[短編] 復讐と青

@Jack_hogan_88

復讐と青

 復讐は何も生まないという言葉があるが、何もしないよりかはマシだと思う。

 初夏、夕陽に差し込む放課後の教室廊下から流れてくる運動部の笑い声や吹奏楽部が奏でる音色が入り込んできている。

 高校三年生の中間テストを2週間後に控えている僕はどうにか赤点と補修から逃れるため苦手科目の数学の問題を解き、悩んでは、問題の解説を読みやるせない気持ちのまま解き方を理解しようと奮闘していた。

 黒板の前にはバスケ部のユニフォームを着た男子四人が教卓を囲む形で談笑している。不思議なことに四人とも似たような髪型をしていてなんだか軍隊のような統一感があった。

 バスケ部の男子達は大声で何かを話していて、どうやら誰かの陰口らしかった。

 四人のうちの一人が嘲笑と皮肉を込めて

「てか今日の〜くんまじかっこよくて英語の時間当てられた時めちゃくちゃ黙っててさ〜」

「うわかっこよ。流石だわ〜」

 といったような、大体は嫌味と受け取れる、誤魔化しの効いていない陰口を叩いていた。

 流石に十五分くらいそんな話を聞かされていると数学の問題に向けていた集中を削がれ、僕は辟易としていた。

 それから五分程経った時、隣の席のYが教室に入ってきた。

 僕はこれまでYと授業中の話し合いの時以外話したことはなく、Y自身いつも教室で静かでいるタイプの人間なので教室に入ってきた時には別に言葉をかわすこともなくそのまま自分の席に座った。

 Yが教室に入った瞬間、バスケ部の四人が揃ってYの方に注目し、沈黙していた。

 Yが何かのの問題集を机の上に置き始めた頃、バスケ部の四人が先程までの様子とは打って変わってひそひそ話をし始めた。

 あぁ、Yの陰口を言っているのだなと思った。

 バスケ部の四人はチラチラYの方を見ながらひそひそ話をしており、もしこれで逆にYに関係ない話だったら驚きだ。

 自分には関係ないと心のなかで突っぱねて数学の問題の続きを解こうとした時、見えない視界の目の前で二人の足音が僕の左側から聞こえてきた。

 どうやらバスケ部の四人のうちの二人がYに話しかけていた。二人は口を開くなり静かめな人間を侮蔑で包み込む呼び方でYを茶化し、今日はなんの小説を持ってきているのかYに舐め腐った態度で聞いていた。やがて行為はエスカレートしていき、罵倒を浴びせたり、机を蹴り上げたりしていた。

 Yはこれまでにも何回か似たような絡まれ方に遭ったからか、沈黙を貫き通していた。

 二人は無視されたことを過剰に、被害者意識全開でYの行動を非難していた。

 それでも沈黙を貫くYに二人は呆れ、教卓の方へ戻っていった。

 それから数分立った後、四人は教室から去っていった。

 正直、前々からYの事は変わっている人間だとは思った。偶にホームルームで率先して何か面倒事を引き受ける位にちゃんとしている割には一時期はほぼ毎日遅刻して学校に来るくらいはだ。しかしそれは虐げられる理由ではあってならない。

 Yのことを気の毒に思った僕は慰めの言葉をかけようとした。

「…さっきは災難だったね。俺はああいう奴らの考えることがほんと理解できないよ。」

 当たり障りない言葉ではあったがそれでもコミュニケーションの切り口おしては申し分ないかと思っていた。だが、Yは黙っている。

 十数秒経ったあと、Yはやっと口を開けた。

「…いいんだ。ああいうのは放っておけばいつかあっちから関わろうとしなくなる。」

 その言葉を聞いても僕は安心しなかった。今更、やっと思い出した。Yは去年度も僕と同じクラスで、面談か何かで帰るのが遅れ教室に戻った時、さっきと似たような光景があったことを。

