クオンタム・テイルズ 〜ハルシンファルの聖剣〜

霜月 由良

第1話 少年と聖剣/PARTⅠ

 地面に少年の身体が倒れると、湿った土の匂いが鼻を通して肺に満たされた。それとさびた鉄のような味が口に広がる。腹部に手を当てるとひどい激痛とヌルヌルとした暖かい赤い液体が手を濡らす。


「あ……ぐっ……」


 必死に立ち上がろうとするが漏れ出る赤い液体と共に力も抜けていってるのだろうか、いくら少年が歯を食いしばって力を振り絞っても身体は言うことを聞かなかった。


「……やめて!触らないで!」


 少年の耳によく知る少女の声が届く。その後に続く下卑げびた男たちの笑い声も。なんとかしなくては……何が何でも彼女を助けなければ死んでも死にきれない。無我夢中でなにか方法を探す少年の目に古ぼけた剣が飛び込んでくる。その時、なぜかそのただの薄汚れた剣が唯一の希望に見えた。少年は最後の力を振り絞り腕を伸ばすと剣をつかんだ。


―――― 


かつて世界には三つの国があった。天の国と地の国、そして人の国である。人の国には人間たちが、天と地の国にはそれぞれ天霊と地霊が暮らし平和な時を過ごしていた。しかし、その平和は長くは続かなかった。地霊が人の国に入り込み人間たちを惑わし苦しめ始めたのだった。天霊たちはすぐさま光を剣にすると人の国へと舞い降り、七日間の激しい戦いを繰り広げたが、天霊たちもおびただしい被害をだした。その時、人の国から一人の勇者が現れ、天霊たちから祝福を受けた聖なる剣を手に地霊たちを討ち払い地の底へと封じたのであった。この勇者の剣こそ後にハルシンファルの聖剣と呼ばれる剣であった。この聖剣はのちの歴史にもたびたび姿を現し、時代の節目を作ったと言われ―――ねぇ、聞いてる?アレス?さっきから聞いてるんだけど?


 アレスと呼ばれた眼鏡をかけた少年が読んでいた分厚い本から目を上げた。昼過ぎの暖かい日差しを背に栗色の髪の少女が不満そうな顔をして覗き込んでいた。少女はアレスの住んでいる村の幼馴染、レアだった。レア・アトラス―――ボクとは真反対の活発な少女で運動神経は村でも抜群、さらに勝ち気な性格のおかげで同世代や歳下の子供たちのリーダー格になってる。昔からいろいろと探検につきあわされたっけ……。


「えっと、ごめん。なんだっけ?」


「なんだっけって……、そろそろ稽古けいこの時間でしょ?ウォレンさん待たせたら怖いよ?」


「えっ、もうそんな時間?でも正直僕が行っても仕方ないんじゃないかな……、最近めっきり上達しないし……」


「なー!そんなこと言わないの!始めたときより全然上達してるんだから、自信もって」


「でもレアに毎回負けてるし……、それもボコボコに」


「そ、それはこれからこれから!今日は勝てるかもしれないじゃん!」


「昨日もそう言ったよね……、おとといもその前も」


 相変わらず煮え切らないアレスにレアが耐えきれず爆発した。


「なー!!もう早く支度する!本しまっていくよ!」


 やや強引に手を引っ張られるとアレスは村に住んでいる剣の先生、ウォレンの所へと連れていかれた。ウォレンの家につくとレアが戸を叩き名前を呼ぶが返事がない。


「あれ、もう稽古場に行ったのかな?」


 レアがさらに力を込めて戸を叩くと家の裏庭からこっちだ、回ってきてくれと男の声がした。その声に従ってアレスたちが裏庭にまわると色あせた金髪に白髪混じりの壮年そうねんの男と美少年といって差し支えないほど顔立ちの整った銀髪、赤目の少年が上半身裸で薪をわっていた。


「ウォレン先生……とマイロ?何やってんの?」


 レアが尋ねるとマイロと呼ばれた銀髪の少年が大汗を拭いながら笑って答えた。


「いやぁ、最近めっきり身体がなまってるから日頃お世話になってる先生に恩返しをかねて薪割りをしようかと……」


「ウソを付くな、このバカタレが。またお前が村の女湯を覗いたからその罰だろうが」


 ウォレンに頭からゲンコツを落とされ、マイロがうめく。レアがやれやれ、またかといった表情でため息をついた。ウォレン・アストルとマイロ・ブーン―――ウォレンはボクたちの剣の先生であり、元々は別大陸にあるコンチネンタル共和国の将軍だったらしい。なんでこんな名前も無い村に来たのか何度聞いても教えてはくれなかった。そしてマイロ、彼も幼馴染で見た目はいいけど行動がちょっとちょっとなお調子者だ。


