第3話 リチェルカ志望と謎の双子(2)
布の擦れる音と少しの振動を感じてアルルカは意識を浮上させた。目を開けないままにじっとしていると、ジェミニは寝ているアルルカを気遣ってか音を立てないように静かにテントを出ていった。
「チ?」
ティティが小さく鳴いた。アルルカが起きていることはティティには筒抜けだったらしい。顔の前に来ていたティティの頭を撫でてアルルカは起き上がる。
「エレインさんと会わないとだね」
すでに日は昇っていた。
村の入口に行くとエレインがそわそわとしながら待っていた。
「おはようございます」
「おはようエレインさん」
挨拶を交わした後はまだ酒場も開いておらず他にゆっくりできる店らしき店等はないため、村には入らずにそのまま外で話をすることになった。
村のそばの川近くでは伐採が行われており。いくつかの切り株が存在していたのでそこに腰を下ろすことにした。
「単刀直入に言うと、俺はまだ弟子を取るとかは考えてない」
「はい……」
「だけど、貴女がリチェルカになりたいという気持ちはよく分かった」
エレインの思いに理解を示すアルルカに、それでも弟子にはしてくれないのだとエレインは自分の手を握る力を強めた。
「だから協会本部で師匠を探そう」
「本部、ですか……?」
リチェルカ協会の本部はそこそこの僻地にあり、リチェルカ以外にその場所を知るものはいない。
「本部に行けば貴女の師匠になってくれる人もいるかもしれない。もしいなくても、知識を得るにはいい経験だと思うんだ。だから、本部までなら一緒に行こう」
「良いん、ですか」
「まあ師弟でもないから貴女の責任を俺は負わないし、命の保証もしてあげられない。言うなればただの同行者だ。それでもいいのなら」
「お願いします!」
エレインは無表情ながらも感極まったようにアルルカの手を握りしめた。可能性があるならばどんな小さな希望にも縋ってみせる。その希望がまやかしだったとしても。そのくらい強い気持ちでエレインはリチェルカを夢見ていた。
「あと、リチェルカの先輩としてというか旅の先輩としてひとつだけ」
アルルカの言葉にエレインはキリッと真面目な顔をした。
「俺たちリチェルカは記録をする仕事だ。だから周りをよく見るといいよ」
「周りを……」
「記録水晶に記録するだけじゃない。俺たちは旅の全てを五感で、頭で、そして心で記録していくんだ。そうじゃないと、旅が辛いものに変わってしまうから。リチェルカは義務や仕事という意識だけでは続けられない」
「心で記録……」
エレインはアルルカの言葉を飲み込もうと反芻する。まだ言われたことを自分の中で咀嚼出来ていないのだろう。考え込むようにエレインは自分の胸に手を当てた。
「ゆっくりでいいよ」
エレインの姿が難問を解こうとしている子供のように見えてアルルカは優しく笑った。
「あー! こんなとこにいたー!」
声のした方を見ればクロエがアルルカたちを指さして叫んでいた。
「クロエ?」
「そうだよー!」
クロエはにこにこと幼い笑顔を浮かべふたりに駆け寄った。
「あなたは昨日の……」
「クロエだよ! おねえさんもこんにちは!」
「クロエさん。こんにちは。ちゃんと挨拶が出来て偉いですね」
エレインに褒めらてクロエは嬉しそうに頬を赤らめる。恥ずかしいのかエレインから隠れようとアルルカの背に隠れた。子供っぽいと思っていたが綺麗な女性に照れるところはませているようだ。
「そういえば昨日はジェミニと会ったよ」
「そうなんだ」
クロエは落ち着いた声でそう言った。昨日今日しか会っていないが、クロエなら元気よく反応すると思っていたアルルカは少し驚いた。
アルルカがクロエに続けて話しかけようとした時、村の方から誰かを呼ぶ女性の声が聞こえた。
「クロエ! どこにいるの!」
「ママだ……。ぼく帰るね!」
クロエは来た道を急いで走った。
