2章 和の海
第5話 待望の痛み
和の海
天然温泉やサクラなどの自然物、工芸など多くの文化的なものが存在する観光の名所
今も多くの観光客で賑わっている
その中でも最大の国、倭雷光國
四摂家と呼ばれる4つの家門が統治を進めており、それぞれの当主には不思議な力が備わっている
「と、ヴァイスが言っていた」
『よく覚えていますね』
「……」
蝶と話が終わった後、ヴァイスにみっちり、10時間も宇宙情勢やら、それに関する歴史やらを叩き込まれた。1000年より長い時間だったと頭を痛める。
「ヴァイスには鷹司の当主に話を通しておいた、と言われたんだが…」
鷹司家領地セヴァーン渓谷、水が最もきれいな都市”水の都市”と呼ばれる。当主は口数が少なくて無愛想だが領民からの信頼が厚いらしいから、喧嘩を吹っ掛けてくることは無いだろう。
「おーい!!」
遠くの方から誰かが手を振っていた。近づいていくと、鮮緑の髪をポニーテールにしている袴の男。屈託のない眩しい笑顔に圧倒される。
(孔雀緑の目…)
「近衛?」
「お!合ってる合ってる!オレは近衛家当主近衛基実…兼平にパシられてあんたを迎えに来た!」
(パシられて…)
ノーヴァは複雑な考えになりながらも、元気よく案内してくれる基実の後を追う。町から少し離れた場所には大きな邸があった。上品な造りで、中庭には大きな池がある。邸の中には小さな滝や大きな滝があって、水で充たしているかのような造りになっている。
邸の奥にある襖を勢いよく開ける。
「帰った!!」
「喧しい」
ベシン!!
基実の顔面に手鞠が直撃する。奥にいる人物、肩と背中をだす次縹の抜き襟、それを引き立たせるリボンの形に似せた金青の帯、薄浅葱のつり目と口紅、白縹の髪。
不機嫌そうだが、とても麗しい女性。近寄りづらく、話しかけることは叶わないだろうが、ノーヴァは知っている。
51女”詞”の元祖鷹司兼平
「今は相応しくない」
ノーヴァが口にだす前に兼平が遮る。
「立派になったな」
「なあ~、立ち話もなんだし」
基実が大量の茶菓子とお茶を用意する。そしてノーヴァに座るように促して、襖を閉めた。書き物をしていた兼平はそれを片付けて話をする。
「ヴァイスからある程度のことは聞いた」
「それでなんだけどよ…オレらは今大切な案件があるから暫く滞在してもらっていいか?」
「構わんぞ」
申し訳なさそうな顔をしていた基実だったが、ノーヴァの返事を聞いてパアッと明るくなる。
(昔お世話していたみたいだな)
ほのぼのと和んでいると、基実が、
「なあ!兼平、ノーヴァさんに町案内してきていいか?」
「…終わったら仕事しろよ」
「うぃーす!」
兼平の許可が下りて、またもや元気に鷹司家の邸を飛び出していく。
近衛家領地グリーンランド、温泉の有名どころで多くの人が楽しんでいる。ノーヴァと基実は足湯だが、それでも満喫している。
「ここはセヴァーン渓谷から流れ出る水が、近衛家の力で温められて温泉になってるんだ!」
「ほぉー…魔法の一種か?」
「んー」
みたらしを食べながら話をする。
「よくわかんねぇけど、”気”かなぁ…マナ魔法とか、古代魔法とは違って研究の仕様がなくて、四摂家の出自しか使えねぇらしいぞ」
(なるほど…魔法技術が進んでも原理が似て非なるものなのか…これは大きな戦力になりそうだ)
みたらしと三色団子を食べ終えた基実は立ち上がって、次行こうぜ、と言う。
二条家領地ツァン高原、宇宙の全てに吹く風の最終地点で、年中気候がいいことから商店街が立ち並ぶ。
「そういやノーヴァさんて、刀使うのか?」
「昔嗜んでたくらいだからな…」
商店街の鍛冶屋を見ているときに基実が聞いてきた。
「…おじちゃん!ノーヴァさんに会う刀ってない?」
大きな声で店主に聞く。すると手のひらにのるくらい小さなドワーフがひょっこりと出てきた。
「ヌ!」
「あー、大太刀があるのか!」
何言ってるかノーヴァには理解できなかったが、基実は店主と相談をしている。ちょいちょいと手招きをする。二人についていくと、試し斬りができる場所に案内された。
店主が片手で刃長が90cmはある刀を持ってきた。ノーヴァがそれを持つと、鞘から小さな光が見える。
「ぬー…ヌッヌッ!」
「えーと、それは山金造波文蛭巻大太刀と言って…」
「ヌ、ぬぬん」
「誰の手にも馴染むが、少しでも悪い考えを察知すると持っている本人を斬る恐ろしい刀…うわ怖」
「ヌーヌ~」
「だが、本人の危険を察知すると、刀の道筋を教えて本人を守るという守護刀の役割を果たす…」
店主の言葉を翻訳して基実が説明する。聖人にしか使いこなせないが、威力が絶大で刀に付与された能力も相まって戦争になることが度々ある。これを造った者の手から離れて、永い年月を経て、ここにたどり着いたのだろう。
「ヌヌ!」
店主が近づいてきて、ノーヴァに手を伸ばす。なんとなく、触れ、と言われているような気がした。ノーヴァは店主の小さすぎる手にちょんと触れる。
『店主、これを渡してくれ…誰に?それはその時になったら解る』
頭の中に女の声が響く。顔が見えず、誰かは分からないがノーヴァには理解できた。
「ヌ、」
「尊敬するヒトからの頼み」
「ヌゥ」
「やっと果たせた…どした、急に」
店主の言葉を翻訳した基実は頭にはてなマークを浮かべる。
(…俺が来ることを想定していた、のか?)
ノーヴァは疑いながらも店主に向き直る。
「待たせてしまって悪かったな、大切に使わせてもらおう」
「ぬ!」
ノーヴァは山金造波文蛭巻大太刀を持って店を出た。
(確か、これは…)
「寧々」
ノーヴァがそう言うと山金造波文蛭巻大太刀は急に消えた。それを見ていた基実は目をパチクリさせて驚く。開いた口が塞がらないまま、ノーヴァと消えた山金造波文蛭巻大太刀に目線を忙しなく向ける。
「これには空間技術が付与されていて、寧々という言葉でそれ専用の異空間に収納することができる」
「しらんかった…」
しゅんとしょげる基実の頭をがしがしと撫でて、気にするなと励ましの言葉をかける。そして鍛冶屋の店主について、ふと考える。
(ヒトを信じ続けることが難しい世の中で、一体何を信じて待ち続ければ良いのかなんて誰にも解らん…あの店主の人生は待望の痛みにしておこう)
夜が更ける頃、兼平は書物を開いていた。それは、潜入先での情報が書かれてあるもの。
“魔神族きたる、元祖の鼓舞”
ぐしゃりと書物をくしゃくしゃにする。
「私たちがお前を殺してやる」
そう不吉なことを言い放つ。蝋燭の火がユラユラと揺れ動く。
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