第7話 商人の街(1)
「本部も近づいてきたし、一応確認しようか」
「はい!」
宿屋で1泊し、再び協会に戻り雑談スペースの机の上にアルルカは使い古した本部の載った地図を広げる。その隣には新しく購入したエレイン用の地図が開かれていた。
「今いるところがここ。で、本部がもう少し進んで……」
「この地図には描かれていませんね」
「うん。本部の位置はリチェルカが書き込むからね」
エレインはアルルカの地図と同じところに印を書き込もうとペンを持ったが手が止まる。
「書かなくていいの?」
「はい。……リチェルカになったその時に書きたいと思います」
「そう。なら話を続けるけど」
エレインは自分の地図をしまいアルルカの地図へと集中する。
リチェルカ協会本部はここから海の方へと進む。この街の隣にある大きな街以降は小さな集落はいくらかあれど、宿屋などがありそうな町は見つからない。
「ここからは野営が主かな、ここで備品の買い足しをして次の街で食料を補充したらもうあとはずっと歩いていくしかない。途中で食料が尽きたら現地調達。幸い自然は多いし近くに川も流れてて餓死することはないから安心して」
「はい」
「買い出しはこの後行こうか。荷物は受付で預かってもらおう」
「分かりました」
地図をしまうとアルルカとエレインは荷物をまとめて受付へと預けて必要なものだけをアルルカは肩掛け鞄に、エレインは腰周りにつける小さなポーチに入れ繁華街へと向かう。
屋台でエレインの顔ほどの大きさの饅頭を買って食べながら進む。
「あそこは革製品。鞄とか財布とか、あと革靴とか」
牛の角のマークの看板の店を指差してアルルカが説明する。ちらりと見える中は3人ほど客が入っており、それぞれが革製品を手に取っていた。
特に買い換える用事もないので前を通り過ぎる。
「木製品と鉄製品は同じ建物の中で階層を分けて販売してるんだ」
木製品と鉄製品のお店は店主が兄弟でやってるらしく仲良くひとつの建物を使っている。そのため素材違いの同じデザインのものがあったりして見ているだけでも楽しめる。
中を見るだけ見てみることにして建物に入った。1階は鉄製品が置いてあるようで看板には金槌を模したマークが描かれている。
「ティティ大人しくね」
「チ!」
ティティが店の中を掛け巡らないように一言注意するとティティは了承するように鳴きアルルカの鞄の中へと潜り込む。それを確認したアルルカは店内に目を向けた。
旅に持っていけそうなものよりもやはり自宅で使うような作りの食器や器具が置いてある。
キョロキョロと当たりを見回すエレインをアルルカは手でこっちに来るように呼ぶ。そこには鍋のようなカップのような鉄製の何かが置いてあった。
「エレインさん、確か鍋持ってなかったよね」
「はい。お湯を湧かせれば良いと思って家の近くで買ったケトルを使ってます」
「初めてで試すならこれがおすすめ。お湯を沸かすのも鍋として使うのにもいけるし、安くて買い替えがしやすい」
エレインが使っているのは雑貨屋で買ったただのケトルだ。それなりの大きさでそれに比例して中々重い。しかも旅の道中でぶつけたり直火に当たってでこぼこと変形している。携帯食と飲水が確保出来るだけで良かったがアルルカが鍋で調理したりするのを見て、それを分けてもらうこともあったりして便利だなとは思っていたのだ。
「アルルカさんのものとは少し違いますね?」
「俺のは師匠のお古で銅製なんだ。多少重くはなるけど丈夫だし熱伝導率が良い。あとかっこいい」
最後の言葉にエレインはぽかんと呆けてしまったが周りの会話が聞こえていたらしき男性客たちはうんうんと頷き「わかる」「大事だよな」と囁きあっていた。
「まあ結局は自分が気に入るかどうかだよ」
エレインは鍋のようなカップ、シェラカップというものに手を伸ばす。自分の持っているケトルより容量は小さいが軽く、細い注ぎ口もないため洗いやすく錆びにくそうだ。ひっくり返すとU字のような模様が刻まれていた。
