2章 第9話
「結論から先に言いますと、衰弱の呪いは解呪以外では完全には治せません」
「え? どういう事ですか?」
治し方を知っていると言っていたのに、解呪以外では治せないとはどういう事か。
もしかして俺、今試されている?
「呪いとは厄介なものでしてね。解呪以外に治す方法はほぼ無いと思って下さい。ですので、私が今からお教えする方法は、治すというより、相反するスキルで呪いを「相殺」するという方法です」
「相殺? そんな事出来るんですか?」
「ええ、可能ですよ」
なんと、そんな事が出来るのか。
なら最悪解呪のスキルが手に入らなくても、どうにか出来るかもしれない。
……出来ればどうにかしてあげたいけど。
「どなたか衰弱の呪いに掛かっているのですか?」
「ええ、実はアミィ――宿屋の看板娘の母親が衰弱の呪いに掛かっているみたいで。出来ればなんとかしてあげたいんですけど」
「ああ、あの宿屋の……どうにか出来るとしたらどうしますか?」
「――え? どうにか出来るんですか?」
実はナナシさんが解呪のスキルを持っているとか? もしくは「相殺するスキルが付与された魔導具」を持っているという可能性もある。
「ええ、あなたが持っている魔導具で、ね」
俺が持っている魔導具?
って言っても俺が持っている魔導具は、ナナシさんから貰った三つぐらいしかないけど。
これでどうにか出来るのか?
「まあ、後は自分で考えてみて下さい。私が何もかも教えていては、あなたの成長の妨げになってしまいますからね」
そんな殺生な。ここまで来たら教えてくれてもいいじゃないですか。
俺は期待を込めた眼差しをナナシさんに向けたが。
「そんな顔してもダメなものはダメです。私はあなたに成長して貰うのが目的なんですから」
……チッ、ダメか。
まあ俺が持っている魔導具は全部で三つ。最悪総当たりで試してみても大して時間は掛からないだろう。
「さて、私はそろそろ行きますね。海斗さん、またお会いしましょう」
ナナシさんはそれだけ言うと、本当にこの場を去って行ってしまった。
そして一人取り残される俺。
「……帰るか」
俺は散歩を再開する気にもなれず、そのまま宿に帰る事にした。
「あ、お帰りなさい、お兄ちゃん!」
「ああ、ただいま」
宿につくと、店先の掃除をしていたアミィに声を掛けられた。
「お兄ちゃんがくれた魔導具のおかげで、今朝はお母さん、少し調子が良くなったみたいなの! お兄ちゃん、本当にありがとう!」
「そうか、それは良かった」
少しでも良くなったのなら、それに越した事はない。
「それでね。実はお母さんが、お兄ちゃんに一度会ってみたいって言ってるんだけど」
「俺に?」
なんでアミィのお母さんが俺に?
俺何かしたっけ?
「うん、会って直接お礼を言いたいんだって」
「あ、なるほど。そういう事なら」
まあ自分の娘が魔導具なんて高価な物を貰い、あまつさえそれが自分の為に使われたとなったら、それは一言お礼を言いたくもなるのだろう。
むしろ俺なら絶対にそうする。
いやまあ、もしかしたら「私の娘を誑かすなんて!」とか言われる可能性も……いや、流石にないか。ないと信じたい。俺は別にロリコンではないのだから。
それに、元Aランク冒険者からそんな事言われたら流石に怖い。
「本当⁉ 良かったぁ。じゃあ早速会って貰える?」
「え? 今から?」
「うん!」
いや、まだ心の準備が出来てないんだけど。
だが、アミィは既に俺の手を取り、宿の中に向かって歩き出している。今更「ごめん、ちょっと待って」とは言い出せない空気だ。
アミィは俺の心の内など知らずにどんどん進んでいる。
普段入る事のない酒場の厨房を通り過ぎ、その先にある階段を上がると、そこには扉が二つ向かい合わせにあった。
「こっちが私の部屋で、向かいがお母さんの部屋だよ。お母さん! 入るよ!」
「ええ、いいわよ」
アミィが扉に向かって声をかけると、中から大人の女性の声が聞こえてきた。
イメージ的には、髪が長くて和服を着てそうな感じの声だ。
俺の勝手なイメージだけど。
「お母さん、お兄ちゃん連れてきたよ!」
「え?」
まさか俺まで一緒だとは思ってなかったのか、アミィのお母さんは驚いた声を上げていた。
おいおいアミィ、もしかして俺を連れて来る事言ってなかったのか?
