2章 第8話

「おや? おはようカイト君。珍しいな、こんな時間に」


 アミィを見送ると、それと入れ違いにフーリが水汲み場に現れた。

 フーリってこんな朝早くに起きていたのか。

 まあ確かにそういう感じはするけど。


「ああ、おはようフーリ。なんか変な時間に目が覚めちゃってな」

「そうなのか。ちょっと失礼するぞ」


 フーリはそのまま俺の隣まで来て、水桶を井戸の中に放り投げ、水を汲み上げた。

 そして、その水を一掬いし。


「んくっんくっ……はぁ、旨い。よく冷えているな」


 一息に飲み干し、そのまま顔を洗い始めた。

 確かにこの水、よく冷えていたし、飲んだら旨そうではある。


「ふぅ、さっぱりした……どうしたカイト君?」

「え? あ、いや、別に」


 どうやら無意識に水桶をガン見していたらしい。


「ん? そうか?」


 変な誤解をされるかもしれないと思ったが、フーリは特に気にした様子はない。


「カイト君はこれからどうするんだ?」

「どうするって?」

「折角早起きしたんだ。何かしないのか?」

「んー、そうだなぁ……」


 言われてみれば確かに。折角早起きした事だし、何かしないと損な気もする。

 そうだな、早起きと言えば……。


「散歩でもしてこようかな」


 日本ではよく朝早くに犬の散歩をしていたし、たまにはいいかもしれない。

 早朝のペコライの街もちょっと見てみたいし。


「散歩か、いいんじゃないか? 私は武具の手入れだな」

「……武具か。俺は結局棍棒か拳しか使ってないな。防具も鎖帷子だけだし」


 俺も転移してきてすぐは、剣とか槍なんかを使って華麗に戦う自分の姿を想像したものだ。


 それが気付けば、棍棒で殴り、棍棒が壊れたら素手で殴るという原始的な戦い方をしている。

 本当、どうしてこうなったのか。


「ま、まあいいんじゃないか? 別に棍棒も武器としては悪くないぞ。扱いやすいし、安価で手に入る。それに何より分かりやすしな!」


 フーリのフォローが心に染みる。優しいよな、フーリって。


「ありがとう、フーリ。それじゃあ俺はちょっと出かけてくるよ」

「ああ、気を付けてな」


 最後に軽く言葉をかわし、俺は早朝のペコライへと足を踏み出した。




「当たり前だけど、こんな時間に開いている店なんて無いか」


 早朝の表通り。

 当然だが、こんな日が昇りきる前から開いている店なんてある訳がない。

 だが、店は開いてないが、屋台の準備をしている人なら結構いた。


 この人達こんなに早くから開店準備しているのか。商売人は大変だな。


「ん? あら、エンペラーのお兄さんじゃないか! どうしたんだい? こんな朝早くに」


 誰かに話しかけられたと思ったら、アクセサリー店のおばちゃんだった。

 すっかり覚えられちゃったな。


「なんか早くに目が覚めちゃったんで。ただの散歩ですよ」

「あらそうなのかい? 良かったら何か見ていくかい?」


 ……この人、隙あらば何か売りつけようとするな。

 まあ見ていくけど。


「それじゃあお言葉に甘えて、少し見せて貰ってもいいですか?」

「え? 本当に見ていくのかい? まあ、あたしは構わないけど」


 まさか本当に見ていくとは思っていなかったのか、おばちゃんはちょっと驚いていた。

 髪飾りの件もあるし、この店にはまた掘り出し物があるかもしれない。

 見ておいて損はないだろう。


「何か新しく入荷した物とかあります?」

「新しい物かい? そうだねぇ……これなんかどうだい?」


 おばちゃんが取り出したのは、七色に光る小さな宝石をあしらえた指輪だった。

 ほー、綺麗だなぁ。

 どれどれ、鑑定っと。


「……ん?」


 鑑定結果は「無属性の魔石の指輪」と出た。……無属性ってなんだ?

 属性が無いから無属性? それとももっと特別な何か?


