第8話 高次元へ、そして、3.5次元へ

 悪者たちは開発途上国で工場を次々に破壊し、株価を乱高下させて儲けた金を使って、インフラを破壊し、社会不安から暴動を起こさせた。農産物や資源の輸出を妨げ、世界の輸入物価を上げてインフレを引き起こした。プルトニウム貯蔵所から大量のプルトニウムが盗み、核爆弾を搭載した大陸間弾道弾を大量に作っていく。犯罪者を雇って開発途上国同士にミサイルを発射させ、戦争を引き起こした。強国の代理戦争に突入している。地球規模の核戦争が起きようとしていた。健文は国連を動かして仲裁に入らせ、世界の経済混乱を鎮めるため、為替の協調介入も行った。

 達子は育明に「もうすぐ、『その時』がやってくる。今のうちに、総理達を官邸のシェルターに入れて。今回のプロジェクトの関係者、私達と社員の家族は、私のシェルターに入れて。育明は、真っ先に自分の家族を入れるのよ。残念だけど、入れる人数に限りがあるのだから、後からだと、迷いが生じる。閉め切ってからも、シェルターに入っている人が、個人的な都合でドアを開けさせようとするでしょう。直ぐに、暴徒がシェルターに入ろうと武器を持ってくるわ。それからでは遅い。入れる人を選別しなければいけない。育明に任せる。悩まないで。選別の苦しみは、一緒に背負おう!」と言った。もし、達子が「選別の責任は、私が全て負う。」と言ったとしても、育明は自分一人で苦しもうとするだろう。だから、「一緒に背負おう!」と言った達子の気持ちが、育明の心を優しく抱き、『達子についてきてよかった。』と胸が熱くなった。

 20XX年4月1日、エープリールフールらしくない、良からぬことが本当に起きた。小競り合いが続いていた紛争当事国がとうとう核のボタンを押した。が、ミサイルが発射できず、誰が何のためにどのように発射できないようにしているのかを調べ始めた。核ミサイルを無線制御するのをやめて、ハッカーによって妨害されないように完全なクローズドシステムに変えようかと考え始めた。

 達子の人工衛星打ち上げを目的としたロケットが有人宇宙船ではないかという憶測が流れ始めた。3.5次元世界を壊そうとする悪者たちが、達子のプロジェクトに気づき始めて、ロケット製作を邪魔し始めた。

 もう時間が無い。達子はロケットを一刻も早く発射せねばならない。忍者隊が守りを固めていった。

 悪者たちが、一緒にロケットを飛ばそうとし始めた。それに対抗して、ハッカーたちも悪者のロケットが発射されないようにハッキングを繰り返している。

 健文は、悪者たちが世界各地で社会を混乱に陥れようとする企みを沈めて、時間を稼いでいたが、もう防ぎきれない。限界だ。叫んだ、「達子、行け!」。


 達子は、宇宙の一点に向けて核ミサイルを発射させ、続いてロケットを発射させた。

 悪者たちも追いかけてくる。軍事衛星からレーザーでロケットを狙ってくる。悪者たちは高次元の世界からやってきたので、3.5次元世界のハッカーは太刀打ちできなかった。忍者隊の隊長と副隊長も防戦一方だった。

 6次元生命体が7次元生命体に叫んだ。「今だ。悪者たちに禅問答を仕掛けよ!」

7次元生命体は悪者に発信した、「今とは何か?」。悪者は答えた、「今の今だ。」。

7次元生命体は矢継ぎ早に攻め立てた、「今の今とは何か? 存在とは何か? 感情とは何か? イメージとは何か?」。悪者の心が揺れてきて、直ぐに答えられなくなってきた。7次元生命体は、『少しでも時間を稼がなきゃ。』と、心理学の頭を巡らし、必死だった。

 悪者たちの妨害を受けながらも、宇宙物理学者たちが理論の修正を繰り返しながら、ハッカーに指示を繰り返していった。核ミサイルがどんどん発射され、宇宙の1点に向かっていく。太陽系の惑星に影響が及びにくく、早く到達できる1点だ。核爆発を起こして、暗黒物質のエネルギー爆発を誘発させ、遂に時空の歪みに亀裂を生じさせた。その時、達子は母船を地球に返し、6次元生命体と7次元生命体を連れて、小型宇宙船に乗って、亀裂の中に消えて行った。悪者達のロケットも入って行った。

