第3話 リチェルカ志望と謎の双子(1)

 リチェルカになりたがる者は少ない。

 多くの知識に体力、一通りの家事をするだけの能力、判断力、そして何より人と長く居られないこと。

 そうしたものにより、リチェルカになりたいと思う者はあまりいない。都市部から離れた所にあるような小さな村ではリチェルカを知る者すらあまりいないのが現実だ。

 

「あの……、あのっ! 待ってくださいリチェルカ!」

 

 山を越えると気候は変わり、穏やかな涼しい風が吹く春のような気候になった。その山途中の小さな村で、リチェルカと呼び止められたアルルカは声の方へ振り向く。

 ローブのフードを上げるとアルルカより少し年上の少女がいた。彼女はアルルカと目が合うとアルルカの手を握った。その手は熱く震えており、目はキラキラ……いや、ギラギラとしていた。無表情に見えるのに何やら随分と興奮した様子をしている。

 

「私を弟子にしてください」

 

 リチェルカになりたがる者は少ない。

 リチェルカになるにはリチェルカに弟子入りすることがひとつの条件だ。見ず知らずの子供や異性を弟子にする物好きもいるが、何かの縁あっての弟子入りが基本だ。

 なりたいという思いだけでなれるものではない。

 

「エレインと申します。私は、リチェルカになりたいのです」

 

 その少女はエレインと名乗った。

 リチェルカになりたい。その言葉には強い気持ちが篭っているように感じてアルルカはその手を振りほどくことが出来なかった。

 

 エレインに案内され酒場に入る。この街には協会がないために、こういった込み合った話をするのにも自分で見つけなければならない上に、協会へ相談することも難しい。

 どうしたものかと考えながらアルルカはエレインと向かいになるように座った。ケープチップがエレインを観察するようにじろじろと見回したあと机の上に座るが、ひょいと持ち上げられアルルカの膝の上に持っていかれてしまう。

 好奇心があり、中々に攻撃的な面を持つケープチップがエレインに飛びかかることを恐れてのことだ。

 

「先程はいきなりすみませんでした」

 

 先程より随分落ち着いた雰囲気でぺこりと頭を下げた。その顔はやはり無表情に近い。

 

「改めまして、エレインと申します。リチェルカになりたくてずっと弟子にしてくれるリチェルカを探していました」

「アルルカ・ミラ。正式にリチェルカになって1年くらい、かな」

 

 アルルカは改めてエレインを見た。

 白に近い金の髪に青の瞳。髪は無造作にひとつに束ねられていた。身なりはかなり良く、この街の人では無いことはすぐに分かった。アルルカより少しだけ高い身長と、アルルカより華奢な身体。

 

「エレインさん? は、リチェルカについてどの程度知ってますか?」

「呼び捨てで構いません。敬語も外してください。……正直、あまり知っていることはないのです」

「知らないのに、なんでなりたいと思ったの?」

 強いアルルカの瞳に気圧されたようにエレインはびくつき膝の上に置いた手を握りしめた。

「私は……私はこの世界を、この星をこの目で見たいのです。昔、リチェルカと話をしました。大きな金剛狼をつれた2人組の、リチェルカです」

 

 エレインはその時のことをよく覚えている。

 普段は医者をしているというリチェルカの相棒の男が父と話をしている間、父に頼まれて何も知らなかったエレインの話し相手をしてくれたリチェルカ。

 あまり話すことが得意ではなかったのに、それでもそのリチェルカはエレインに旅の話を聞かせてくれた。作り話のような御伽噺のような、不思議で美しい旅の話を。

 それから、エレインは父から古いカメラを貰って出かける時にはいつも持って歩いた。エレインが撮った写真で部屋が埋まるほどに撮り続けた。けれど、あの時見た記録水晶のような感動には出会えない。

 

 エレインは街の外に出ることを決めた。ひとりでも困らないだけの知識をひとりでも生きていける術を4年で身につけた。けれども故郷にリチェルカに関する文献はなかった。

 旅人や行商人に話しかけてはリチェルカについての聞き取りをした。それでもリチェルカについて知れたのはリチェルカになるにはリチェルカの弟子にならなければならないこと。リチェルカの数は多くはないこと。そのくらいだった。