「アミィ、カイトさんがいらっしゃるなら、前もって教えて頂戴ねって、今朝話したばかりでしょ?」
「うっ、ごめんなさい」
母親から注意されて素直に謝るアミィは、叱られて尻尾を垂らす犬みたいだった。
ちょっとかわいい……いや、流石に変な意味じゃないからな?
さっきも言ったが、俺はロリコンじゃねえ!
「あの、あなたがカイトさん……ですか? アミィに魔導具をプレゼントして下さったっていう?」
「あ、は、はいそうです。近衛海斗といいます。どうぞよろしくお願いします」
アミィのお母さんに声を掛けられ、俺は反射的に背筋を伸ばして答えた。
「これはこれはご丁寧に。私はアミィの母親のイレーヌと言います。こちらこそ、よろしくお願いしますね、カイトさん」
アミィのお母さんは黒髪黒目の長髪で、その腰程まで伸びた綺麗な黒髪は、とても目立つ。
大和撫子という言葉が似合いそうな、綺麗でおしとやかそうな女性だった。
まだベッドから起き上がるまでは回復していないのか、上半身だけを起こした状態で挨拶をしてくるイレーヌさんは、確かにあまり健康的には見えない。
「ごめんなさいね、こんな格好で。ご存じでしょうが、私は今衰弱の呪いに掛かっていまして、お恥ずかしながらベッドから起き上がる事も難しい状態でして」
「いえ、気にしないで下さい」
話には聞いていたけど、本当にキツそうだな。
「ありがとうございます。さて、娘に聞いたんですが、なんでもカイトさんは、アミィに魔導具をプレゼントして下さったとか」
「ええ、まあそうですね」
「そうですか……」
俺がそう答えると、イレーヌさんは少し考える様な仕草をした。
一体どうしたんだろうか?
「カイトさん。不躾ですが、これからもアミィの事をよろしくお願いしますね」
「お母さん⁉」
突然そんな事を言い出した。
いやいや、よろしくってどういう意味ですかね?
アミィも素っ頓狂な声を上げてますよ?
「あらアミィ、あなたは嫌なの? カイトさんと仲良くするの」
「え⁉ いや、嫌じゃないよ。むしろ嬉しいというか、その……あぅ」
イレーヌさんのからかう様な言葉にアミィは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
イレーヌさん? 娘さん恥ずかしがっていますよ? いいんですか?
「あら、この子ったら恥ずかしがっちゃって。すみませんねカイトさん」
「いや、別に構いませんけど」
チラッとアミィの方を見ると。
「……」
アミィは顔を真っ赤にしたまますっかり黙り込んでしまった。
それを見てニヤニヤとしているイレーヌさん。
なんかさっきまでの印象と違って随分と、その、お茶目な人の様だ。
「でも安心したわ。アミィには宿の仕事を任せっきりだったから。でも、カイトさんみたいな人がいてくれるなら、もう安心ね」
……なんか「これで未練はない」みたいに聞こえるんだけど、気のせいか?
「もう、お母さん。私は好きで宿の仕事をしてるんだから、そんな事言わないで」
アミィにもそういう風に聞こえたのかは分からないが、イレーヌさんを気遣う様な言葉をかけている。
「そう? それならいいんだけど。ごめんなさいね、すっかり弱気になっちゃって」
イレーヌさんは顔に薄く笑みを浮かべてそう言うが、やはりどこか弱気に見える。
多分衰弱の呪いの所為で寝たきりになって、体だけじゃなく、精神的にも弱っているんだろう。
「もう、お母さん。治癒魔法のおかげで少し良くなったんだから、もっと元気出して。ね?」
「……そうね、私が弱気になっちゃダメよね」
……うん、やっぱりどうにかしないと。
二人のやり取りは見ていて悲しくなってくる。
「あら、ごめんなさいね、カイトさん。お見苦しい所をお見せして」
「あ、ごめんねお兄ちゃん」
悲し気な笑顔が胸に刺さる。
俺は堪らずストレージから三つの指輪を取り出した。
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