第3話 リチェルカ志望と謎の双子(3)
“この村に双子はいない”
ならば、アルルカたちが見たクロエとジェミニはなんなのか。顔のよく似た他人とでも言うのか。
考えているうちに日は傾き初め、辺りは彩度を落としていく。
「チィ」
耳をぴるると震わせてティティが止まる。人間よりも聴力の良いケープチップが一足先に何かを聞き取ったのだ。アルルカはそれに気づき耳をすませる。
聞こえてきたのは女性の金切り声だった。
アルルカが走り出したのと同時にティティも追いかける。エレインはいきなり走り出したアルルカに驚きながらもその背中を追いかけた。
「なんでっあんたなんかがっ……!! あんたなんかいらないの! 出ていきなさい!」
アルルカが駆けつけるとそう言ってクロエやジェミニによく似た髪を乱した女性が、子供を外へと放り捨てるように扉から押し出していた。
「ジェミニ……?」
「おにいさん……はは、変なとこ見られちゃった」
ジェミニは眉を下げて笑った。
エレインは母親の姿こそ見えていなかったが声は聞こえていたためジェミニのその姿に眉を顰めた。
地面に倒れ汚れたジェミニの服についた砂を払ってやり、アルルカのテントへと連れていく。
暖かい飲み物を出してやるが、ジェミニは両手でコップを持つだけで飲もうとはしない。
「その、お母様はいつもあのような態度を?」
「……」
ジェミニはエレインの問いに答えない。そんなジェミニに焦れたのかエレインは他のことを聞こうと口を開こうとするが、アルルカに制止される。
「ジェミニ」
アルルカがしゃがんで目を合わせ名前を呼んでやるとジェミニはアルルカに目線だけを寄越した。
「君たちはいつもあんな扱いを受けてるの?」
「ううん。ママはクロエには優しいよ」
「そう、ジェミニには怒鳴ったりするんだね」
「うん……でも、ママはクロエが大切なだけだから」
ジェミニのコップを持つ手に力が入る。アルルカは一旦ジェミニをそっとしておこうと少し離れたところへ移動するとエレインがアルルカのそばに寄ってきてジェミニに聞こえないように声を小さくして話しかけた。
「何か、私たちに出来ることはないのでしょうか」
「エレインさんはその後のことに責任を持てる? 今より悪い状況にはならないって言いきれる?」
「それは……」
エレインとアルルカは村を出る。
旅に子供を連れて行けるほどの余裕はない。近くの他の街や村に連れて行って幸せになる保証もない。なにより、親と子を離すなんてことをする権利は、ただ居合わせただけの旅人にはないのだ。酷い扱いを受けているジェミニなら保護されることは可能だろうが、大事にされているクロエまでも連れていくことは出来ない。ジェミニはクロエを置いていけないと言っていた。ひとりでジェミニがこの村を出ることは無い。
「それより気になることがある」
「気になること、ですか?」
「どうしてあのふたりは一緒にいるところを見たことがないのか」
クロエが家の中に軟禁されているわけでもなく、母親が疎ましく思うジェミニの存在を隠しているわけでもない。クロエのそばにジェミニを置きたくない母親が接近を禁止しているわけでもないのはジェミニがクロエに聞いてアルルカを訪ねたことからもわかる。
「この村に双子はいない。産まれてもいない。だけどクロエとジェミニは存在している」
「産婆というあの方が嘘をついてる可能性はないでしょうか」
「なんのために?」
嘘をつく理由が見つからなかったエレインは黙り込む。
「全てのことが正しいとしたら?」
クロエとジェミニは双子である。この村には双子は産まれていない。占いでは男女の双子が腹に宿っていた。しかし産まれたのは男の子がひとりだけ。
「解離性同一性障害。所謂、二重人格の可能性がある」
「……腹には男女の双子が宿っていた」
「エレインさん……?」
「父の書斎にあった文献で見たことがあります。双子の胎児の片方が死に消えてしまうことがあると」
あまり有名ではないが透視撮影により、腹の胎児を見ることが出来るところがある。人間の生態を研究していたエレインの父の持つ資料の中にその文献があるのをエレインは覚えていた。