 達子は亀裂の中に過去・今・未来の映像がパノラマのように無数のページを広げて動いていくのを見た。そして、ひときわ輝いている過去の映像に飛び込んだ。初めて健文先輩に出会った『その時』だった。これが4次元世界であることを悟った。もっと過去に遡ると、達子が生まれて、両親に抱かれている場面だった。達子は、両親に「名前は『達子』にしてね。素晴らしいことを達成する、達人の『達子』よ。自由に伸び伸びと育ててね。」というお願いメッセージをほんわかと伝えた。どんどん過去に遡って行って、現在の宇宙の始まりまで行った。そこから、宇宙が出来上がって行く様子、生命の誕生と進化を見ながら、『人類とは何か?何を目指すのか?人類だけの問題なのか?生命体全体が何を目指すのか?』について考えていた。次に、イメージを膨らませ、前方に進んで、現在を超えた未来で、達子、健文、娘と息子が一緒に星を眺めていた。そして、もっと前方に進むと、自分が年老いても世界的に活躍していた。無限前方に進んだり無限後方にも進むことによって4次元世界を確固たるものものとした。そして、1年前の達子の部屋にいた。今度は感情の進行を導入して、4.5次元世界を作った。次に、感情の後戻りをイメージして、5次元世界を構築した。次に、感情の起伏を導入してイメージ世界を縦方向の上方に無限拡大して5.5次元世界を構築し、下方にも導入して6次元世界を構築した。

 ここで、6次元生命体に、「ここにいてね。」と優しく言った。次は、横方向として右方向に広げて、6.5次元世界とし、左方向にも広げて、いわば、無限3D世界に広げた7次元世界を構築した。ここでも、7次元生命体に「ここにいてね。」と優しく言った。6次元生命体と7次元生命体は、達子の言葉でふわーっと浮き上がるような気持ちの良い静かな境地にいた。達子は、次に、心を落ち着かせて、宇宙空間に漂っているような、時空間、感情にとらわれない穏やかな、静かな、瞑想とでも言うべき深淵なる境地に入った。これが、達子が望む、愛情と喜びに満ちた世界、8次元世界だった。時、存在、感情、意識、イメージという言葉を超越した世界だった。人知を超えたオーラに包まれた世界。全空を覆っていた星が、一瞬光った。『誰か』から『よくやったね。』と褒められた気がした。達子は思った、〖私は導かれてきた。人類は何を目指せば良いのだろうか? この8次元世界を皆で共有する時が来れば、それで良いのだろうか? いや、その先にすべきことがあるはずだ。〗。

 どれだけ時間が経ったのか、わからなかった。

 達子は、順番に0.5次元ずつ次元を下げて行ってそれぞれの次元世界を確固たるものとしながら3.5次元世界まで降りて行った。途中で、7次元生命体と6次元生命体にほんわかとしたイメージで「一緒にいらっしゃい。」と連れて帰ってきた。そして、達子の部屋にいた。

 悪者達は達子のイメージ世界には入ってこれず、6次元世界で穏やかな表情になっていた。

 その間、ハッカーが世界の天文台の望遠鏡を制御して、時空の亀裂の1点に向けられて得られたデータを物理学者たちが解析していた。あとは、達子達が高次の世界を作って戻ってくるのを待つばかりと、誰もが思っていた。


 ところが、達子達が戻ってきたのは過去の20XX年1月1日だった。宇宙物理学者、ハッカー、発射に協力した人達は日常の生活を送っていた。宇宙物理学者は、達子から何の論文も受け取っていなかったし、高次元の世界があることも知らなかった。何も知らない彼らは日頃の自分の研究について大学で講義をしていた。いつものように、ハッカーたちは、核ミサイルや大陸間弾道弾、攻撃衛星などを無力化するのに忙しかった。