 ただリチェルカに会うことを目的に旅をした。街を見る余裕も景色を楽しむ余裕もなかった。そうしてやっとリチェルカに出会って弟子入りを志願しても断られる。何度お願いしてもそれが叶えられることはなかった。

 

「そんな時、貴方の噂を聞きました」

「噂?」

「14歳という若さでリチェルカになった少年がいると」

 

 エレインは自分より歳下のリチェルカがいることに希望を抱いた。自分もなれるのではないかと。そしてその子にあったのなら、その子ならば、もしかしたら――。

 

「もしかしたら弟子にしてくれるかもしれないと、そう思い貴方を探していました」

 

 エレインが一通り話し終わると酒場の店員がエレインが注文した白ぶどうのジュースとナッツを持ってきた。

 エレインは乾いた喉を潤すためにぐいっとジュースを呷る。アルルカは1口だけジュースを飲み、ナッツを膝上にいるケープチップに渡してやる。

 

「それで、その……」

「旅をしたところはどうでしたか? 気候や食べ物、景色は?」

「え? ええと、暑くも寒くもないところばかりでした……食べ物は、パンばかり食べていたので……。景色、は……すみません、あまり覚えていません」

「リチェルカは――」

 

 アルルカが話を続けようと口を開いた時、「ヂ!」とケープチップが悲鳴を上げた。

 ケープチップを見るとしっぽを小さな手で掴まれていた。

 

「わ、大丈夫?」

「ヂヂヂィ!!」

「もふもふ!」

 

 ケープチップを掴んでいたのは幼い子供だった。

 アルルカが優しく手を離すように言うとその子は素直に手を離した。

 

「握られると痛いから、撫でるだけね」

「うん! ぼくはクロエ! リスさんの名前は?」

「ティティっていうんだ」

 

 アルルカはケープチップにティティという名前をつけていた。小動物の名前は連続した音がいいと、いつか聞いた気がしてチチチという鳴き声に似た響きのティティに決めたのだ。

 

「あっ!」

 

 クロエはエレインを見て声を上げた。エレインが首を傾げるとクロエは自分の結んでいた髪を掴んでにっこりと笑った。

 

「いっしょだね」

 

 それだけ言うと嵐のようにクロエは去って行った。

 残されたふたりはとりあえず外に出ることにした。

 この街には長居をする予定はなかったが、日が傾き始めた今、下山するわけにもいかず街の外にテントを張り泊まることにした。

 エレインとはあの後、いきなりのことなのでまた明日時間がほしいと言われ、そこで別れた。今頃はエレインもどこかで休んでいることだろう。

 近くを流れる川の音が心地よく耳を抜けていく。

 

「チ!」

 

 ティティが耳をピンと立てて何かに反応した。

 テントから出ると外にいたのは酒場で出会ったクロエだった。

 

「お兄さんがクロエの言ってた人?」

「君は……クロエじゃないの?」

「ぼくはジェミニ。クロエとは双子なんだ」

 

 クロエと同じ顔をしたその子はジェミニと名乗った。

 

「旅の人がいるって聞いて、来たんだけど」

 

 クロエより大人びた落ち着いた雰囲気のジェミニはにっこりとアルルカに笑いかける。

 ジェミニは旅の話を聞かせてほしいとアルルカのテントに泊まることになった。

 

「アルルカはあのお姉さんと旅をしているの?」

「いや、最初は師匠と。それからはひとりで旅をしてるよ」

「チチィ」

 

 今は自分がいるとばかりにティティは胸を張って鳴く。ジェミニはその姿にいじわるしたい気持ちになり、突き出した胸をもふっと触るとティティはヂヂッと抗議の鳴き声をあげた。

 

「いいなあ」

「ジェミニも旅をしてみたらいい」

「……クロエを置いてけないから」

 

 クロエを連れていこうとは思わないんだなとアルルカは少しだけジェミニの言葉に引っかかった。双子といえどいつも、いつまでも一緒にいるわけでもいたいと思うわけでもないのだろうか。それなら置いていけないという言葉は出ないだろう。クロエを置いていけない。それはつまり、クロエはここから出られない何かがあるということなのだろうか。

 ただの深読みのしすぎなら良いのだがとアルルカは小さな違和感を頭の隅に追いやりジェミニと共に眠りについた。

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