第4話

香織と涼介は、名人戦の対局映像を分析するために再び探偵事務所に戻った。事務所の一角には大きなスクリーンが設置されており、対局の映像が再生される準備が整っていた。


「映像を細かくチェックして、藤崎名人の不自然な動きを見つけ出すのが目標だね」

と涼介が言うと、香織は頷いた。


「そうね。特に松本さんが最後に手にした駒の動きを注意深く見てみましょう。」


映像が再生され、藤崎と松本が集中して対局している姿が映し出された。盤上の駒が次々と動かされ、緊張感が画面越しにも伝わってくる。香織と涼介は、細部にまで注意を払って映像を見つめた。


「ここを見て」

と香織が言い、リモコンで映像を一時停止した。画面には、藤崎が持ち駒を駒台に置く瞬間が映っていた。


「この動きだ。藤崎が持ち駒を置くふりをして、実際には毒を仕込んだ可能性が高い。」


涼介もその場面を凝視し、

「確かに、普段の動作とは少し異なる。手の動きが微妙に緩慢だ。」


二人はその部分を何度も再生し、さらに詳細に確認した。藤崎の指先が駒に触れる瞬間に、微妙な違和感があったことを見逃さなかった。


「これが決定的な手がかりになるかもしれないわ」と香織は言った。


映像を繰り返し確認する中で、香織と涼介は藤崎の動作に不自然な点をいくつも見つけた。特に、彼が駒を置いた後に一瞬だけ袖に手をやる動作が怪しかった。


「この動き、何かを隠しているように見える」

と涼介が指摘する。


「ええ、確かに。袖に何かを隠し持っていた可能性があるわ。毒を仕込むための道具かもしれない」と香織が同意した。


さらに調べると、藤崎が駒を持ち上げて駒台に置く際、その指がわずかに震えていることがわかった。これは、毒を仕込むための動作であった可能性が高い。


「この映像を元に、警察に協力を依頼しましょう。藤崎名人の動きを詳細に解析してもらう必要がある」と香織が提案した。


「そうだね。これで少しずつ全貌が見えてきた。次は、藤崎と松本の過去の因縁を詳しく調べる必要がある」と涼介が応じた。


香織と涼介は、藤崎と松本の過去の因縁について調査を開始した。二人は将棋界での過去の記録や記事を調べ、二人がどのような関係にあったのかを探った。


「藤崎名人と松本さんは、同じ師匠の下で修行していた時期があるわね」

と香織が資料を読みながら言った。

「特に、十年前のタイトル戦での直接対決が注目された。」


涼介も別の資料をめくり、

「ここに書いてある。あの対局は、松本さんが藤崎名人に勝利したことで大きな話題になった。その後、藤崎名人は再び頂点に立ったけど、あの敗北は彼にとって大きな屈辱だったみたいだ。」


「その対局の映像も確認してみましょう。何か手がかりが見つかるかもしれない」

と香織が提案した。


次に、香織と涼介は、藤崎と松本の共通のライバルである中島修二に話を聞くため、彼の自宅を訪れた。中島は将棋界でも有名な実力者であり、藤崎と松本との関係をよく知っていた。


中島は快く二人を迎え入れ、リビングで話をすることになった。


「松本さんの件について、あなたの知っていることを教えていただけませんか?」

と香織が尋ねる。


中島は深いため息をつき、

「あの二人は長い間、激しいライバル関係にありました。特に藤崎は、松本に対して強い対抗意識を持っていました。あの十年前の敗北が彼にとって大きなトラウマだったのです。」


「具体的に、どのようなことがありましたか?」と涼介が質問を続ける。


「当時、藤崎は無敗の名人として君臨していましたが、松本との対局で初めて敗北を喫しました。その後、藤崎は松本に対して冷淡な態度を取り続け、二人の関係はますます悪化していったのです」と中島は語った。


「その後の対局では、藤崎はどのように対応していましたか?」と香織がさらに掘り下げる。


「藤崎は、松本を徹底的に分析し、次の対局で完璧な勝利を収めました。しかし、心の中ではその屈辱を忘れることができなかったようです。彼の行動からは、常に松本への強い敵意が感じられました。」


「中島さん、貴重な情報をありがとうございました。この話は非常に参考になります」

と涼介が礼を述べた。


「どういたしまして。私も松本さんの死を悼んでいます。一刻も早く真相が明らかになることを願っています」と中島は言葉を添えた。


香織と涼介は、中島の証言を元に、藤崎と松本の過去の因縁が今回の事件にどのように関わっているかをさらに深掘りすることを決意した。

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