 忍者隊はいつものように世界の秩序を守っていた。

 隊長と副隊長はロケット戦で負傷しながらも達子を守っていたはずが、『戻ってきたときは、なぜか、無傷だった。』というのではなく、ロケットに乗ったこともない過去に戻っていた。

 つまり、達子が遂行した、このプロジェクトのことを、誰も何も覚えていなかった、というのではなく、何も知らなかった。

 悪者もいない。

 ロケット発射台に何の痕跡もない。

 核ミサイルは模型に変わっていた。中身が無かった。


 達子達は、悪者と戦いながら、高次元の世界を構築し、その痕跡を消して3.5次元世界に戻ってきた。達子は、高次元世界と低次元世界を何度も往復して、歴史を修正しながら、完全な秩序ある高次元世界から低次元世界までのシステムを作り上げた。達子以外は、誰も高次元の世界があることを知らない。


 6次元生命体と7次元生命体は、3.5次元から自分の次元世界までの往復と構築の一部始終を見ていた。

「今まで3.5次元世界から上位の次元の世界を誰がどのように作ったのかは明らかにされていなかったわ。」

「『達子は8次元世界まで作って、痕跡を全て消し去っていた。』ということなのか?」

「私達は3.5次元世界の達子に高次元世界を再構築するように伝えたが、消えた5次元世界も復活させ、残っていた高次元世界とも連携させて安全なシステムを再構築することに成功した。『初めに構築したのが達子で、再構築したのも達子? 初めの構築は『いつ』で、再構築は『いつ』? 鶏と卵? どちらが先なのか?」

「再び、上位の次元世界で『事故』が起きた場合、誰かが過去に戻って、3.5次元世界の『達子』の背中を押しに来るのだろうか?」 

「その時、達子は存命なのか? だから、『誰か』を探しに来る必要があるのではないか。」

「その時、この次元システムを再構築できる『誰か』が存在するのか?」

「ところで、『達子が行った作業だが、イメージを大きく膨らませられる生命体であれば、誰でもできるのか?』という疑問が残る。」

「超能力者? 超能力者が何人もいたら、幾通りもの次元システムができるのか? 超能力というような簡単で言葉で表せられるものではない、凄いことが起きた。」

「『達子』だから、できたのか?」

「今まで『高次元の世界に住む生命体が上位の生命体である。』と信じてきた。しかし、次元が上位というだけで、次元に関わらず、それぞれの生命体自身の能力がものを言うということか。特に、3.5次元世界に住む『達子』は。」 

「『達子』だから、神に導かれたのか?」

「全知全能の神が3.5次元世界に人を住まわせたように。」

「やはり神が存在するということなのか?」

 達子に聞いてみたいと思った瞬間に、深い森の中で体が浮いて、聖母に抱かれているような心地よい気分を味わい、女性の声で「完了したので自分の世界に戻ってくださいね。」という明瞭で優しいイメージを受け取った。3.5次元世界に行くように指示されたイメージと同じ暖かいイメージだった。しかし、誰が発信したイメージなのか、わからなかった。達子の名前も声すらも忘れていた、というよりも、知らなかった。なぜ、今、3.5次元世界にいるのか、わからなくなった。お互いに、誰なのか分からず、自分の次元世界に戻って行った。そして、3.5次元世界に行くように誰かに言われたことも、行ったことも忘れていた、というより、歴史上、3.5次元世界に行ったという事実が無くなっていた。


 何も変わっていない、平穏無事な日常が3.5次元世界に繰り広げられていた。

 達子はいつものように微笑みながら、部屋で皆とバスケットボールを楽しんでいた。


 達子は社屋にいた。皆の協力で全次元システムを構築できたことを感謝しながら、益々大きくなる責務を果たしていこうと考えた、「過去・今・未来のあらゆる次元のスムーズな進行を維持しなければならない。やがて、引き継げる人を育てなければいけないが、『誰』がこの重荷を進んで背負えるのだろうか? この重圧を背負わせて良いのだろうか?」。叫んだ、「引き継ぐ人だけでなく、何か起きた時に、進んで協力してくれる人達も育てていくよー。」。孤独な苦しみのはずが、聖母に抱かれて幸せな8次元世界の気分だった。


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