時間を稼いでいろ!」
その言葉通りに民衆は兼平についていった。先ほどまで人が溢れかえっていた広場は、ヒュドラと基実だけになり、戦いやすくなった。
「さすが兼平、みんなを傷つけることなんてできないもんな!だけどよー…」
ばっしーん!!
しっぽを斬られたことによって苛立っているヒュドラが毒の水を滝のような物量で流してくる。
「こんな怪物…どう倒しゃいいんだよ」
「坊や、さっさと退いたほうが身のためじゃない?」
黒のドレスに合う毛皮のドレスショール、波打つセンター分けの金髪と紅桔梗の細長いつり目、首が見えないほどのチョーカー型のネックレスを身につけた47女”聲”の元祖クレオパトラ
「それもそうかもね」
そう言うのは、クレオパトラを守っている大量の魔獣。推定1000体、普通なら逃げることを選ぶが、
「ボクは元祖でもお前になら勝てるよー」
良元の悪意のない無自覚な挑発にクレオパトラは魔獣の言語で指示を出す。すると、地面に潜伏していた魔獣が一斉に良元を襲う。
「やってみなさい、俺を殺せるならな」
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