第7話 商人の街(2)

 次に訪れたのは2階の木製品の店。

 看板には太陽と大木をモチーフにしたイラストが描かれている。

 中には子供を連れたご婦人方が数人おしゃべりをしながら買い物をしていた。

 入口に近いところにはシンプルな木の食器類が並び、奥の方には色や絵柄などの装飾がついたものが並ぶ。どうやら金額の安いものは入口近くへと配置されているらしい。

 

「ティティの使っているスプーンはどこで買ったのですか?子供用のものより小さいですよね」

「あ〜、あれは俺が持ってた予備を削ったんだ」

 

 ティティが使うスプーンや二叉のフォークは元々アルルカが持っていた木のスプーンを削って作ったものだ。よく見ればところどころ歪になっているのがわかるが、そこまで目立つほど悪い出来ではない。

 悪い出来ではないが、良いサイズのものがあれば買い換えるのもありだとアルルカは店内を見て回る。

 子供用食器のところを見ているとティティがごそごそと鞄を漁りアルルカの前へと取ったものを掲げる。

 

「チィ!」

 

 それはアルルカが作ったスプーンだった。いつの間に入れたのかと疑問に思うもどうしてそれを掲げるのかの方が気になりティティに問いかける。

 

「新しいのいらない? ちゃんとしたやつ買ってあげるけど……」

「チチィ。チ!」

「それでいいの?」

「チ!」

 

 こくりと頷いたティティはスプーンを鞄へと戻し顔だけを出すように鞄の中へとティティ自身も戻っていった。

 おそらく新しいスプーンを買って気付かぬうちに交換されないように見ているつもりなのだろう。

 

「俺の新しいのは買うよ」

「チチ」

 

 そう言って子供用売り場から離れればティティは顔を引っ込めた。

 入口近くの食器置き場を見ていると中々品揃えがしっかりとしていて色々な種類の木で出来た食器が置かれている。

 持ってみると一番安いものは分厚く重いものや、加工のしやすい木を使っているものがあり、隣のもう少し高いものを見る。

 いくつか手に取りその中でしっくりきたものが見つかった。

 

「これにしようかな」

「それを買われるのですか?」

 

 他を見ていたエレインが隣に戻ってきてアルルカの手元を覗きながらそう問いかけた。

 

「うん。いい感じのがあったから」

 

 アルルカの手にはひとつの木材からくり抜かれた艶のある少しオレンジがかった色のスプーンが握られていた。

 

「あの、よろしければ私がそれを買っても良いでしょうか」

 

 エレインがそう提案するとアルルカはきょとんと目を瞬いた。

 

「先程私はアルルカに買っていただいたので、そのお礼といいますか……。どうでしょう」

「……じゃあ、お願いしようかな」

 

 2人のやりとりを近くにいたご婦人方があらあらうふふと微笑ましそうに見守っていた。

 

「あのお姉ちゃんたち結婚するの?」

「あらあらこの子ったら」

 

 どうしてそんなことになったのかアルルカもエレインも分からず首を傾げた。その子供の母親が子供の口を塞ぎながらなんでもないのよと笑うので、2人は気にすることなく会計へと向かう。

 

「エレインはいるものない?」

「はい。大丈夫です。会計は済ませておきますのでアルルカは先に外に出てください。ティティもそろそろ鞄から出たいでしょうし」

 

 エレインのその言葉に甘えてアルルカは一足先に階段を降り外へと出ることにした。

 エレインが会計待ちをしていると近くにいたご婦人がこそこそと近寄ってきて話しかけてきた。

 

「どうかなさいましたか?」

「うふふ。あなた方、この辺の方ではないのでしょう?」

「はい」

「あのね、ここらでは女性から男性へ食器を贈るのは『ずっと私の作った料理を食べてください』って意味があるのよ。結婚記念日の定番なの。最近では女性からの結婚の申し込みにも使われるとか」

 

 ご婦人のその説明で先程の子供が言った結婚の意味がわかりエレインは表情には出ていないが恥ずかしくて混乱していた。そんなつもりは毛頭なく、エレインもアルルカもお互いにそういう恋愛感情を抱いてすらいないのだ。それなのに傍から見ればエレインがプロポーズをしているように見えていたなどと言われてしまえばいくらエレインでも戸惑ってしまう。

 

「その、そういうつもりではないのは見てればわかったのだけれど、知っていた方が良いかと思って。お節介だったらごめんなさいね」

 

 ご婦人は微笑ましく思いながらも本当に親切で言ってくれたのだろう眉を下げて申し訳なさそうに笑った。

 

「いえ、その、たすかります……。教えてくださりありがとうございます」

 

 エレインはご婦人に頭を下げ、会計を済ませるとそそくさとその場を離れた。急いで階段を降りるとしゃがみこみ鞄から出たティティと何か話しているようなアルルカがいた。足音に気づいたアルルカが振り向き上を見上げると少し髪を乱したエレインと目が合う。

 

「そんなに急がなくてもちゃんと待ってるよ」

 

 立ち上がり苦笑いしながらそう言うアルルカにエレインは少し言葉に詰まる。

 

「その……、いえ、そうですよね」

 

 こほんと咳払いをしたエレインはアルルカの隣に並ぶ。思わず動揺してしまったが、アルルカはご婦人の説明を聞いていないのだからとエレインは普段通りの態度を取り戻した。

 

「他に何か買いたいものはある?」

「私も今アルルカが使っているような鞄が欲しいです。リュックとポーチしかないので、買い出し用にひとつ丁度いい大きさのものがあったらいいなと」

 

 エレインの持つ革製のポーチと違い、アルルカが持っている肩掛けの鞄は布で作られた簡素なもので畳めばかなり小さく収納することが可能だ。ティティが入っても壊れない程度の耐久性もある。

 

「なら布屋かな。鞄屋にあるのは大体革製品だからね。俺も欲しいものあるし」

 

 目的地が決まった2人は人の行き交う通りを歩き始めた。

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