「おばちゃん、これは?」

「これかい? これは無属性の魔石を使った指輪さ。ほら御覧、この七色の輝き。綺麗なもんだろ? 魔石の中でも無属性はズバ抜けて人気なんだよ」

「へえ、そうなんですか」


 おばちゃんも無属性の魔石って言っているし、間違いはなさそうだ。

 無属性かぁ。どんな魔法か知らないけど、欲しいな。


「おばちゃん、これいくらですか?」

「おや? 買ってくれるのかい? そうだねー、お兄さんには今後も贔屓にして欲しいし……銀貨四枚でどうだい?」

「買います!」


 ズバ抜けてるって言うから、てっきり金貨一枚はするのかと思っていたんだが、思った以上にと安くてつい即決してしまった。

 いや、持っといて損はない筈だ。これは決して無駄遣いではない。


「そ、即決かい? まあ、あたしは嬉しいけどね。そのままでいいかい?」

「はい、大丈夫です。えーっと、はいこれ」


 俺は財布から銀貨を四枚取り出し、おばちゃんに差し出した。


「はいよ、丁度だね。毎度あり!」


 おばちゃんから指輪を受け取り、そのままストレージに放り込んだ。


「お兄さん、アイテムボックス持ちだったのかい? 羨ましいねえ」

「ええ、まあ。それじゃあ、また来ますね」

「はいよ。こんな朝早くから、ありがとうね」


 俺はおばちゃんに軽く会釈し、その場を後にした。




 しばらく屋台街を眺めながら歩いていたが、この時間の屋台街は昼間とはまた違った空気が流れていて新鮮だ。


 昼間はお客さん相手に精一杯声を張り上げてるおっちゃん達も、今は近くの店の人と喋りながらのんびり屋台を組み立てている。

 そこには昼間はあまり感じられない和気藹々とした空気が流れている。


 昼間は商売敵でも、店を始める前は同業者同士仲が良いみたいだ。


「おや? 海斗さんではありませんか。こんな時間に珍しいですね」


 俺が新鮮な気持ちで表通りを歩いていると、突然背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこには既に見慣れた鬼のお面を付けた人――ナナシさんが立っていた。


「ナナシさん、おはようございます。数日ぶりですね」

「ええ、おはようございます。それで、何でこんな時間に?」

「いや、それが変な時間に目が覚めちゃって。ちょっと散歩していたんですよ」


 おかげで表通りの意外な朝の一面を見る事が出来たし、充分満足だ。


「そうですか。もう体は平気なのですか?」

「ええ、お陰様で。あ、そういえば」

「何です?」

「あの三つの魔導具、ありがとうございました。本当に助かりました」


 あれが無かったら俺はシンに勝てなかっただろう。ナナシさんには感謝しかない。


「ああ、その事ですか。気にしないで下さい、お役に立てたなら幸いです」


 ナナシさんは何でもない事の様に言うが、魔導具って基本高いらしいし、そんなものを三つもくれるなんて。


「何かお礼出来ればいいんですけど」


 俺はナナシさんに何かお礼出来ないかとストレージ内を物色してみたが、これといった物が入っていない。


「いえ、本当に気にしないで下さい。前にも言いましたが、私はあなたに強くなって貰いたいのです。その為なら協力は惜しみません。もしお礼がしたいというなら、少しでも強くなって下さい」


 ナナシさんはそんな事を言うが、本当にいいのだろうか?

 ……いや、そうだな。俺もアミィに似た様な事言っているし、気にしすぎても良くないか。


「ナナシさん、本当にありがとうございます」

「はい、どういたしまして」


 ナナシさんがどうして俺に拘るのかは分からないが、多分聞いても教えてくれない気がする。この人のこういう考えは、何となくだが分かってしまうから不思議だ。


「ん? どうかしましたか?」

「あ、いや、えっと」


 俺がジッと見ていた事を不思議に思ったのか、ナナシさんが俺に尋ねてきた。

 別に用事があった訳じゃないが……あ、そうだ。


「ナナシさん、衰弱の呪いについて何か知りませんか?」

「衰弱の呪いですか? どうして……ああ、そういう事ですか」


 ナナシさんは一瞬何か考える様な仕草をしたが、すぐに納得する様に二~三度頷いて。


「そうですね。結論から言うと、色々知っていますよ。呪いの効果とか「解呪以外の治し方」とかね」


 意味深な言葉を放った。


「っ⁉ 本当ですか⁉」


 どうやらナナシさんは、俺が望む答えを知っているようだ。

 何で俺の考えを読めているのかは、この際置いておこう。

 今はそれよりも衰弱の呪いの治し方の方が大事だ。






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