雨と花と猫と思い出と、

猫部部員 茶都 うなべ

好きですか?雨。

 朝からずっと雨が降るとある6月の日。私達は、静岡県のはじにある図書館の受付でずっと作業していた。

 私は本の修復を、新入りの彼 野春菊矢のはるきくやが企画の掲示作りをしていた。五十冊越えたあたりで、ずっと気になっていた事を彼に聞いてみた。

「好きか?」

「...えっ?」

 彼のいつもの仏頂面が崩れ、頬を赤らめる。その表情を見て気づいた。言葉が足りない。

「すまんな。好きか?雨。」

 強く窓に打ち付けていた雨も止まり、静寂に包まれた。

「雨...ですか。花と蛍があれば好き?ですかね。」

「私の書いた自分用枕草子じゃないか。読んだのか。」

 ここの図書館では、毎月一冊の誰もが知る名作をテーマにした企画をやっていて、今月では枕草子である。そのなかで自分流の枕草子を書こうというイベントがあったのだ。

「なんでしたっけ?夏は紫陽花。様々な色の花弁を雨露が濡らすのは...でしたっけ?森さん?」

 勝ち誇るような目で、私が書いた枕草子をすらすらと唱える。その記憶力いいな、なんて思いを込めて私もにらみかえす。

「むぅ...私はそういう理由で雨が好きなんだが、菊矢はどうなんだ?。」

 ゆっくりと本を離してからころと椅子を私のそばまで持ってきて、菊矢は考え始めた。そんなにむずかしいことなのか。そんな彼の姿をじっと見つめる私。

 パラパラという雨がビシャビシャと水溜まりが打ち付けるような雨になってきた。

 私達の間に永遠とも思えるほどの長い時間が過ぎた頃。


ーゴロゴロビカッー


「うわっ。なにっ?」

 雷によって沈黙が破られた。

 流れる沈黙が心地よすぎた私は雷に驚きすぎて、悲鳴をあげてしまった。

「ちょっと待ってよぉ。」

 椅子から転がり落ち、頭をぶつけるかと思いきや、そこは少し筋肉質な腕のなかだった。

「ドジ。なんですか。それともビビりなんですか。」

「その選択肢はストレートに傷つくから、やめてくれ。」

「っ。それシオン姉にも言われました。女心というか、人の心考えなしだねって。」

 ドクンと心臓がはね、周りを見るとどこからどう見ても菊矢の腕の中だった。恥ずかしい。おろしてくれとじたばた暴れるが、全く離してくれない。

「やはり森さんはそういうカフェにあるような高い椅子に座らせられないですね。」

「カウンターが高いんだよ。」

 さっきよりもじたばた暴れるが、


ードッサッー

ーピカゴッロッー


「うわっ」

 さらに雷が雨もさらにひどくなってきた。そして菊也に何かあったようだ。大方本か作成中の企画用展示なんだろう。先ほどまで余裕そうだった菊也がプルプルしてきたので、本が落っこちたのだろう。

「右腕はずせ。飛び降りるから。」

 恐る恐る右腕が外されたので思い切って飛び降り、彼の足の上に落ちた本を回収する。

「なぁ 帰ろうか

「森さん帰りませんか。」

 見事に息が揃い笑ってしまった。

「じゃあ僕が鍵を確認してくるので、机の片づけと館長に連絡をお願いします。」

「あぁよろしくな。」

 カバンからスマホを取り出すと、充電が切れてしまったようで画面がつかない。今日は運悪く充電器一式を忘れてしまったので、館長のおいていったコードとアダプタを拝借させてもらう。

 画面がつくまでにと、落とした本やハサミなどを慌てて片付けていたら菊也が戻ってきた。

「OKでしたか。」

「ごめん。スマホ充電ないから連絡してもらっていいか。」

「じゃあ、僕が電話しながら車取りに行ってくるので森さんも一緒に帰りませんか?今日もバイクでしょ。」

 その提案は渡りに船だった。この前雨の時にバイクに乗って帰ったら、風邪をひいてしまったのだ。館長から雨の日バイクで帰ってはダメと言われてしまったし。助かる。

「あっ館長からメール来てました、早く帰れですって。森さんはバイク乗せるなって。」

 そういいながら彼は外に出て行って、私も慌てて出る。明日こそ本の話ができますように。私はそんな思いを図書館に閉じ込めた。

 猫柄の傘をとって外に出ようとしたら、菊矢が育てているミヤコワスレと福寿草が室内に避難されていた。

「キレイな花まだ見せてくれよ。」

 少し雨で景色が霞んでいる。そんな中菊矢が座り込んでいるのが見えた。

「大丈夫か、いやどうかしたか?」

 あわてて駆け寄り声を掛けると、雨でびしょ濡れだというのに笑顔で。

「あっ!森さんですか。この子猫を見てください。」

 頭を猫のようにブンブン振りながら、少し横にずれて茂みにいるなにかをみせてくれた。

「黒猫?親猫とはぐれたのか。」

「そうなんです。たまにあの福寿草の回りに親猫の三毛猫さんと一緒に来てたんですけど。」

 菊矢は鞄から猫のあの有名なおやつを取り出して手に少しつけてそっと差し出す。子猫は前から菊矢におやつをもらっていたんだろう。少し警戒しつつも恐る恐るおやつに寄っていっている。

