2章 第7話
「……え?」
俺が言った言葉が理解出来ないのか、はたまた理解が追いつかないのか、アミィからはその一言だけが返ってきた。
考える事数秒。
「お兄ちゃん、それ本当? 冗談じゃないよね?」
再度確認するように声を絞り出すアミィ。その声は若干震えている様に感じられた。
何だか怒っている様にも聞こえるが、アミィのそれは、怒っているというよりも、困惑しているという感じだ。
「ああ、本当だよ。何なら今試してみるか?」
俺はストレージから木の串を取り出して指先に当て、軽く力を籠める。
それだけで、俺の指先を木の串が貫通した。
……ん? 貫通?
「ちょっ、お兄ちゃん何やってるの⁉」
「やっべ! 力入れ過ぎた!」
まさかこんな簡単に貫通するなんて思いもしなかった。
ていうか地味に痛いぞコレ。結構血も出てるし。
……いや、ある意味これはいい機会では?
「アミィ、試しに治癒魔法を使ってみてくれないか?」
「え? ……ええぇぇぇぇ⁉」
アミィの驚愕の叫びが水汲み場に響き渡った。
「頼むアミィ。俺を信じてやってみてくれないか?」
本当は急いでポーションで治したいけど、ここは我慢だ。
アミィも実際に治癒魔法が使えれば納得してくれるだろう。
地味に指先が痛いけど我慢だ。ジクジクと血が垂れてくるけど我慢ったら我慢だ。
「で、でも。私治癒魔法なんて使った事無いから、急に言われてもよく分からなくて」
「大丈夫、魔法はイメージだ。ほら、俺の指のケガを治すイメージで治癒魔法を使ってみるんだ。アミィならきっと出来るから」
なんせアミィは火魔法をいきなり発動させた程だ。例え俺の説明が下手でも、きっと上手く出来る筈だ。
治癒魔法使った事ないからよく分からないけど。きっと大丈夫だろう。
え? 本当に大丈夫だよな? ちょっと心配になってきた。
「うぅ……わ、分かった、やってみる。お兄ちゃんの為に頑張るから」
アミィは両手をギュッと握ると、一度深呼吸して落ち着きを取り戻す。
その目はさっきまでと違って、強い意志を宿していた。
そのまま俺の手を取り、指先のケガを確認し始めた。
「――っ。」
息を呑むアミィ。
「私の為に、こんなケガをするなんて、考え無しなんだから」
「それは否定しない」
いや、ちょっと力加減を間違えただけで、本当はもっと軽症で済む予定だったんだけどね?
まあ考え無しって所は否定しないけど。まさかこんなに深々と刺さるなんてな。
とそんな事を考えていると、段々指先の痛みが増してきた。
「それじゃあ、やってみるね」
アミィが俺の手を持ったまま、目を瞑り、一度深呼吸をすると。
「……ヒール」
短く魔法名を唱えるアミィ。治癒魔法ってヒールって名前なのか。
アミィがヒールと唱えた瞬間、俺の指先に温かい何かが集まり始めた。恐らくアミィの魔力だろう。
アミィは治癒魔法を使った事ないって言っていたし、魔法名を唱えて使うのが普通か。
少しの間があき、次の瞬間、俺の指先に真っ白な光が集まり始めた。
それは指先のケガに集まっていき、あっという間に傷口を塞いでしまった。
すごいな治癒魔法って。傷跡が全く残ってない。
これはみんな欲しがるのも納得の性能だ。便利すぎる。
アミィを見ると、まだ目を閉じて集中したままだ。
「アミィ、終わったみたいだぞ」
「え、終わり? もう終わったの?」
俺はそれに答える代わりに、怪我をしていた方の指先をアミィの目の前に持っていってチラつかせた。
「すごい、本当に傷口が塞がってる。これ、私がやったの?」
アミィは信じられないと言った表情で俺の指先を見ている。
「な、言っただろ? これで信じてくれるか?」
アミィが何で治癒魔法の魔導具が欲しいのかは分からないけど、これでアミィが喜んでくれるなら安いものだ。
「うん……うん! 信じるよお兄ちゃん!」
「……え、泣いてるのか?」
いや、喜んで欲しいとは思っていたけど、まさか泣く程とは。
そんなに欲しかったのか。
「お兄ちゃん、本当にありがとう!」
「……ああ、気にするな」
その後、アミィが泣き止むまでの間、俺はアミィの頭を撫で続けていた。
「ごめん、お兄ちゃん。もう大丈夫」
「そうか? なら良かった」
数分後。
大分落ち着いたのか、アミィは俺の手から離れ、改めて俺の目を見ると。
「あのね、私のお母さん、もうずっと寝たきりなの」
ぽつぽつと、まるで言葉を絞り出すかの様に話し始めた。
「三年前、私とお母さんは、二人で王都にお出かけしたの。私、お母さんとお出かけなんて、今まで全然した事なかったから、すごく楽しみで。もう前の日なんか全然寝付けなかったぐらい」