「母親の腹の中でジェミニとクロエは確かに存在し、お互いを認知していた? そして、それを覚えていたとしたら……」
「死んだ片方を生み出してしまうことも、有り得るのかもしれません」
アルルカはエレインと話し終わると再びジェミニの前にしゃがみこむ。
「ジェミニ」
「なあに?」
「君の知っているクロエについて教えて欲しい」
ジェミニは目を瞬くとクロエについて話し始めた。
「クロエは、ぼくの双子の妹で少し子供っぽい。人懐っこいけど、恥ずかしがり屋で……」
ジェミニは話している途中にエレインを見上げた。
「おねえさんみたいな綺麗な髪の色をしてるよ」
エレインは息を飲んだ。
ジェミニの髪は青みがかった灰色の髪をしている。そしてクロエだと名乗った子も同じ髪だった。エレインの髪は白みが強いが金髪だ。最初酒場で出会った時のクロエの言葉をエレインは思い出した。
――「いっしょだね」
あれは結んでいることではなく、本当に髪の色の話だったのだ。つまり、この身体の本当の持ち主は――。
「ジェミニ、クロエは……君の中にいるんだね」
「……クロエは朝と昼の時にか出て来れない。ぼくはクロエが大好きだから、その間はクロエに体を貸してあげるんだ。クロエがいるとママも嬉しそうだから、ママが嬉しいとぼくも嬉しくて……。ママは、本当は女の子が良かったんだって」
クロエがジェミニの中にいると分かった時、母親は困惑しながらも受け入れた。そしてクロエが女の子で父親譲りの髪色をしていると知ってから、おかしくなった。自分の子供はクロエだけである。そう思うようになったのだ。そしてクロエの体を奪うジェミニを憎むようになっていった。
「辛い時、クロエがずっとそばにいてくれた。クロエだけがぼくのそばにいた。だから、クロエだけがいればそれでいいんだ」
クロエがジェミニの生み出した人格なのか、それとも本当にクロエの魂がジェミニの身体に入っているのかは分からない。しかし、ジェミニがクロエを手放すことは無い。そしてクロエを母親が手放すことも無い。ジェミニはクロエを置いてはどこへもいけないのだ。
クロエがいたからジェミニは母親から虐げられるようになったが、クロエがいるからジェミニは母親から大事にされている。
いつも母親はあの態度なのかと聞かれた時に答えなかったのは答えられなかったから。クロエである時は優しいが、ジェミニである時は残酷になる。けれど、クロエである時も存在はジェミニなのだから、いつもあの態度を取られているわけではないと、ジェミニはあの時口を噤んだのだ。
アルルカとエレインにはジェミニの現状をどうにかすることは出来なかった。
ジェミニを保護してもらおうとも、母親はクロエを求める。
夜の間だけジェミニを保護して、朝になればクロエを家へと送る。
「おにいさんたち、ばいばい!」
小さな背中を見送りエレインが呟いた。
「何か、出来ることはあったのでしょうか」
「さぁ……どうだろうね。彼らの問題だよ」
無邪気に挨拶をしたクロエを思い出した。
どうして自分が知らない場所にいるのか疑問にも思わず、驚くこともせず、普通すぎるくらいに普通だったクロエ。
昨日いた旅人がいなければ、村を立ったと考えるだろうに村の外まで探しに来たクロエはジェミニと話したことに驚くことも興味を示すこともなかった。
それはクロエはジェミニの全てを共有してるという答えにアルルカを導いた。
クロエはジェミニを母親から守っている。
クロエはジェミニがいなければ存在できないが、ジェミニもまた、クロエがいなければきっと生きていくことが出来なかったのだろう。
クロエがアルルカに話しかけたのは、ジェミニがついて行くことを期待したのかもしれない。
考えても答えの出ないそれをアルルカは忘れることにした。全て当人たちにしか分かり得ないことだから。
「そろそろ行こうか」
「はい」
アルルカはエレインを連れて不思議な双子のいた村を出た。
向かうのはリチェルカ協会本部。アルルカとエレインのふたり旅が始まった。
「あの人について行っても良かったのに。ばかなジェミニ」
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