村娘は聖剣の主に選ばれました ~選ばれただけの娘は、未だ謳われることなく~

杵島 灯

道が分かれた最初の日

 ローゼは目の前の景色を呆然としながら見つめた。


 かなり低くなった陽は広々とした草原を昼間とは違う趣の緑に染めている。

 しかし草原にいるものの、ローゼの目の前に広がっている色は緑ではなかった。


 手前から奥に向けて濃さの変わる青、その後ろにはきらめく白。

 合わせて百を数えるほどのこれらの色は、王都の大神殿より訪れた者たちが纏う衣装だ。華々しい姿の彼らは全員が膝をつき、黙ってこうべを垂れている。


 この場でただひとり立つ、赤い髪と瞳の村娘に向けて。


 何が起きているのか分からないローゼはおろおろとしながら視線をさ迷わせ、すがるような気持ちで共に村から来た男性を見つめる。

 だが、いつも穏やかな声で助言をくれる彼も、青い群衆の中で頭を下げ、無言で夕の風に褐色の髪をなびかせるばかり。ローゼにその灰青の瞳を向けてくれることすらない。

 よく知っているはずの彼が、まるでまったく知らない人のようで、何が起きているか分からないローゼはくらくらとしてくる。普段なら彼に向けて憎まれ口の二つや三つくらい簡単に出て来るのに、今はまったく頭も回らない。


(……もしかしたら、これは夢なのかも)


 目の前の出来事があまりに現実味を帯びていないこともあって、ついそんなことを考えてしまう。


 草の揺れる音だけが響く中、この場で一番の身分を持っていると思しき人物が頭を上げた。挨拶を述べたあと、衝撃的な言葉を放つ。

 ローゼはそれを、震える声で繰り返した。


「聖剣の主に選ばれた……? ……あ、あたしが……?」


 ――この日が、長く語られる話の始まりとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る