当時を思い出しているのか、アミィの表情はとても柔らかい。
「王都ではお母さんといっぱい遊んだんだよ。お菓子をたくさん買って貰ったり、パレードを見たり、美味しいご飯を食べたり。普段なかなか遊んで貰えない分、私も思いっきり甘えたの」
普段遊んで貰えない、か。
確かに、宿屋なんてやっていると、休みなんて有って無い様なものだろう。愛娘に構ってあげたくても、なかなかそんな時間も作れなかったであろう事は、想像に難くない。
そんな環境で、アミィはきっと寂しい思いをしていたんだろう。普段賢者の息吹の看板娘として頑張っている姿からは想像出来ないが。
「私とお母さんは三日間王都に滞在したんだけど、その間はお母さんに一杯遊んで貰って、思いっきり甘えて、本当に楽しかった。ペコライに戻ったら、お父さんに王都の話を一杯しようって思っていたんだけど、その帰り道に事件があって」
「事件?」
なんだか不穏な単語が出てきたな。
「私達が乗っていた馬車が、盗賊に襲われたの」
盗賊。やっぱりこの世界にはそんなのもいるんだな。
「じゃあ、アミィのお母さんはそれが原因で?」
その時にケガでもして、それが原因で今でも寝込んでいるとか?
「あ、いや、盗賊自体はお母さんがやっつけてくれたの。私のお母さんって元Aランク冒険者だから、すごく強かったんだよ」
「元Aランク⁉」
それってかなりすごい事なんじゃないか?
だって、マリー達もまだBランクだし、それよりも上って事だろ?
少なくとも俺は、モーヒさん以外にAランク以上の冒険者を知らない。
「うん。だから盗賊に襲われた事自体は別に問題なかったんだ。それよりも問題だったのは、盗賊が持っていた魔導具の方」
……魔導具か。なんだか話が妙な方向に流れ出したな。
魔導具って、ただスキルを使える様にするだけじゃないのか?
「何の魔導具だったんだ?」
「呪いの魔導具」
「呪い? 呪われていたのか?」
それを誤ってアミィのお母さんが付けちゃったとか?
「ううん。呪いの魔導具っていうのは、自らの命を代償に、相手に呪いをかける魔導具の事。盗賊達は死にかけの仲間を利用してお母さんに衰弱の呪いをかけてきたの」
衰弱の呪い。名前だけ聞けば「どんどん体が弱っていく呪い」みたいなイメージだけど。
「最終的にお母さんがそのまま盗賊を全滅させたんだけど、街に着く頃には、お母さんは立っているのもやっとな状態になっていて」
「そのまま寝たきりになった、と?」
「うん。衰弱の呪いは、徐々に体が弱っていく呪いらしくて、今じゃお母さん、ベッドから起き上がるのも難しくなって。でも治癒魔法なら、呪いの進行を少しは改善出来るらしくて」
なるほど、それで治癒魔法の魔導具を欲しがっていたのか。
「本当は解呪のスキルがあれば呪いを完全に消す事も出来るんだけど。そんな物、私にはとても手に入れられなくて」
「解呪かぁ」
多分読んで字の如く、呪いを解くスキルなのだろうけど、生憎そんなスキルが付与された魔石は持ってない。
もし俺が持っていたら全て解決だったんだけど。
「でも、本当は治癒魔法の魔導具ですら手が届く金額じゃなかったの。だから私、本当に嬉しくて。お兄ちゃん、本当にありがとう!」
まるで宝物でも抱くかの様に、胸の前で髪飾りを両手で包み込む様に抱き、満面の笑みを見せるアミィ。
……うん、まあこの笑顔が見られたなら充分か。
「気にするな、アミィ。俺はアミィの笑顔が見られただけで充分だ」
「お客様の笑顔が一番の報酬」なんて言葉は大嫌いだが「アミィの笑顔が一番の報酬」というなら納得する。
この子の笑顔にはそれだけの価値がある。
「でも、それじゃ私の気が済まないよ」
「そうか? でも本当に何もいらないんだけどな」
どうせ表通りで銀貨一枚で買える髪飾りを二つ合成しただけの物だ。
そこまで言われると逆にこっちが申し訳なくなってくる。
「んーと、それじゃあ何か考えておいてね。私に出来る事なら何でもするから」
「ん? 今何でもするって言った? ……じゃなくて! ああ、まあ何か考えとくわ。それより、ほら。早くお母さんの所に行ってやりな」
「うん、そうだね。それじゃあお兄ちゃん、また後で!」
そう言って、足早に水汲み場から宿に戻っていくアミィ。
俺にはその背中が、いつもより一層明るく見えた。
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