 こういう時、どうすれば憐れみではなく慰めの言葉をかけられるか、僕は硬直したまま、次の一言目を探していた。

「もし、さっきみたいなことがあって、辛くなったら言ってくれよ。解決できるかは別として、気持ちを吐き出す事も大事だと思うんだ。」

 Yは再び沈黙する。そして数秒経ってまた口を開いた。

「…ありがとう。橋本は優しいんだな。」

 そう言うとYは問題集に顔を向けた。僕の苗字を覚えていた事に小さな衝撃を受けながらも僕も同じ方向を向きシャーペンを持った。

 そこから十五分ほど経った頃だろうか。今度はYから話しかけてきた。

「橋本…あぁ…ごめん解いてる途中なのに」

「いやいいよ。どうした?」

「橋本は優しいし唯一俺に慰めの言葉をかけてくれたろう。他人に冷たいこの学校の生徒の中じゃそんな人君だけだよ。」

「う、うん」

 急に褒められると照れを通り越して怖い。

「だから君にだけ秘密を教えてあげよう。」

「秘密?」

「あぁ、秘密」

 そう言ってYが鞄の奥から取り出したのは銃だった。形からするとリボルバー系のもののようだった。僕は意味が分からなかった。なんで鞄から銃が出てくるんだよ。

 とりあえず僕はそれが冗談か確かめることにした。

「それ、エアガン?」

「いや、違うよ。本物。銃弾だって、ほら。」

 Yは銃弾を装填する部分を展開し、銃弾を一つ取り出し、僕の手に乗せた。

 感覚としては、まさに鉛の重さだった。本当に本物なのか?だとしたらこれをどうするんだ?僕の背後から嫌な予感が纏わりついてくるのを感じた。

「橋本、俺はね、いつもいじめてくるあいつらをこれで撃ってやろうと、復讐してやろうと思うんだ。」

 銃が本物かどうかはさておき内心、僕は嫌なことを言われただけでそれはやり過ぎじゃないかと思った。

「でも、流石に暴力でやり返す、というか殺すのはやりすぎなんじゃないか?」

「橋本、暴力は直接人を傷つける最低なものだけど言葉はもっと最低なんだよ。言葉を吐くのに労力は要らないし物理的な傷くらい、それかそれよりも長く残るものなんだ。」

 実際言葉で傷つけられた所を見せつけられたからにはそれを否定するわけにはいかなかった。僕は呆然としていた。

「いつも通りなら五時十分あたりからまたあいつらが戻って来る。その時にこれで二度と言葉を吐けないようにしてやるんだ。」

 あまりにも現実離れしすぎた自体で頭が混乱してきた。素人目に見てもYが取り出した銃には金属特有の光沢があった。仮に銃が本物だとしたら僕はどうしたら良いんだ。これは止めるべきなのか。

 このあとYがあの四人組を撃った後俺も撃たれるのだろうか。それか見逃されて警察で事情聴取されるのか。まるで見通しがつかなすぎる未来に僕は頭を抱えた。

 時計を見ると五時を回っていた。この十分間でなんとかYを止める方法を考えなければ。

 とりあえず僕はそうなんだとよくわからない相槌をしてトイレに行った。

 立ち上がった瞬間Yにどこへ行くのかと聞かれた時、正直怖かった。なんというか、Yの目はこれから人を殺す覚悟が決まった目をしていたのだ。

 洗面所で顔を洗い、意識をよりはっきりさせようとした。

 これからどうしよう。あの四人にYが銃を持っているから教室に行くなと伝えるべきか。いや、それでもし銃が偽物だったら今度は俺が標的になる。

 でも冗談でおもちゃの銃をもってきたやつがあんな目をするだろうか。考えれば考えるほど余計に頭がおかしくなりそうだった。

 スマホの時間を見ると五時九分。僕はとりあえず不安を胸のうちに抱えながら教室に戻った。

 僕は普通に考えて一高校生本物の銃なんて持っているはずがないと考え自分の席に戻った。

 自分席に座ろうと椅子を引いた瞬間、案の定、バスケ部の4人組は戻ってきた。四人はこっち側をみやるとにやにやしながらまたこそこそ笑い話をし始めた。

 頼むから偽物であってくれと心のなかで願ったが、それも虚しく、Yは突然カバンの中に右手を突っ込み、立ち上がった。

 瞬間、親指でかけられる撃鉄の音が鳴り、激しい火薬の音が教室中に響いた。鼻腔に入り込む火薬の音が呆然としていた僕の意識を呼び戻した。

 やはり本物だったのか、という考えよりもバスケ部の四人の安否が気になり、すぐに教室の入口の方を見ると一人が後ろにもたれかかる形で倒れていた。

 とうとうYは撃ってしまったのだ。虐げられきた者が放つ銃声は余韻を残さず二発目、三発目が鳴り響いた。

 銃規制のかかった日本でこんな光景、予想したこともない事はごく当たり前で次々と撃たれた二人目、三人目も、残った四人目も悲鳴すら出ていなかった。

 再びYを見ると、彼の銃を持つ右手は震えていた。やっと誰かを殺したという感覚が彼を正気にさせたのだろう。僕はチャンスだと思った。

 Yが放心の最中にあるうちに僕はYの腕を掴み、床に押し倒そうと体重をかけた。

 Yは放さないと君まで撃つぞと言ったが僕はそれでもなんとか銃を持つ右手を床に伏せさせようと力を込めた。

 その時鋭い火薬の音がさっきよりも鋭く鼓膜を貫き腹部に熱い感触を覚えた。

 まさかと思い腹をみてみると白いワイシャツに赤い液体が滲んでいる。かくして僕は撃たれたのだ。あまりの衝撃に力が抜けていく。いや、血の気が引いたと言ったほうが正しいのかもしれない。

 銃弾が何発込められているのか分かないまま僕は後ろを振り向き残った最後の一人に逃げろと大声を出そうとした。「逃げろ」の「に」が発音された時、再び、火薬の音が聞こえた。

 その瞬間最後の四人目は目線が合わなくなっていた。よく見ると額に黒い点が刻まれているのが分かった。

 そして、僕は薄らいでいく視界の中恨むようにYを見た。恐ろしいことに、Yはまだ銃を弄っている。よく見てみると銃口の先はY自信の頭だった。

 まるで何かの映画のようにこめかみに銃を突きつけ、発砲音が鳴り、四散する血と肉が僕の顔に付着していく。

 五時十二分、夕日が差し込む教室に響いたのは野球バットが球を打つ心地よい音だけだった。

 

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