第7話 商人の街(3)
布屋は日に当たらないような少し暗がりにある。入口には店名と針の模様の彫られた木で出来た看板が吊り下がっていた。
入ってすぐのところには余った切れ端や古着の服が安値で積み上げられ、通路を挟むように巻かれた布がならべられている。
布が通路まではみ出ているのを器用に避けながらアルルカはカウンターにいる腰の曲がった老婆に話しかけた。
「鞄を見せてほしいんだけど、」
「はいはい。こちらですよぅ」
アルルカが言葉を言い終わる前に老婆は頷きながら返事をし、杖を持って立ち上がった。ゆっくりと店の奥へと進む背中を追うようにエレインへ促し、エレインは鞄を探すため奥へ、アルルカは布の積み上げられた店内を見て回るために1度別れることに。
「どんな鞄がいいんだい」
「肩にかける種類でコンパクトに畳めるようなものってありますか?」
「あるよ。ちょっとお待ちね」
老婆はのそのそといくつかの鞄を並べていく。
「さっきの子のに似たものを選んだつもりだけど、良かったかい」
「はい。ありがとうございます。……結構色々あるんですね」
「ふふふ、趣味が高じてね」
ここに並べられたおよそ10個ほどの鞄の他にもいくつかのものは老婆が作ったものだということにエレインは驚き瞬かせる。
「鞄は革製品が多いが、硬いし重いだろう? わたしみたいな歳になるとねぇ、少し持ちづらくって。かといって軽い素材の鞄は特殊な生地を使うから少し、値段がねぇ。余り布を使って作ったらそこそこ注文が入るようになって、こうして売ってるんだよ」
何年も、手入れ次第では何十年も繰り返し使える革製品の丈夫な鞄より、軽くて持ち運びしやすいものを使いたいと思う人間は思っているよりも多かった。リュックなどで使われているようなしっかりとした生地ではなく、夏に着るようなやわらかで薄い生地の鞄は何故今まで売られてなかったのか不思議なまでにしっかりとした需要があり、今では老婆に作り方を教えて貰いながら自分で古着の布で作る人が出てきたほどだ。
アルルカの持っていたものは茶系統の色でシンプルなものだったが、ここには色とりどりな様々な柄のものが置かれていた。鞄本体と肩掛けの部分が違う布地で作られているものもあり、そこが余り布で作られたものの特徴なのだろう。
ほんの少しきゅっと眉を寄せ無表情だった顔が厳しくなる。
「ははっ随分真剣に悩んでくれるんだねえ」
「え?」
老婆の声に顔を上げると老婆は眉間をトントンと叩く。
エレインは自分の眉間に手を当てて伸ばすように擦る。
「長々とすみません……」
「いやいや嬉しいものだよ。ゆっくり見ていきな」
老婆はにんまりと笑った。
エレインはその言葉に甘え、ひとつ手に取っては手触りを確かめ1度肩にかけてみたり、中の広さを確認したりと丁寧に吟味していった。
「これにします」
エレインが選んだのは生成色の生地がベースで縁に斜めに深緑のチェック柄の生地が使われた、並べられたものの中でもシンプルなデザインのものだった。留め具は赤みの強い濃い茶色の木が使われている。
「はいよ。じゃあお連れさんのとこに戻ろうか」
エレインが鞄を手に店の奥から戻るとアルルカも何か手に持ってエレインを待っていた。
「気に入ったものはあった?」
「はい。アルルカも何か買われるのですか?」
「うん。ちょっと前にマフラーをなくしたから新調しようと思って」
丁度いい長さのものがなかったのか、気に入った生地がなかったのかアルルカは丸められたままの量り売りの布を持っていた。
「長さはどのくらいだい」
「端処理して170くらいで」
「ちょっと時間もらうよ」
老婆はアルルカから布をもらうと奥へと入っていった。
「マフラーといったらやっぱりウールですか?」
「あんまりこだわりはないかな。でもここは品揃えが良くてグラットウールがあったから今回はそれにした」
グラットウールはウールの特性を持ちながら普通のウールよりも手触りが良く少しだけ厚さを薄く仕上げることが出来る。ウールより1割ほど値段が高いのにほとんどウールと変わらないので取り扱う店はあまりなく、見かけることは少ない。この店ではウールと同じ値段かそれ以下でひっそりと売られていたのをアルルカは発見したのだ。
「多少日に焼けて色が変わってるところがあったから、多分在庫を抱えていたところから安く仕入れたんだろうね」
もしかするともっと長くこの店で売れ残っていたらグラットウールの布も鞄になっていたのかもしれない。
しばらく待つと折り畳んだ布を持った老婆が戻ってきた。
「他に何か買うかい?」
他に欲しいものもなかった2人はそれぞれの品物を購入した。
アルルカはティティを鞄から出して中にマフラーをしまい、エレインは買った鞄を肩にかけ荷物の入ったポーチをしまう。
「別の布を継いで作ってるんだ。いいね」
「ありがとうございます」
「チチ?」
「入りますか?」
「チ」
エレインの鞄に興味を示したティティが鳴き、エレインが膝を曲げ鞄を開き入るかと聞くとティティは匂いを嗅ぎながら頭を突っ込み中を検分しているようだった。
そのまま鞄の中に入って顔を出し一声鳴いたのをよし、という反応だと判断してエレインは立ち上がる。
「ごめんティティが……」
「いえ、ティティも気に入ったようで良かったです」
隣街までの道程で食べるための食料は明日の出発前に買うことにして2人と1匹は朝買う食料店の下見や、他の店を見て回り夕飯まで済ませて宿に戻った。
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