第4話 気高き主(1)

 更に山を下り先に進むと前回の村よりも人が多く活気のいい村へと着いた。そこも協会はなかったが素泊まり出来る宿はあり、2部屋取る事が出来た。

 いつも通りに村の中と周りを見て回る。いつもと違うのはエレインがそばにいること。

 

「宿に荷物を置いていかないのですか?」

「うん。盗まれることもあるからね。協会が関係してる宿は結構しっかり管理してるからあまり心配はいらないんだけど、貧しいところだと村全体で旅人から物を盗むこともあるんだ」

「なるほど。そういうこともあるのですね」

 

 エレインは几帳面にアルルカから学んだことをメモにとっていく。

 この村は屋台はないが数件の食事処がある。その中でも1番古そうな建物の食事処に入ることにした。

 

「いらっしゃい」

「1番出ているものがあればそれと、アルコール以外の飲み物をふたり分。それと果物があればそれも」

「はいよ」

「ここ、動物はいても大丈夫ですか?」

「悪さしないなら構わないよ」

 

 アルルカは慣れたように注文をする。動物がいても構わないかを確認すると、リュックとは別に用意していた鞄の中からティティを出してやる。

 

「大人しくね」

「チィッ」

 

 ティティは机の上に登ると入っていた鞄をラグのように敷いてちょこんと座った。

 アルルカは苦笑いしながら机の上からティティを椅子の上に置いたリュックの上に移動させた。

 

「お前はこっちね」

「チィィ」

 

 不満そうなティティの頭を撫でて向かいにいるエレインに目を向ける。

 

「エレインさんって今何歳なんだっけ。俺より年上だよね?」

「17歳らしいです」

「らしい?」

 

 自分の年齢を言う時に‘“らしい”などと誰かから聞いた話を伝えるような言い方をするだろうかとアルルカは聞き返す。

 

「私、10歳までの記憶がないので。父が言うにはその当時が10歳だったので、それから7年経っていますから17になると思います」

「記憶喪失の原因は分かってるの?」

「誘拐されたことがあるので、そのせいじゃないかと言われています。未だに記憶は戻りませんから本当かどうかは分かりませんが」

 

 思っていたよりも内容の濃い話を聞いていると料理が運ばれてきた。

 

「クラウンチーズとアマハナのジュースと木苺ね」

 

 アルルカとエレインの前にそれぞれ耐熱皿に乗ったこんもりと盛り上がった何かと赤い色の飲み物が置かれた。

 

「てっぺんに穴開けて萎ませてから食べなね。ジュースは甘かったら木苺でも潰して混ぜて飲んでくれ」

 

 説明された通りに山のようになっている何かのてっぺんにスプーンで穴を開ける。すると中の空気が抜けて萎み、覆われていた中身が見えるようになった。中身は白いソースが絡まった野菜とペンネだった。覆っていた膜のような何かがチーズだったようで、中身についた部分が溶けはじめていた。

 全てをスプーンに乗せて口に運ぶ。チーズに覆われていた中身は熱く、口の中へ空気を送ってやりすごす。

 濃厚なクリームとチーズが野菜の水分で食べやすくなり、固めのペンネがしっとり甘めで動いた体にはもってこいの料理だ。

 

「あまい……」

 

 エレインは先にジュースを飲んだらしくその甘さに驚いていた。アルルカもその様子を見てアマハナのジュースを一口。

 アマハナのジュースは花のような匂いがふわりと香り少し樹液や花の蜜のような味がした。そして砂糖を煮詰めたのかと思うほどかなり甘い。

 ティティの前に置かれていた木苺をふたつほどもらい、スプーンで潰してジュースに入れると木苺の酸っぱさがアマハナの甘さを抑えてくれた。アルルカの好みは断然木苺入りだった。

 エレインはそのままが気に入ったのか木苺を入れることなく飲み続けた。

 

「このアマハナというものは初めて飲みました。花からこんな美味しいものが採れるんですね」

 

 食事処から出るとエレインはそう言った。

 

「アマハナは……、実物を見に行こうか」

「あるんですか?」

 

 アルルカはアマハナがどんなものなのか説明しようとして一瞬言葉を止める。まだ村の中を回っていないのにアマハナがこの村に存在すると確証を持っていた。

 村の中でも日の当たらない場所を探しながら進むと日の昇る頃には建物の影に、日の落ちる頃には森の影になるような場所を見つけた。

 そこには並んだ低木が大きな花を咲かせていた。

 

「あれがアマハナ……」

「あんな見た目でも果実なんだ。見た目と匂いが花に似ていてすごい甘いからアマハナ」

「花ではないのですね」

 

 アマハナは大きな肉厚の花のような見た目をしており、中心の種が実を突き破ると収穫の合図になる。日に当たると熟す前に水分が抜けて萎びていくが、植物ではあるので日光は最低限必要だった。だからこうして日光に長く当たらないような場所で育てているのだ。

 そのまま運搬すると振動で破裂して大量殺戮の跡かのように見えるので主にジュースや酒、ジャムに加工されて出荷されている。

 ジャムはアマハナ自体の糖度が高いので砂糖は入れずに酸味を足して作られることが多い。

 

「食べてみるかい?」

 

 アルルカとエレインがアマハナを見ながら話しているとそれに気づいたアマハナを育てている農夫がアマハナをひとつもぎ取り半分に割ってそれぞれに渡してくれた。

 半分に別れたそこからは真っ赤な果汁が垂れていて加工せずともこれだけで十分飲めそうなほどだ。

 思い切ってかぶりつくと口に入りきらなかった果汁が口の端から垂れていく。きっと口から血が出ているように周りからは見えることだろう。

 アルルカが隣を見れば誰かを食い殺したかと見間違える姿のエレインがいた。

 口元からアマハナを持たない方の空いた手までが真っ赤な汁で染まっている。

 段々アマハナが臓器のようにも見えてきた。

 農夫はエレインを見て爆笑する。

 

「嬢ちゃんみてぇになるからアマハナは吐血瓜って別名があるんだよ」

 

 なるほど、言われてみれば吐血をしたようにも見えるとアルルカは納得した。エレインはどうすればいいのか分からずにこれ以上汚さないように動けないでいる。

 アルルカはエレインのアマハナを受け取り、農夫から濡れタオルをもらってエレインに渡してやる。まだ多少赤さが残るものの大惨事のような光景はなくなった。

 

「アマハナ……恐ろしい食べ物です」

「ふっ……ごめ、ふふっ」

「どうしてアルルカは汚さずに食べれたのですか」

 

 エレインにジト目で尋ねられアルルカは自慢げにアマハナの食べ方を教えた。

 

「コツがあるんだ」

 

 アマハナは水分量が多い。だから思い切りかぶりつくのではなく最初に汁気を吸い、少し歯を立ててからまた吸い少しずつ食べていくと果汁をなるべく零さずに食べることが出来る。

 

「坊主はよく知ってるな」

「前に来た時に教えてもらったんだ」

 

 アルルカは数年前にこの村へ師匠のルナルスと共に訪れていた。その時にアルルカは先程のエレインのように顔と手を真っ赤に染めてルナルスに笑われたのだ。

 

「そういえば、川の調子は今どうですか?」

「さてね。何年か前に人が襲われたって噂になってから誰も近づいちゃいないからな」

「そう、ですか」

 

 エレインはアルルカの話が分からず首を傾げる。

 

「近くに川が?」

「うん。でもすごい濁ってて、しかも人間に有害な毒素も含まれてるから飲水にも手を洗うことも出来ないよ」

 

 この近くには山から流れる川が流れており、この村はその川から水路を引く予定だった。しかし川は淀み毒素を孕んでいた。雪解け水は無害であったし、幸い湧き水もあり井戸を掘ることも出来たため水に困ることはなかった。

 しかし水路を引くことが出来ればもっと豊かになると川を諦めることが出来なかった村人は川を綺麗にしようとした。しかしそんな村人を巨大な目のない魚が襲ったのだ。

 それから村人は川の主である魚を恐れて近づかなくなっていた。

 だから今、川がどうなっているかは誰も知ることがない。

 

「あの時、師匠は確か――」

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