「馬蹄だね」
「馬蹄……馬の爪ですよね」
「ここの店主が元々蹄鉄っていう馬蹄を保護するものを作ってたらしい。馬は縁起物ってこともあってデザインとして取り入れたんじゃないかな」
看板の模様をこれにしなかったのはなんの店か分かりにくいと思ったからなのかもしれない。けれどもこうして見えないところに刻むほどには想い入れのあるものなのだろう。
「……私、これ買います」
アルルカはその判断に本当にいいのか聞くが、エレインはいいのだとそれを手に抱え言う。
なんとなく。なんとなくこれが良いと思ったのだ。旅の先輩であるアルルカも素材は違えど使っていることからその使い心地は良いのだろうし、ケトルはどう見ても買い替え時でたるし、ケトルと比べれば幅も取らず軽い。
なにより――
「この馬蹄の模様が気に入りました。……かっこいいです」
そう言われてしまえばアルルカは買うことを止めるとは出来なかった。
「気に入ったなら良かった」
「はい」
シェラカップを手に他の棚にある品も順に見ていく。生活雑貨として見たことあるものがほとんどだが、用途がよく分からないものも存在した。ひとつひとつ分からないものがあればエレインはアルルカに質問しアルルカはそれに答えていく。
思春期特有の擦れた感じや反抗的な態度がなく、年下に素直に教えを乞うことが出来るのはエレインの元から持つ性格というのもあるだろうが、記憶喪失だということが関係しているのだろう。実際の年齢よりやはり幾分か幼く見え、なんだか下の兄妹が出来たように思えてアルルカは小さく笑った。
木製品と鉄製品の店は同じ建物内だが会計は別々にするようで、2階の木製品を見に行く前にシェラカップの会計を済ませることにした。
アルルカはエレインがお金を出す前にシェラカップの代金を店員に渡す。エレインは自分で払うと遠慮するがニッコリと笑うアルルカに押し切られる。
「旅の先輩からの贈り物ってことで」
「ありがとうございます……」
「1回やってみたかったんだよね」
会計の済んだシェラカップはエレインに渡されポーチに仕舞われる。
「ずっと1番年下で後輩だったからさ。こういう機会ができて良かった」
師匠や先輩リチェルカにこうやって奢ってもらったことは何度もあり、その度にアルルカはその姿をかっこいいなと思って見ていた。いつかは自分もと思っても幼くしてリチェルカになったアルルカは中々そのいつかは巡ってこなかった。
出会ったエレインが歳が近く、リチェルカ志望でもしかしたらリチェルカの後輩になるかもしれないからこそアルルカのささやかな願いは叶えることが出来たのだ。
奢った側のアルルカが嬉しそうに笑うのでエレインはじっとその顔を見た。
「よく笑うようになりましたね」
「えっ、俺笑ってなかった?」
ちゃんと笑えてなかったのかと不安になったアルルカは自分の頬を両手で包みむにむにと揉む。
「あ、いえ、そういうわけではなく、出会った頃よりなんというか、自然に笑うようになったなと」
エレインは慌てて先程の言葉を補足するように言葉を繋げる。最初に2人が出会った頃、アルルカはお手本のような綺麗な笑顔と実年齢よりしっかりとした対応をしていたが、それから何日も経った今は年相応に笑うようになったとエレインは言いたかったのだ。
他人と共に過ごすというのは自覚していなくとも多少ストレスは溜まる。しかし、こういう表情の変化を見てアルルカはエレインという存在に大分慣れてきたのだということが分かる。変わったのではなく、アルルカの素に戻りつつあるのだろう。
「変だった?」
「いえ、そちらの方が素敵だと思います」
率直な褒め言葉にアルルカは一瞬きょとんと驚いた顔を見せたあとエレインが初めて見た顔で笑った。
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