雨の日曜日。

崔 梨遙(再)

1話完結:1500字

「お姉さん、雨やなぁ、傘に入れてやぁ」

「あなた、傘を持ってるじゃない」

「僕は、お姉さんの傘に入りたいんや」

「自分の傘で帰りなさい」

「ほな、この傘はこうするわ」


 僕は傘をゴミ箱に入れた。


「ほら、僕の傘は無くなったで。お姉さんの傘に入れてや」

「ダメ! 私、彼氏いるし」

「その彼氏って、たまたま僕より出会うのが早かっただけやろ?」

「自信満々なのね」

「自信に満ち溢れた男は嫌いなんか?」

「嫌いじゃない。でも、私はもう帰るから、他の娘(こ)を探してね」

「ああ、残念」


「お兄ちゃん、食事でも行かへんかぁ?」

「え! 誰?」

「私。もう忘れた?」

「真亜子やんか。忘れるわけないやろ」

「ナンパしてたくせに」

「真亜子がいなくなったから苦労してるねん。真亜子が東京に行かへんかったら、こんな苦労はしてへんのや」

「濡れてるよ。そのゴミ箱の傘でも差したら?」

「一度捨てたものを拾えるかいな」


 真亜子は、僕の元カノ。僕を取るか、出世コースの東京進出を取るか悩んだ挙げ句、東京へ行ってしまった女性だ。歳は僕の2つ下。ということは、もう27歳になるのか。相変わらず、“女子アナか?”と思ってしまうくらいキレイだ。スタイルも抜群だ。本当に、芸能人になれるかもしれない。


 僕は黒の夏物スーツ。インナーは黒のタンクトップ。ワンポイントにシルバーのネックレス。真亜子も黒のスーツ姿だった。


「何なん? この衣装かぶり。なんでお互いに黒ずくめなん?」

「雨の日は黒でしょ?」

「うん、僕もそう思って黒を着てきたけど」

「早く私の傘に入りなさいよ、濡れてるわよ」

「いや、濡れるのは嫌いやないねん」

「いいから、入って」

「……ありがと」

「食事しよう、店は私に任せてね」


「今日は、なんで帰ってきたんや?」

「うーん、ちょっとね」

「その左手の薬指の指輪と関係がありぞうやなぁ」

「あ、気付いた?」

「気付くわ! 結婚したんか?」

「まだ婚約。挙式はまだ。でも、結婚の準備で実家に帰ってきたのは確かだけどね」

「そうか、結婚するんか」

「うん、相手は職場の上司」

「真亜子の今の役職は?」

「今、次長」

「そうか、係長やった頃から比べたら出世したんやな」

「うん、崔君との約束だったもんね。仕事、頑張ったよ」

「まあ、真亜子が幸せやったら、それでええわ」

「ナンパし放題だしね」

「あのなぁ、真亜子が東京に行ってから、僕がどれだけ泣いたと思ってるねん?」

「泣いてくれたの?」

「号泣やったわ」

「ダメじゃん、私から卒業しないと」

「真亜子には本気で惚れてたから、なかなか卒業できへんわ」

「じゃあ、卒業式してみる?」

「卒業式?」

「ホテルに行かない?」

「え! ええの?」

「うん、これを卒業式にしましょう」

「じゃあ、今夜ホテルに泊まろうか?」

「馬鹿、婚約中なのに朝帰りできないでしょ?)

「じゃあ、どうすればええの?」

「今から行くのよ」

「え! 今から?」

「そう、ホテルへ。実は私も崔君から卒業できていなかったから」



 僕等はホテルへ行った。


「私、崔君のこと、忘れてなかったよ。でも、忘れなきゃね」

「そうやなぁ、僕も忘れなきゃね」

「これで忘れられそう?」

「どうやろう? やっぱり愛しい」

「ガムシャラに愛してくれた崔君は、もう思い出の中にしまいこむから」

「そうなん? ほな、僕もいよいよ思い出の中にしまいこまんとアカンな」

「そう、今日は卒業式だったから。今はまだ結婚前、まだ独身だからできた卒業式。結婚したら、不倫はしたくないからね」

「そうやなぁ、今日は卒業式やったんやなぁ」



「大丈夫、雨が2人の想いを洗い流してくれるから」







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雨の日曜日。 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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