「勝手に抜け出したので心配して探しに来たのでしょうか? それにしては……」
エレインが言いづらそうに言葉を濁す。しかしアルルカはエレインの言いたいことが分かった。アルルカも同じ考えを持っていたからだ。
空を見上げる。視界を遮るものがないほど切り開かれたこの場所では真上に太陽が輝いている。
まだ昼になったばかりなのにも関わらずクロエの母親はクロエを探しに来た。昼にはクロエは必ず母親の目の届くところにいなくてはあそこまで必死に探し回りはしないだろう。
「怒鳴り声にも聞こえました。クロエは無事なのでしょうか」
母親の声は必死で、無事でいてくれと願うような悲痛さよりも、どこかへ行くのは許さいとでもいうような懇願と怒りが入り交じっているように聞こえた。
言いずらそうにこちらを見るエレインと目が合ったアルルカはクロエが去った方を見た。
「気になるよね」
「はい。……その、少しだけ様子を見ても良いですか?」
「うん。急ぐ旅じゃないし」
アルルカとエレインはクロエの様子を見に村へと入る。一通り歩いてみたがクロエの姿はなかった。母親と一緒に家の中にいるのだろう。
家の中まで詳しく調べるわけにもいかず、ふたりは村の人たちに聴き込むことにした。
まだ明るいというのに手に酒を持ちながら酔っ払った男に声をかける。
「あの、クロエという子供を知りませんか?」
「クロエ? 名前は知らないがこの村には子供なんてそういないから知ってるかもねぇ」
「青みがかった灰色の髪の子供なんだけど……」
「ああ、その子のことか。クロエという名前なのか。……可哀想な子さ。母親があんななんて」
母親はヒステリックに怒ったと思えば、辛気臭い顔で誰とも言葉を交わさなかったりと情緒が安定していないのがいつもだ。
「子供を産んですぐくらいか? 父親も逃げちまってな」
クロエの父親はどうやらこの村にはいないようだ。エレインは礼を言って他に聞き込みを始めようとしたが、アルルカはもう1つ質問を投げかけた。
「ジェミニという子供の名前に聞き覚えは?」
「ないね。悪いが子供の名前なんて一々覚えちゃいねぇよ」
「クロエと双子だから、もしかしたら一緒にいるところを見てないですか?」
「さてねぇ。同じ顔が並んであればそりゃ流石に記憶に残るだろぉが……。生憎覚えがねぇな」
今度こそ男にお礼を言ってふたりはその場を立ち去る。
「クロエには兄弟がいるのですか?」
「そっか、エレインさんは会ってないか。昨日の夜にクロエの双子のジェミニが俺のテントに来たんだ。雰囲気はだいぶ違うけど、顔はクロエに瓜二つだった」
「双子の……印象に残りそうなものですよね」
次に話を聞いたのは腰の曲がった小さな老婆。昔は占い師として大きな都市で活躍していたが、老いてからは産婆としてこの村で暮らしているらしい。
「あたしがあの子を取り上げたからね、覚えてるさ」
「何か変わったことはないですか?」
「変わったことだらけさ。あたしはね、赤子を産む前には必ず占いをしてやるんだ。そしたらあそこは男女の双子が産まれるって出たのさ」
「男女の双子……?」
クロエもジェミニも一人称は“ぼく”だった。顔もそっくりであのくらいの歳では男女差をはっきりと感じることは無い。どちらかが女だったのだろうか。
しかし次に発された老婆の悔しそうな言葉でその考えが間違っていることに気付かされる。
「あたしはこの手の占いを外したことはなかった。なのに、あの家には男の子が
ほんのり目を見開いて驚き戸惑うエレインの隣でアルルカは納得したような顔を浮かべた。
「あんたら、さっき双子を知らないかと聞いたね? その答えはこうだ。“この村に双子の子供はいない。産まれたこともない”」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます