第8話 隣街へ(1)

「隣の街と言ってもそこそこ離れてますよね。本当にこれだけで良かったんですか?」

 

 エレインの言う通り、この街の次にある街だから隣街と呼ぶだけでその街と街の間は遠く、歩けば数日はかかる。

 だというのにアルルカはあまり食料を買うことをしなかった。

 

「エレインさん、動物に乗ることに抵抗は?」

「馬に数回乗った程度しかないですけど、特に抵抗はありません」

 

 エレインがアルルカの後ろをついて行くとアルルカは街の外へと続く道から逸れて歩いていく。着いた先は牧場の様な柵に囲まれた広場に、牛舎のような建物のあるところだった。

 

「騎獣舎ですね……! 初めて見ました!」

 

 人が乗る生き物には馬や牛以外にも多くの生き物が存在する。それらは騎乗したり馬車を引かせたりと馬と同じように扱われる。

 

「いらっしゃい」

 

 中に入ると革の手袋をした無精髭を生やした店主が出迎えた。

 

「ここは陸路しかいねえぞ」

「隣街まで2人分。馬がいたら1頭は馬を、いなければ初心者でも乗れる子をお願いします」

「おっ、ちょうど隣街まで数調整しに行こうとしてたから助かるぜ〜。それなら2割引いてやるよ」

 

 そう言うと店主は口笛を吹きながら騎獣舎へと入っていく。

 

「数調整?」

 

 隣街とこの商人の街の騎獣舎は経営者が同じで主にこの2つの街を行き来するのに使われることが多い。もちろん、片方からの使用者が多い時は騎獣の数が偏る。そのため、定期的に従業員が数を調整するために騎獣をつれて行くという作業がどうしても出てきてしまう。

 そんな時に隣街で騎獣を置いていけるような客がいれば割引しようという気前の良さも出てきてしまうというものだ。

 

「昨日見かけた時に獣舎の中が詰まってるように見えたからもしかしてって思ったけど正解だったね。次の街との間は特に何も無い道が続くから使ってみてもいいかなって」

「騎獣って高いんじゃ……」

「陸路用はそんなにかな。食費と省ける時間を考えたら安いっていう人もいるから個人の感覚かな」

「そういうものなんですね」

「リチェルカには騎獣を相棒動物ニアにする人も多いから使う人はあんまりいないかもね」

 

 話していると紙の束を持った店主が帰ってきた。

 

「悪ぃな馬は全部出払っちまってるわ。うちに今いて初心者でも乗れそうなやつのリストがこれな」

 

 店主はそう言って手に持っていた紙の束をアルルカに渡した。

 アルルカの手元をエレインが横から覗く。

 

「エレインさんは何か希望ある?」

「馬以外乗ったことがないのでなんとも……」

「だよね。うーん、この中だと鳥型のラキストゥルティアが1番足が速いんだけど、結構揺れる。フィリべックが1番馬に近いかな。ミズラクダは暑いところとか長距離にはいいんだけど、今回はなしだね。コルノイポスは大荷物を運ぶ時とかはすごい助かるんだ力持ちだから。あ、すごいここルブランクもいるんだ」

「アルルカ」

「あっ……えっと、フィリべックがおすすめかな」

 

 一気に長々と話してしまった上に途中話が脱線しかけたことに気づいたアルルカは恥ずかしさで顔を赤らめながらフィリべックの資料を上にしてエレインに渡す。

 資料を受け取ったエレインは写真付きのそれを見る。

 フィリべック。馬と鳥の特徴を持った生き物で嘴があり、足は馬の足ながらに羽毛が生えている。羽はないので飛ぶことは出来ない。しっぽは鳥の尾羽がついているがその他は馬の要素が多い。馬より少しだけ知能が下がっているため馬より人気はない。

 

「最後正直に書きすぎでは……?」

「正直に書いときゃ後から文句言われても書いてあるんでって言やあ終わるからなァ」

 

 カッカッカッと悪そうに笑う店主の強かさにエレインは乾いた笑いを零し他の騎獣のリストにも一通り目を通す。特性などを比べてもやはりアルルカの勧める通りフィリべックが1番乗りやすそうだとエレインはフィリべックにすることを決めた。

 

「フィリべックにします」

「じゃあフィリべック2頭で」

「はいよ。6頭いるからどいつがいいか自分で選びな」

 

 店主は顎でくいっと着いてくるようにアルルカたちに示す。店主の後ろについて騎獣舎に入ると6頭のフィリべックが出迎えた。

 

「選べなかったら選んでやるよ」

 

 店主はアルルカたちより1歩下がり腕を組んで傍観の姿勢をとる。

 アルルカとエレインは静かに6頭のフィリべックに近づいていく。若いフィリべックたちはアルルカたちに顔を近づけたり匂いを嗅いだりと興味深そうにしている。

 その中で1頭、アルルカのリュックに興味を示したフィリべックがいた。

 それに気づいたアルルカはそのフィリべックを撫でると店主に振り返り問いかける。

 

「ケープチップを出しても?」

「小動物に驚くような繊細なやつはいねえから好きにしな」

 

 アルルカのリュックのポケットに大人しく入っていたティティが顔を出す。

 ティティとフィリべックはお互い匂いを嗅ぎあったあとに一鳴きするとティティはフィリべックの頭に上り仲良さげに戯れだした。

 このフィリべックに決まってしまいそうだなとアルルカが苦笑いしている横でエレインはフィリべックに頭をまれながら真剣に悩んでいた。

 カパカパと甘噛みをするフィリべックを退けてやりエレインに声をかける。

 

「決めれそう?」

「難しいです……どの子を選べば良いのやら……」

「うーん」

 

 目をぐるぐると回すエレインの代わりにアルルカはフィリべックたちを観察する。アルルカは隅の方に大人しく佇むフィリべックに目をつけた。そのフィリべックの前に行き手を出すと2回ほど匂いを嗅いでからそろりと頭を手に押し付けた。

 

「この子はどう?」

「アルルカはどうしてこの子を選んだんですか?」

「多分この中で1番人を乗せたことがある子だから、かな」

 

 アルルカの選んだフィリべックは6頭の中で若い方では無いが1番歳をとっていたわけでもない。しかし、6頭の中で1番筋肉がしっかりとついており、なによりアルルカたちを静かに観察するような落ち着きがある。手を差し出せば興奮するわけでもなく様子を伺いながらもなつっこさを感じさせるように擦り寄ってくる。よく人に慣れている証拠だ。

 アルルカの推察に店主が口笛を吹いた。

 

「若いのに大したもんだ。頼りになるリチェルカが付き添いで良かったな嬢ちゃん」

「乗るのに不安があるならやっぱり経験が多い子のが安心かな」

 

 エレインはアルルカの選んだフィリべックの目の前に立ちじっと見つめ合うとそろりと手を差し出す。アルルカの時と同じようにフィリべックは匂いを嗅いで頭を擦り寄せた。

 

「私、この子にします」

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