「飼いたい。」

「いやいや、森さん僕が連れて帰ります。」

「私は実家で猫を飼っていたから、道具一式あるぞ。」

「いやいや、絶対猫森さんになついていなかったと思いますよ。」

 なぜだ。なぜ本当のことを簡単に言い当ててしまうのか。菊矢君は読心術でも会得しているのか。とツッコミしたいほどにすぐに言い当てる。

「いいや、扱いは私の方が得意だ。」

「家にもうゲージとかあるので。」

 猫を茂みから取りだそうとすると、菊矢の手がそれを阻みさっと猫を抱えてしまった。触りたかったのに。

「とりあえず森さんを送っていってから動物病院に連れていく。」

「いや、私も行くぞ。鍵を貸せ。私が動物病院まで運転していく。猫を抱えたまま運転できないだろ。」

 なんど聞いても濡れた彼は頷かない。どうしたことかと考え込む私を諦めたと勘違いしたようた。

「帰りましょう。」

 帰らせようとするが、油断しきった菊矢の手から鍵を奪い取り、菊矢を強引に助手席に押し込む。

「文句は後で受け付けるからな。」

 車の運転は3年振りくらいだが、まぁ大丈夫だろう。

「森さんちょっと運転危険!」

 横で匊矢がなにか叫んでいる気がするが、なんだろうなー。と無視しておくが少しやかましい。と思ったら、あっという間に黙る匊矢。とりあえず良かったと車を飛ばす。

「森さん...」

 動物病院まであと5分程になったころ、ふいに匊矢が私の名前を呼んだ。怒られるかと思い強めに

「なに。」

 と言ってしまったが匊矢にはそれが予想外だったようで少し笑ったあと。

「僕は雨が嫌いです。あの花が咲き誇るから。」

 信号は赤。私は彼の瞳をじっと見つめる。ここでやった疑問、彼の違和感が解けた。

「お前は名前に縛られているんだろう。野春菊。ミヤコワ...」

「貴女は...ですね...に。」

 クラクションがなり、前を見ると信号が青に変わっていた。

 図書館に居た時の空気よりも更に澱んで、次に何を言おうかそう考えるのも躊躇ってしまうほどだ。

「カガミ。よろしくね。」

 猫を撫でながらそう優しく語りかけている匊矢。カガミ...あぁ福寿草の縁で会った2人?ならきっと仲良くなれるだろう。

「森さん。蝦夷森星見さん。」

「どうした?。」

 なぜ彼は答え、ヒントをあちこちに残すのだろうか。

 なんか気まずい...。そんな雰囲気をカガミも感じ取ったのか

「にゃーん」

 と、調和させるように鳴く。

 猫にまでそんな気を使わせたのが、なんか悲しくて、気まずい空気を吹き飛ばしたくてアクセルを踏み込む。

「目的地の動物病院過ぎましたよ。」

「あっ。」

 うっかりした。ちょうど近くにコンビニがあったので方向転換させてもらう。

「てへ。すまんな。」

「...森さん。そういえば、僕の育てている花どうですか?」

 彼の育てている花はミヤコワスレ、福寿草。福寿草はそのままでいいだろう。

 育てるのならば、

「ミヤコワスレじゃなくて、ネリネはどうだ?」

 ネリネは彼岸花の仲間で花言葉は

「また会う日まで、ですか。いいですね。ミヤコワスレの別れよりも。」

 そうだろう。別れという今をずっと見るのではなく。その先の未来を見て欲しい。

「マイナス思考じゃだめだぞ。」

「森さんはプラス思考すぎますよね。」

「私のはちょうどいいんだよ。」

「プラス思考過ぎて、詐欺とか悪い男に騙されそう。」

「ないない。」

「いや、あるね。これまでに1回は騙されたことあるでしょ。」

 いつか君を縛るあの花を、貴方への愛を持った人が枯らしてくれますように。

 どうか、ミヤコワスレを育ててしまう彼の心の雨を止まさせることができる胡蝶蘭の君があらわれますように。

 シオン姉さんはそう願っているから。

 水の滴るいい男になった匊矢をチラ見して、私は思わず笑ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨と花と猫と思い出と、 猫部部員 茶都 うなべ @tyanomiya_3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画