51話 むかしのこと、いまのこと

 今から千年前、神々は十振の聖剣を作って人に与えた。

 しかし聖剣と人間の契約方法に関して最善ではなかったと感じた神々は時を経て、最後にもう一振の聖剣を生み出した。


 その十一振目の聖剣を手にしたのは、十八歳の青年、レオン。


 平民の出身だったレオンは、貴族や一部の神殿関係者から疎まれた。貴族や神官たちを嫌って神殿に近寄らず、そのせいで魔物の発する瘴気に蝕まれていたことにも気がつかなかった。

 さらに彼の幼馴染であるエルゼが大神殿から追われたせいでレオンは暴走する。一人の貴族を脅し、大神殿から神木の枝を盗ませたのだ。

 これを故郷の村に植えようとしたが、エルゼに拒まれたことにより、傷心のレオンは枝を持ったまま村を離れる。遠い北の地へ行って精霊に出会い、魔物に変わってしまった自分を知り、そうしてレオンは命を絶った。


 当時の大神殿は、意に従わないばかりか禁忌の枝まで手にした『初の十一振目の聖剣の主』に関し、すべての記録を抹消した。

 そのため後世ではただ、十一振目の聖剣が存在したという事実しか分からなくなってしまった。



   *   *   *



「これが、四百年前におきたこと」


 ローゼは過去の話をそう締めくくった。


「あたしがグラス村に戻って来て神降ろしをしたのは、レオンとエルゼを会わせてあげたかったからよ。エルゼはこの村の人だったし、レオンは聖剣の中にいるからなの」


 言ってローゼは机の上に聖剣を置く。


「ねえ、アーヴィン。……レオンは最期、何だったと思う?」


 レオンは、最期の自分を「魔物」だと言い切っている。

 神は、「聖剣は人を斬った」と言っていた。


 アーヴィンは、ローゼの目を見ながら静かに答える。


「魔物でもあり、人でもあったのかもしれないね」

「両方ってこと?」

「そう。――彼の魂は大部分が魔物だったかもしれないけれど、人の部分も残っていた。『人』である部分は聖剣と協力して魔物の部分を倒したあと、聖剣に融合して今に至る。ということでどうかな」

「そうね、いいかも」


 レオンは特に何も言わない。おそらくレオン自身もどうなっているのか分からないのだろう。


「……天の剣に、地の力か……」

「え?」

「いや、なんでもないよ。――さて、ローゼ。今の話はここに書き残した。これを大神殿に届ければ、少し面白いことになるかもしれないね」

「……うん、そうかも」


 四百年のあいだ謎だった十一振目の聖剣の話を、当代の主が持ち出してきたのだ。

 内容の真偽も含め、大神殿内でも議論が起きる可能性はある。


「ローゼはこれをどうしたい?」

「どう……」


 つまりアーヴィンは、この話を大神殿に届けるかどうかを聞いているのだ。

 それならば先に意見を聞いてみるべき相手がいる。


「レオンはどう思う?」

【好きにしろ】


 当事者は心の底から興味がなさそうに言い切った。

 そうなると決めるのはローゼだ。どうしようかと腕組みをして天井のしばらく紋様を見つめ、ようやく顔を戻して口を開く。


「あたしは、世に出したくないな」

「分かった」


 立ち上がったアーヴィンは部屋の端へ行き、持っていた紙の束を何のてらいもなく暖炉に落とした。流麗な文字が炎の中で踊る。紙はなかなかに高価だから、ローゼの口からは思わず「もったいないなあ」との言葉がついて出た。


「でも、それでよかったの? あたしに内緒で大神殿へ提出すれば、お手柄ってことで出世できたかもしれないよ?」

「別に嬉しくないな」


 彼の苦笑は本心からのもののようだった。そこでローゼはふと疑問に思う。


「もしもあたしが『いいよ』って言ったら、大神殿に送った?」

「送らなかっただろうね」

「じゃあ、なんで書いたの?」

「書いてみたかったんだよ」


 晴れ晴れとした表情をしている彼の言動の意味が、ローゼにはさっぱり分からなかった。


「それにローゼはきっと『送らないでほしい』と言うと思っていたからね、良いんだ」

「そう……」

「ところでローゼ。一点だけ許可をもらいたいのだが」

「なに?」

「ローゼが聖剣を手にした件を、私から大神殿に連絡しても構わないだろうか」

「別に、いい――」

「まさか鳥文とりぶみを送るつもりでいらっしゃいますの!?」


 横から声をあげたのはフェリシアだ。


「こんな重要な内容を、神殿側から連絡なさるなんて!」

「駄目なことなの?」

「おそらく前代未聞ですわ」


 真剣な表情のフェリシア曰く、大切な連絡というものは大神殿から神殿へと伝えられるのが慣例らしい。もしも神殿が先に情報を入手したとしても、大神殿へと伝わることが分かっているものであれば、神殿側ははばかって大神殿へ連絡したりはしないそうだ。

 別にとがめがあるわけではないが、大神殿にも体面と言うものがある。神殿もそれを尊重するのだと。


「そ、そうなの?」


 フェリシアの話を聞いたローゼが慌てて顔を向けるけれど、グラス村の神官は特に態度を変えない。


「確かに、そういう慣習はあるね」

「あるねって……分かってるのに、あたしのことを大神殿に連絡するつもりなの?」

「もしも連絡したとしても、ローゼには迷惑をかけないよ。――鳥なら二日で大神殿に行ける。風向きさえ良ければさらに早く着くから、今から鳥を飛ばすならアレン大神官より先に大神殿へ到着するかもしれないな」


 ローゼは目を見開いた。

 しばらく考え、長椅子から立ちあがり、暖炉の傍で灰青の瞳を見あげる。


「アーヴィン、聞いて。あたし、古の聖窟へ行って、神様から聖剣をもらったの。なのに外に出たら誰もいなかったのよ。どうしたらいいのか分からなくて混乱して、ついグラス村まで戻ってきちゃった。……だけど冷静になって考えたら、大神殿へ行くべきだったかも。だって今ごろ大神殿で、アレン大神官があたしに関してあることないこと吹聴してるかもしれないの。アーヴィン、あたし、どうしよう……」


 思いきり棒読みだが、アーヴィンはそれに言及することなく慈愛に満ちた笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ、私が今の話をしたためて大神殿に送り、今後に関する指示を仰ごう。ローゼは何も心配することはないからね」

「良かった! アーヴィン、ありがとう!」


 ため息を吐いた長椅子のフェリシアが、「わたくしは何も聞かなかった。と、いうことにいたしますわ」と呟いた。

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