第3話

門司港の風が心地よく吹き抜ける朝、香織と涼介は将棋連盟の関係者に会うために連盟のオフィスを訪れた。連盟のオフィスは古い建物の一角にあり、静かながらも歴史の重みが感じられる場所だった。


「おはようございます、三田村です。こちらはパートナーの藤田です」と香織が名乗ると、連盟の理事長である北村健が迎えてくれた。


「お待ちしておりました。松本さんの件についてお話を伺いたいのですね」

と北村は穏やかな表情で応じたが、その目には緊張が見て取れた。


「はい、松本さんと藤崎名人の関係について、そして対局当日の状況について詳しくお伺いしたいと思います」

と涼介が言葉を添えた。


北村は深く息を吸い込み、少し間を置いてから語り始めた。

「松本さんと藤崎名人は長い間ライバル関係にありました。特に最近の対局は注目を集めていましたが、二人の関係は決して悪くはなかったと思います。ただ、藤崎名人が名人戦での連勝記録を守り続けていたことが、松本さんにとっては大きなプレッシャーだったのかもしれません。」


「対局当日の藤崎名人の行動について、何か気になる点はありませんでしたか?」

と香織が尋ねると、北村は少し考え込んだ。


「特に異常は感じませんでしたが、対局後に藤崎名人が控室に戻った際、普段よりも少し落ち着いていたように見えました。まるで、結果を知っていたかのように…」


その言葉に、香織と涼介は互いに意味深な視線を交わした。


「ありがとうございました。もう少し詳しくお話を伺うために、またお時間をいただけますでしょうか?」

と涼介が礼儀正しくお願いすると、北村は快く承諾してくれた。


香織と涼介はホテルの一室に滞在している藤崎名人の部屋を訪れた。ドアをノックすると、落ち着いた声が中から聞こえてきた。

「どうぞ、お入りください。」


部屋に入ると、藤崎恭一が静かに座っていた。彼の部屋はシンプルだが整然としており、窓からは門司港の美しい景色が広がっていた。藤崎は微笑みを浮かべながら、二人を迎え入れた。


藤崎恭一は45歳という年齢にもかかわらず、その姿は若々しく、どこか神秘的なオーラを纏っていた。身長はおよそ180センチメートルと高く、スラリとした体型が一層の品格を感じさせる。彼の髪は短く整えられた黒髪で、わずかに灰色がかっている部分が彼の経験と知恵を物語っていた。


彼の顔立ちは端正であり、特に鋭い目つきが印象的だ。その目は常に冷静で、相手の心の奥まで見透かすような鋭さを持っている。瞳の色は深い茶色で、どこか無感情に見えるその目は、多くの対局者にとってプレッシャーを感じさせるものだった。


鼻は高く、口元は引き締まっており、微笑むことは少ないが、その微笑みには冷ややかさが含まれている。口角がわずかに上がるその表情は、真実を知り尽くした者だけが持つ余裕のようでもあった。


彼の肌は浅黒く、長時間の屋外活動よりも室内での熟考を重ねてきたことを示している。いつもきちんとしたスーツを着用しており、シャツの襟はきっちりと留められ、ネクタイも完璧に結ばれている。彼の服装からは、自己管理の厳しさとプロフェッショナルとしての誇りが感じられる。


また、藤崎は細かな仕草にも気を配る人物であり、指先まで整えられていることがわかる。その手は長年の将棋の対局で培われたものであり、静かに駒を持つその手つきには、熟練の技術と繊細さが感じられる。


「お待ちしていました。三田村さん、藤田さん。松本さんの件でお話を伺いたいとのことですね。」


「はい、藤崎名人。対局当日のことをもう少し詳しくお伺いしたくて」と香織が切り出す。


「もちろんです。どうぞ、何でもお聞きください」

と藤崎は穏やかな表情を保ちながらも、その目には冷静な光が宿っていた。


「対局中、松本さんの様子に何か変わった点はありませんでしたか?」と涼介が尋ねる。


藤崎は少し考え込み、

「松本さんはいつも通り真剣に対局していました。ただ、途中で一度、駒を持つ手が微かに震えているのを感じました。おそらく、緊張していたのでしょう」と答えた。


「対局後、控室に戻られた際に何か特別なことはありませんでしたか?」と香織が続ける。


藤崎は軽く首を振った。

「特に変わったことはありませんでした。ただ、私は控室に戻った際に一度だけ外に出て新鮮な空気を吸いに行きました。その時に、松本さんが控室で倒れていたことを知り、驚きました。」


香織は部屋の中をさりげなく観察していた。藤崎の持ち物は整然と並んでおり、特に目立った異変は見当たらなかったが、彼女は何かが引っかかる感覚を覚えた。


「藤崎名人、ありがとうございました。もう少しお時間をいただけるようでしたら、後日またお話を伺わせていただきます」と涼介が礼を述べた。


藤崎は微笑みながら、

「もちろんです。私も松本さんの件には心を痛めています。一刻も早く真相が解明されることを願っています」と言葉を添えた。


香織と涼介は部屋を後にしながら、藤崎の言葉とその冷静な態度に違和感を感じていた。部屋を出ると、涼介が静かに言った。

「彼は何かを隠している気がする。」


「ええ、私も同じ感覚を持ってるわ。」

と香織が応じた。

「次は、藤崎名人の過去の対局を詳しく調べてみましょう。そこに何か手がかりがあるかもしれない。」


こうして、香織と涼介は事件の真相に迫るための新たなステップを踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る