「それじゃそろそろ稽古といこうか」


 ウォレンががっしりとした肩をグリグリ動かしながら言った。それを見たマイロが弱音を上げた。


「オ、オレはもう動けねーっすよ!もうになっちまって……」


「それをいうなら腕が棒に、でしょ?」


 レアのツッコミにウォレンも乗っかる。


「そうだな、それぐらい言えるならまだまだ余裕だろう。さぁ、来い!」


 ウォレンの太い腕に頭をはさまれマイロは情けない悲鳴を上げながら稽古場に引きづられていく。アレスとレアはそんないつもの光景に苦笑しながら後をついて行った。


―――――


 村から少し離れた丘にある稽古場についたアレス、レア、マイロの三人はウォレンの指南を受けながら、木刀をもってそれぞれ標的がわりのカカシに打ち込んでいた。稽古場に木と木のぶつかる音が鳴るたび、ウォレンの声も響く。


「アレス、もっと腰を入れて打ち込め!それでは押し負けるぞ!レア、攻撃的なのはいいが防御の意識も忘れるな!マイロ!今度木刀をそんな使い方したらケツを蹴り上げるぞ!!」


「へいへい、わっかりましたよ!まったくやかましいっての……」


「聞こえてるぞ、バカタレが!」


 ウォレンが木刀でマイロの頭をガンと叩くとマイロはぎゃっと叫び声をあげて頭を抱えてうずくまった。


「マイロってほんと学習しないんだから」


 レアが鋭くカカシに打撃を入れながらつぶやく。レアのカカシはボロボロでそれがいかにレアの剣術の腕が立つか物語っている。


「まぁ、いつものことだから。マイロらしいよ」


 アレスはレアのより形の保っている自分のカカシに打ち込みながら答える。打ち込むたび手のひらがヒリヒリとしびれた。


「よし、打ち込み終わり!次はいつも通り模擬戦だ」


 ウォレンの声でアレスとレアはカカシから離れ、お互いに向き合って木刀を構えた。


「さぁ、今度は私に勝ってみせてよね!」


「はは……、お手柔らかにね」


「なー?ほんとに弱気なんだから。それじゃ私に勝ったらその、えっと、なんでもいうこと聞いてあげる!」


 顔を赤くしてもじもじしながら、レアが恥ずかしそうに言った。


「えっ、なんでも?」


「そっ、そう!だから全力でかかってきてよ?」


 アレスはレアが急にどうしてそんなことを言うのかわからなかったが普段振り回されているお返しをしようとアレスは木刀を握りしめるとはぁっ!!と声を上げながらレアに打ち込んだ。そして―――。


「アレス?ねぇ大丈夫?」


「ん、あれ……?」


 アレスがゆっくりと目をさますと倒れているアレスの顔をレアがしゃがみこんで心配そうにのぞき込んでいた。


「どうして……?たしかレアに勝ちたいから全力でレアに打ち込んで……」


「打ち込もうとして滑って転んで頭を打ったの、りきみ過ぎたみたいだね」


 レアの説明を聞いてアレスはなんとも惨めな気持ちになった。ただ負けるだけじゃなく滑って気絶するとは……。


「ありがと、情けないな……。今日は勝ちたかったのに」


「仕方ないよ、また次がんばろ?そしたらいうこと聞くから……」


 レアが顔を背けて何やらごにょごにょ言っていると背後からウォレンの声が聞こえた。


「おい、アレス大丈夫か?気絶していたから心配したぞ」


「あ、はい先生、大丈夫です」


 アレスが体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。少しめまいはするけど大丈夫だろう。


「そうか、ならあいつを二人で家まで運んでくれないか?少ししごきすぎたようでな」


 ウォレンが指で指すほうを見ると地面の上にぼろぼろの何か……、いや、マイロが大の字になってのびていた。


「わかりました、連れて行きます。先生、ありがとうございました」


 レアとアレスがウォレンに頭を下げてマイロを回収する。マイロの体を起こし両脇から支えて立たせると足をずるずると引きずりながら村への道を歩き始めた。


「……いやもうムリっすよ!!」


 村への道を半分ほど進んだところでマイロがかっと目を見開き叫んだ。 


「うわっ、びっくりした!」


「んにゃ……?アレス?なんで?」


「ウォレン先生にめちゃくちゃしごかれてのびてたんだよ、覚えてない?」


「あー、クソ。だんだん思い出してきた、あのおっさん散々オレのこと傷めつけやがって。オレのこのきれいな顔に傷でもついたらどうすんだよ……」


 マイロぶつぶつとウォレンへの恨み節をつぶやいているをレアが叫んだ。


「ちょっと!起きてるなら自分で歩いてよね!重いんだから!}


「えー、つれないなぁ。こっちはけが人なんだぜ?」


「ムリ!重い!汗臭い!」


 ぶーぶーと文句を垂れるマイロとぎゃーぎゃーと叫ぶレアのケンカを聞きながらアレスはほほえんだ。きっとこんな日常はずっと続くのだろう、こんな名もない小さな村だけどそれも悪くないなと思った。


しかし、そんな日々は続くことはなかった。



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